第30話 聖域へ出発

 そして翌日、早朝からルイーダの家に旅に向かうメンバーが集まった。栞は、昨日準備したリュックを背負う。

 家を出る前に、大きめの水筒に飲み水も満タンに入れた。自分の中で準備は万端だ。きっと何事もなく行って帰って来られる。

 そう自分に言い聞かせてルイーダの家を出た。


 ルイーダの家の前に、他のメンバーはすでに集まっていた。栞が家から出て来るとさっそく歌を歌い始める。

 すると、荷馬車がいつものように家の裏手から出て来た。


「さあ、みんな乗りな。聖域の入口まではこれで行くからね」


 ルイーダが、みんなに声をかける。


「皆さん、おはようございます。よろしくお願いします」


 栞は、みんなに挨拶をした。其々、声をかけてくれ荷馬車に乗り込む。皆が乗ったのを確認すると、ルイーダがまた違うリズムの歌を歌う。

 すると、ルイーダの家が建っている木の頂上から白い靄でできた馬が駆け下りてくる。


 もう何度も目にしているはずなのに、栞は感動していた。操縦席にいるルイーダが、手綱を振るって掛け声を上げた。


「さあ、行け。行先は、聖域の入り口」


 すると、馬が翼を広げて地面を蹴る。荷馬車が地面から浮き、段々と上昇を始めた。森の木々の間を上手に抜けて、澄んだ青空の下に出る。

 季節は、冬真っ盛りで空気が澄んでいる。栞は、上着を着こんで来たが、流石にちょっと寒かった。


「栞ちゃん、大丈夫? ちょっと寒い?」


 カイ先生が、栞に声をかけてくれる。


「大丈夫です」


 栞は、カイ先生に返答した。我慢できない寒さではない。寧ろ、空気が澄んでいて遠くまで景色が見えてとても綺麗だった。


「カイ先生、景色が凄く綺麗」


 栞が折角だからと、カイ先生に話しかける。ずっと無言でいるのもつまらないから。


「そうだね。僕も初めて乗せてもらったけど、大人でもワクワクするものがあるね」


 カイ先生が、少年みたいに目をキラキラさせている。大きなフワフワの尻尾もゆらゆらと揺れていて、楽しんでいるのが一目瞭然だった。

 こんなこと言ったらきっと失礼だが、何だかとっても可愛かった。


「ですよね? 私は、何度も乗っているけど毎回ワクワクです」


 栞も楽しそうに返事をする。


「そんなに浮かれてて、後で迷子になっても知らないからな。栞の役割忘れるなよ」


 横からユーインが口を挟んで来た。いつも通りに手厳しい。


「わかってるもん。まだ、聖域に入った訳じゃないし少しくらいいいじゃん」


 栞は、むくれて言い返す。


「すみません! 自分もワクワクしていました!」


 後ろで聞いていたドミニクが、ユーインに頭を下げている。ドミニクは、とても真面目で謙虚な人だった。

 ドミニクの方がどう考えてもユーインよりも偉い気がするのに、とても腰が低い。騎士の人って怖そうだなと心配していたが、とても良い人で栞は安心していた。

 同行してくれる人たちがこのメンバーで良かったと心から思えた。


「いや……。初めてなんだし、仕方ないと思う……」


 ユーインが気まずそうに、もごもごと小さな声で返答している。栞はその光景を見て、何だかこの二人の絡み面白いなと内心で笑ってしまう。

 カイ先生の方を見ても、微笑ましいものを見る目で笑っていた。


「ユーイン、聖域までは荷馬車でどれくらいなの?」


 気を取り直して栞は訊ねる。


「三時間くらいだと思う。このホーリー国の端っこだからな」


 ユーインが、メガネのフレームに手をかけてあげる。見慣れたユーインの癖だ。三時間か……。結構長いなと栞は思った。


 それから聖域に着くまで、四人で話をしたり風景を楽しんだ。ルイーダは、ひたすら手綱を握って馬を見ていた。

 何だか申し訳ない気がしたが、ルイーダしか操ることができないので仕方ない。途中で休憩しないのか訪ねても、早く進んだ方が良いと言うことで休憩なしでひたすら空を掛けていた。


