第27話 ユーインとの打合せ

 朝食を終えて、片付けをしているところに玄関の呼び鈴が鳴った。きっとユーインだと思った栞は、玄関に急いだ。

 栞が玄関に着いた時には、ユーインが扉を開けて中に入って来ていた。


「ユーイン!」


 栞が、いつもとは違った鬼気迫る表情でユーインを呼んだ。


「おはよう。また、なんかあったのか?」


 ユーインが、いつもの様子で聞いてくる。


「おはよう、ユーイン。私、読んだよ聖女の書! あんなに大変な内容だなんて思ってなくて……。まだよく分からない点が多くて、話聞かせて」


 栞は、興奮した面持ちでユーインにせまる。ユーインが、やっとかと言った顔をしている。そんな表情も、自分が悪いからしょうがないと栞は受け入れる。


「ああ。そろそろ流石に話さないといけないと思っていたからな……。丁度いいな」


 ユーインは、そう言って居間の方に歩いて行った。栞もユーインの後を大人しく付いて行く。

 居間ではルイーダが、食後のお茶を飲んでゆっくりしていた。栞は、片付けだけ終わらせてしまおうとキッチンに戻る。


「ユーイン、これだけ終わらせるからちょっと待ってて」


 栞は、急いで洗い物を終わらせる。水道が無いので、外の井戸から汲んで来た水を樽に入れて使っている。

 水の有難みをこの世界に来て学んだ。少ない水で食器を洗って片づける。ざっと、キッチンを見渡して片付け忘れていないか確認した。大丈夫そうだったので、ユーインの元に戻る。


