第26話 栞、朝食を作る

「えっ?!」


 栞は、驚いて声を上げる。同行者が命がけって何? そんなに危険な場所に行くの? そんなの神様、聞いてない!


「聖域のことは、知っているかい?」


 ルイーダが、栞に確認する。栞は、首を縦に振る。すると、ルイーダが同行者について語り出した。


 この世界にある聖域は、聖女の存在と同じで誰もが知っているが誰も入ったことも見たこともない。

 唯一、出入りを許されているのは1000年に一度そこに向かう聖女の同行者のみ。流石に、聖女一人で行って一人で帰って来させるわけには行かない。だから道案内と何かあった時の、護衛と医師と記録係が同行する。

 聖域での道案内は、聖域を住処にしている妖精にお願いする。妖精を見ることができるのが魔女。だから魔女は道案内として同行者メンバーに必ず入る。

 本来なら魔女たちが集まって会議を開き、誰が行くのか決めるのだが、今回は世話をしているルイーダに既に決まっている。

 護衛は、王宮から選りすぐりの騎士が誰か来ることになっている。医師は、顔見知りがいいだろうと言うことで、この領地の診療所で働くカイ先生に決まった。

 記録係は、もちろんユーインとなっている。


「そうなんですか……。私の知らないところで、色々なことが動いていたんですね……」


 栞は、ルイーダの話を聞いて反省する。ユーインにさっさと聖女の書を読めと何度も言われていたが、後回しにしていたツケが今回ってきている気がする。


「まー、栞の場合、早く知っていてもグズグズするだけだろうし、今のタイミングぐらいで丁度良かったんじゃないのかい?」


 ルイーダが、慰めているのか貶めているのかよく分からない理屈を言う。でも、確かにその通りなので、栞は何も言えない……。

 そう言われてしまうと、この世界に来たばかりの頃に知ってしまっていたら、もっと動揺していたかもしれない……。


「それで、その同行者たちが命がけって言うのは何でなんですか?」


 栞は、一番気になることを質問した。ルイーダが説明するところによると……。聖域は、その名の通り聖なる力が宿る場所なので魔法が使えない。

 人が入らない土地なので、様々な希少動物や植物の住処になっている。獰猛な動物などもいる為、気を付けて進まなければいけない。


「獰猛な動物……」


 栞は、口から言葉が零れた。獰猛な動物ってクマとか、ライオンとかってことかな? 栞の乏しい想像力だとそれが精一杯だった。


「まあ、今回はカイもいるし大丈夫だろう。とにかく栞には危険はないから安心していいよ」


 ルイーダが、あっけらかんと言う。


「カイ先生が居れば大丈夫なんですか?」


 栞は、よく分からなかった。


「ああ、だってカイは狼だろ? 一応、動物の中では上位に位置するからね」


「なるほど」


 栞は、深く納得する。もう何度も会って話しているので、狼の獣人だと言うことを忘れていた。それと、他にも疑問が浮かんだ。


「あと、妖精って私にも見えないんですか?」


 ルイーダが答える。


「妖精が好きな食べ物があるんだよ。お菓子なんだが、それを作れるのが魔女だけで。それを渡すと、特別に姿を現してくれるんだ。なんせ、聖女の1000年に一度の役目は流石に私も初めてだからね、もしかしたら聖女くらいには姿を見せるのかもな。そこら辺は、ユーインの方が詳しいだろう」


 ルイーダが、そこで話を終わりにする。後は、ユーインに聞いた方が詳しいことがきけるだろうと言うことだった。

 確かにその通りだ。だけど、やっと読んだのかとまたユーインに冷たい目で見られそう。でも、こんなに大きなイベントだなんて思っていなかった。というか、重たい役目だと自分には耐えられない気がして目を逸らしていた。