 三時間ほどたった頃、ルイーダが後ろに向かって声を掛けた。


「ほら、見えて来た。あれが聖域だよ」


 ルイーダが指さす方角を見ると、確かに今まで見ていた景色とは一線を画している。樹齢何百年と思われるような大きな木が、見える範囲全てを覆い尽くしている。

 中がどうなっているのか、伺い知る事が全くできなかった。


 荷馬車がゆっくりと下降を始めた。大きな木が生い茂る境界線のような場所が見えてくる。とても不思議だが、木が生えている手前は何もない。ただの原っぱが広がっている。

 突然柵が出来たように木が聳え立っている方向は、森と言うよりもジャングルと言ったほうが正しい気がした。


 ガタンと音がして、荷馬車が地面に降り立つ。聖域を見上げると、上からでは分からなかったが聳え立つ木の高さが尋常じゃなかった。

 栞は、口をあんぐり開けて驚きを露わにしていた。皆も驚いているのか、言葉がない。


「ほら、さっさと降りな」


 ルイーダだけは、いつもの調子で皆に声を掛けた。それを聞いた四人は、我に返って順番に荷馬車から降りる。

 皆が荷馬車から降りると、ルイーダは忘れ物がないか確認をする。何もなかったのか、確認が終わると指をパチンと鳴らした。


 鳴らした瞬間、荷馬車と靄の馬がパッと姿を消す。


「えっ? どこに行ったの?」


 栞はびっくりして声を出した。


「透明にしただけだ。帰りもちゃんと出すから心配ないよ」


 ルイーダは、何てことない調子で返答した。魔法って便利だ。もう何か月もルイーダと暮らしているが、やはり新しく見る魔法には感動を覚える。


「魔法ってのは、便利だねー」


 カイ先生が、感心したように呟いた。ルイーダは、カイ先生の言葉を流して自分の荷物をガサゴソと漁っている。見つけたのか、右手に何かを包んでいる物を出した。


「ここからは、魔法は使えないからね。みんな充分気を付けるんだよ」


 ルイーダは、そうみんなに声を掛けると聖域の方に歩き出す。みな、一様に顔を引き締めてルイーダの後に続いた。

 大きな木の根元から聖域の中に入って行く。中に入ると、別世界が広がっていた。原っぱからは想像が付かないほど、緑に溢れている。

 木の根元には、緑のコケが足元一杯に広がっていて気を付けて進まないと転んでしまいそうだった。

 上を見上げると、木の先端が見えない。見た事がない虹色の鳥が、優雅に大きな翼を広げて飛んでいた。


「凄いな。これが聖域か……」


 流石のユーインも、心の声が言葉になって漏れていた。


「早速、妖精を呼ぶ歌を歌うから静かにしてておくれ」


 ルイーダがそう言うと、さっき鞄から出した包を足元が平らな場所に出して広げた。栞がそれを見ると、色がはっきりとした原色のクッキーだった。

 色が赤や黄色や緑、紫と色々な色がある。人間が食べるのには体に悪そうな色だった。


 ルイーダが、両手を広げて歌を歌う。栞には何て言っているのかわからない聞いた事がない言葉だった。

 カイ先生やユーインの顔を見ても、不思議そうな顔をしていたのでみんな知らないのだと思った。


 どれくらい歌っていたのだろうか? ルイーダは休み休み、かなりの時間歌っていた気がする。

 突然、ポンっと小さな生物がクッキーの上に現れた。よく見ると、背中に羽の生えた男の子だった。


「おい、ピピンも出て来いよ。これ聖女のクッキーだぞ!」


 その男の子は、赤いクッキーに手を伸ばしながら言葉を発した。すると、さっきと同じようにポンっと音がしたかと思うと、今度は背中に羽の生えた女の子が出て来た。


「ポポン、聖女のクッキーなんて食べたら大変だよ……」


 その女の子は、泣きそうな表情で男の子を見ていた。


「今更何言ってんだよ? 歌が聞こえた時点でわかっていたことだろ? 役目を果たすのは俺なんだ!!」


 男の子が、胸を張って主張した。

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