「ユーイン、お待たせ」


 ユーインは、椅子に座ってルイーダが淹れてくれたのかお茶を飲んで待っていてくれた。彼女は、いつの間にか居間から居なくなっていた。


「ああ、ルイーダが今日は配達は午後でも良いって。先に話をしちまいなって言ってた」


 栞は、後でルイーダにお礼を言わなければと思う。栞も、ユーインの向かい側の椅子に座った。


「で、何が聞きたいんだ?」


 ユーインが、栞に訊ねる。


「色々聞きたい事はあるけど、妖精は魔女にしか姿を現してくれないの?」


 栞は、さっきルイーダと話していた事を最初に質問した。ユーインが、マグカップをテーブルに置いて話出す。

 初代の聖女の時は、聖域に向かった全員に妖精の姿は見えた。だけど、二回目に聖域に向かった時は魔女にしか姿を現さなかったと聖女の活動記録に記されていると説明する。

 ユーインが考えるに、道案内してくれる妖精によるのではないかと言うことだった。


 またしても、行ってみないとわからないパターンなのかと栞はガッカリする。聖女の活動記録も、記録係によって書いてある内容が違う。

 肝心な事が書かれていないなら意味がないのでは? と思ってしまう。


「何か、肝心な事が書いてないじゃん」


 栞は、ユーインが悪い訳ではないがぶっきらぼうな言い方をしてしまう。


「まーそうなんだが……。旅をしながら記録するのも、かなり大変な事は理解して欲しい。しかも2000年と1000年前のことなんだから、尚更なんだよ」


 そう言われてしまえば、栞は納得せざるを得ない。ユーインたちも、実際に行って体験してみなければわからないことが多いのかもしれない。


「水晶に力を込めたら、暫く動けなくなるって言うのは大丈夫なの?」


 更に、気になったことを聞く。


「何か体調が悪くなるとかではなく、単純に力を吸い取られて一日ほど体に力が入らなくなるらしい。だから、体に力が戻って来るまで約一日その場から動けないってことだな」


 ユーインが、淡々と答える。力を吸い取られるって感覚が栞にはわからない。でも一日くらいで復活するなら大丈夫なのかな? と安易に考える。


「聖域に行って帰って来るのは、どれくらいかかるの?」


 栞は、疑問に思ったことを一つずつユーインにぶつける。聖女の書は、役割について書いてあるだけで詳しい内容までは書かれていなかった。


「大体、一週間から十日くらいらしい。聖域の入り口までは、ルイーダの荷馬車で行くからそれは安心して欲しい」


 ユーインが、自分のかけているメガネのフレームを手で上げる。久しぶりにユーインのドヤ顔を見る。

 別に、ユーインが誇るところじゃないと思うけど……。ルイーダの荷馬車は、ユーインも気に入っているのかも。


 でも、栞が思っていたよりも期間が短くて安心したのも事実だった。


「そうなんだ、もっと長い旅なのかと思った」


 栞は、自然と安堵の声が漏れていた。


「ああ、準備はきちんと進めているし栞が心配することはそんなにないよ。只、心の準備だけしといてもらえれば充分だと思う」


 ユーインが、なんだかいつもよりも優しいことを言う。


「何か、いつもよりも優しくない? 何かあるの?」


 栞は、ユーインを勘ぐってしまう。いつもなら、栞がカチンと思うことを平気で言ってくるのに。


「あのなー。僕を何だと思っているんだよ。僕だって、別世界から全く関係がない世界の為に役目を果たしてくれる聖女には、悪いと思っているんだぞ」


 ユーインが、今まで言ったことがないことを述べる。そんなこと彼が思っていたんだと、栞は新鮮だった。

 いつも、聖女としての自覚を持てとか、もっと自分で考えて行動しろとかばかりだったのに……。ユーインも、それなりに栞に悪いと思うこともあったんだ。


 そして栞は、少し考え込む。他に聞かなきゃいけないことってないだろうか? ユーインは、栞が考えているのを黙って見ている。

 暫くの沈黙があって、栞は一番大切なことがあったと思いつく。


「ユーイン! 役目を果たすのは年が明けてからって言っていたけど、具体的にはいつなの?」


 栞は、パッと顔を上げて訊ねる。


「正確にいうと、年が明けた日。つまり一日だよ。だからあと一月半ぐらいだな。まだ、先だから栞はいつも通り生活して大丈夫だぞ」


 ユーインが、答える。一月半か……。この国の冬は、日本と同じように寒いのだろうか? 今は、11月で暑くもなく寒くもなく過ごしやすい気候だった。日本の11月と言えば、雨が多いがここはそれほどでもない。


「この国の、年の始まりは寒かったりする? 冬はあるのかな?」


 栞が、疑問を口にする。


「この国は、一応四季があるが緩やかな変化しかない。一番寒い時期でも、長袖長ズボンで過ごせるぐらいだ。だから、冬だからと心配する必要もないな」


 ユーインが、丁寧に説明してくれた。栞は、自分の生活をこなすことに精一杯なのであまりこの国のことを知らなかった。この国と言うよりも、この世界について全く勉強していないことに気づく。


「ユーイン、物凄く今更なんだけど、私、この国とかこの世界のこと何も勉強してないんだけど、いいのかな?」


 栞が、気まずそうに聞く。


「本当に今更だな。でも、今までの聖女たちも、そこまで熱心にこの国のことを勉強した人はいないな。なんせ、一年しかいないからしょうがない」


 ユーインも特にそこは気にしていないようだった。


「正直、聖女の役目は俺たちも行って帰って来ないとわからないことが多いんだよ。でも、同行者たちは顔見知りだし頼りになる人たちだから心配するな」


 ユーインが、栞を励ますように言ってくれた。きっと、いつもみたいにグジグジ考えてもしょうがないと言いたいんだと思う。

 でも、不思議と今回はそこまで後ろ向きな感情がない。ユーインが言うように、同行してくれる人たちが、信頼できる人たちだから。

 でも、それだけじゃなくて何となく大丈夫だと根拠のない自信があった。この世界に来て半年、きっと色々な経験が栞を強くしたのかもしれない。

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