 それに、神様が危険はないと言っていた。まさか同行者たちに危険があるなんて、想像もしていなかった……。ユーインに謝るしかない。


 明日ユーインが来たら、詳しい話を聞こう。今日は、もうこのことは一回忘れようと思った。

 こんな風に思える自分が、何だか昔よりも強くなった気がして笑ってしまう。さっきルイーダに言われたように、今知れて良かったのかもしれない。


 次の日、栞はいつもよりも早く目が覚める。今日は、朝の支度を全部済ませて、ユーインが来るのを待っていようと決めていた。

 素早く、顔を洗って着替えをして下に降りて行く。それでも既に、下で新聞に目を通しているルイーダが居た。

 一体いつも何時に起きているのだろう? 栞は、不思議に思う。


「おはようございます。ルイーダさんって、いつも何時に起きているんですか?」


 栞は、ルイーダに挨拶をして疑問をそのまま訊ねた。彼女は、新聞から顔を上げて栞の顔を見た。


「ああ、おはよう。5時前後かね」


 そう言うと、新聞を畳んでテーブルの上に置き立ち上がった。きっと朝ごはんの準備をするのだろうと栞は思った。


「あっ、今日は私が朝ごはん作ります。簡単なものならできるので」


 栞は、ルイーダを押しのけてキッチンに立つ。卵料理くらいなら栞でも作れる。こんなに早く起きられたことがなかったので、今日くらいは自分で作ってみたかった。

 それにいつも、彼女がそんなに早く起きているなんて知らなかったのでびっくりする。今更だけど、私ももっと早く起きなくちゃいけなかったのでは? と思い返す。


「そうかい? じゃー、頼んだよ。火の使い方はわかるかい?」


 ルイーダが、心配そうな顔で聞いてくる。火は竈に薪を入れて付ける方法を前に一度聞いている。

 夕飯の手伝いで何度か付けさせてもらったから大丈夫だ。これも初めは上手にできなくて、何度も失敗した。だから今日は、もう大丈夫だと言い切れる。


「はい。何度も練習させてもらったので大丈夫です」


 そう言って栞は、腕まくりをしてキッチンの奥にある食材庫の中に入って行った。中は、ルイーダの魔法なのか一日中ひんやりとしている。部屋自体が冷蔵庫みたいだった。

 そこから、卵とベーコンそれから葉物野菜を棚にあったザルに入れてキッチンに持って行った。


 栞は、家で何度も作った事があるハムエッグを作ろうと決める。竈に、薪を互い違いに組んで薪の隙間に燃えやすい木のクズを入れた。そして、マッチで火をつける。

 ルイーダが火を使う時は、薪を組んで魔法を使う。でも、栞も火くらい付けられ方がいいだろうと、ルイーダがわざわざ教えてくれたのだ。


 火が付いたのを確認してから、少し火が弱くなるまで待つ。待っている間にパンを持って来てハムを切る。

 葉物野菜は、洗って手でちぎってお皿に盛った。竈の火を見ると、弱火になっていたのでフライパンを乗っけて油を引く。

 フライパンが温まったのを確認してからハムを乗っけて卵を二つ割り入れた。


 自分でも、中々順調だと楽しくなってくる。フライパンの中を見ていると、段々と卵の白身が白くなりだしてハムからジュウジュウと音がする。

 部屋の中が、いい匂いに満たされていた。


 頃合いを見て、フライパンの中身を二等分にフライ返しで切る。さっき葉物野菜を並べたお皿の上にハムエッグを乗せた。

 かなり上手にできたと、栞は嬉しくなる。最後に忘れずに火を消して、テーブルにお皿を持って行った。

 ルイーダは、飲物を用意してくれていた。栞は、野菜に掛けるドレッシングだけ食糧庫に取りにいく。パンもテーブルに持って行って今日の朝食の出来上がりだった。


「ルイーダさん、簡単なものだけどできました!」


 栞は、目を輝かせてルイーダに言う。


「ああ、ちゃんとできているね」


 ルイーダも優しい顔で頷いてくれた。二人で席について、「いただきます」を言って食べ始める。栞は、早速自分が作ったハムエッグにフォークを入れて口に運ぶ。

 そして思う。あれ? 味がしない?


「ルイーダさん! 私、塩コショウするの忘れました!」


 栞は、口の中のハムエッグを飲み込んでから急いで言った。ルイーダは、口に運ぼうとしていたハムエッグを一度お皿に戻す。


「栞は、一回で決められるって言うのは無理なのかい?」


 そう言って、あっはっはと楽しそうに笑った。栞も、今回は完璧だと思ったのに、やっぱり何か抜けていて自分が可笑しくて一緒に笑った。


「もうー、私って本当に不器用です」


 今までの栞だったら、きっとまた失敗したと落ち込んで泣きそうになっていたかもしれない。でも、今の栞は自分の失敗を笑って流せるようになった。

 こんな自分も仕方ないと受け入れられる。今度作った時は、忘れないようにしよう。そう思えた自分が、昔よりもずっと好きだと思った。

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