第25話 1000年に一度の役目とは

 栞がこの世界に来て、7カ月が経とうしていた。初めて薬作りをやらせてもらった日からもう随分経つ。

 何度も失敗を経験しながら、いくつかの種類の薬の下処理はできるようになった。お客さんに使用することも、ルイーダから許可が出た。

 初めて自分が作った手荒れの薬を、お客さんに持っていった時のことは栞の大切な思い出になった。


 いつものように、薬を配達していた。手荒れの薬をお客さんに手渡した時に、一言だったが感謝の言葉を言われ褒めて貰ったのだ。


「いつも、配達してくれてありがとう。この手荒れの薬は、栞ちゃんが作ったのでしょう? 沢山練習して、できるようになったって聞いたわ。頑張ったのね」


 そう言われた瞬間、とても嬉しくて心が熱を帯びた。いつもスタートラインに立たずに見ているだけだった自分が、初めて挑戦したことが認めて貰えた。

 自分で頑張っているって思っても、人からどう思われているか分からない。自分では、これで本当に頑張っていると言えるのか確かめる術がないから。

 人から認めてもらえるって、こう言うことなのだと実感する。この気持ちをずっと感じていたいって思った。


 今の栞は、いつも自分が羨ましく感じていた友人たちに近づいているのだろうか? 人から見たら、栞もキラキラ輝いているように見えているだろうか? そんなことを考えてしまうほど単純に喜んでいた。


 エリントン侯爵領での知り追いや友人が増えた。この世界に来た当初では信じられないくらい、楽しい生活を送っている。


 そしてずっとほったらかしにしてきた、聖女の書を出して最後まで読む気になれた。どうしても字がぎっちり詰まった本を、読む気になかなかなれなかったのだ。

 ユーインに、役目を果たすのは年明けだと言われて、それまでに読めばいいやと楽観視してしまったのも大きい。

 それに、内容を知ってしまってそれをずっと引きずりながら生活するのも嫌だった。


 でも、流石にもう11月に入ってしまった。何かをやらなくてはいけないのなら、そろそろ準備などしなければいけないのでは? と思ったのだ。

 やっと覚悟ができたので、今日の休みを使って読もうと決めたのだ。


 栞は、自分の部屋のベッドに腰かけて呪文を唱える。


「聖女の書」


 ポンッと目の前に、分厚くて古びた一冊の本が現れる。その本を手にとって、栞は膝の上に置いた。久しぶりに見るなと、表紙を優しく撫でる。そして、第三章1000年に一度の役目のページを開いて読み始めた。


 1000年に一度の役目とは、この世界の聖域に行って力の源である水晶に聖女の力を込めてくることだと書いてある。

 聖域とは、その名の通り神聖な場所でどこの国にも属さず誰も立ち入ることが許されていない。

 人の手の入らない、手つかずの自然が残された森だった。その中心部に、この世界が存在する為に必要な水晶が置かれている。

 1000年分のエネルギーしか注ぎ込めることができない為、聖女がこの場所に赴き力を込める。

 水晶までの道案内は、この森に住む妖精が行う。聖女は、水晶に手を翳すだけでよい。ただし力が吸い取られる為、数日動けなくなる。


 栞は、聖女の書を読みながら自分が思っていなかった役目に驚きを感じる。只の人である栞に、こんなに重たい役目なんて果たせるのか疑問しかない。

 栞が思っていたよりも大変な内容だった。ユーインが、心の準備が必要だと言っていたのも頷ける。

 そもそも、他の世界の人間になぜこんな事を課すのか意味がわからない。もう顔もおぼろげになりつつある、神様に怒りを覚える。

 怒りながらも、もう最後まで読もうと最後の章である、第四章別れの先にあるものに続くページをめくる。


 すると、章のタイトルが書かれた後に一ページまるまる使ったイラストが目に飛び込んできた。日本の桜によく似た木に、黄色い星型の実がなっているイラストだった。

 ピンクの花が散っていてとても綺麗だった。これが、前にケイが言っていた星の木かもしれないと栞は思う。


 そして、そのイラストの後から続く文字を目で追った。そこには、別れの先にあるのは元居た世界での生活がずっと続くことだと記されている。

 だけど今までと違うのは、異世界で経験したことが自分の中に残っているということ。そして、それは現実世界に帰ってからもきっと生かされるはず。

「つまらない」そう言ってこの本を手にした貴方は、きっと異世界との別れを経験して一つ大人になるだろう。

 異世界での出来事を思い出して寂しくなったら、助けてくれた人々を思い出せばいい。きっと彼らは、あなたの心を守ってくれる。


 栞は、最後まで聖女の書を読み終わると魂が抜けたように呆然としてしまう。本を自分の脇に置き、座っていたベッドにそのままバタンと倒れた。しばらく、頭が働かなかった。


 本を読み始めたのが、お昼を食べ終わってから。本を読むのが遅い栞の速度では、もう午後も良い時間になっていた。

 少し落ち着いてきて、本の内容を思い浮かべる。最後に書かれていた内容は、何となくわかる気がした。

 きっとここでの経験は、元の世界に戻ってから栞の助けになる。ここに来る前の自分とは、違った自分で新しい生活をするのだろう。


 それは分かるけど、やはり1000年に一度の役目の意味がわからない。なぜ、私なんだ? と強く思う。


「こんなに壮大な役目、私には無理!!」


 天井に向かって栞は、叫んだ。そしてこの話を誰かと共有したくて、一階の居間へと速足で降りていく。

 居間に入ると、ルイーダが新聞を手にお茶を飲んでいた。


「ルイーダさん! 1000年に一度の役目、あれ一体何なんですか? 世界のエネルギーって、話が壮大過ぎるでしょー」


 栞は、苛立ちを含ませてルイーダに話す。新聞から視線を外して彼女は、栞を見て言った。


「何だい。やっと聖女の書を読んだのかい? 往生際の悪い娘だねー」


 ルイーダが、笑っている。


「もう、笑わないで下さいよ。ずっと後回しにしていたのは本当ですけど……」


 栞は、ルイーダに笑われて面白くない。今までユーインに、言葉にこそしないが事あるごとにさっさと読めと圧を掛けられていた。

 それにもかかわらず読んでこなかったことを言われて、図星なので少々気まづい。


「まあ、確かに一人の女の子に背負わせるには酷な話だね」


 ルイーダは、マグカップを手に取りお茶を飲んだ。


「ですよね? 神様は一体なんで、そんな世界にしたんですかね? おかしいですよね?」


 栞は、納得がいかなくて疑問ばかりを口にする。


「さあー? 創造主の考えることだからねー。栞が帰る時にでも聞いといておくれ」


 ルイーダが、あっけらかんと返答する。栞は、そう言うことを言っているのではなーいと心の中で叫ぶが口には出さない。だが、面白くないことは顔に全部出ていた。


「役目だけ聞くと大変だと思うだろうが、栞はそれ程でもないんだよ。なんせあんたは、他の世界からの大切な預かりものだから。創造主からの加護がかかっている。だから本当に行って帰ってくるだけなんだよ。問題は、一緒に付き添って行く同行者の方が命がけなのさ」


 ルイーダは、恐ろしいことを当たり前のように言った。栞は、何を言われているか意味が分からなかった。

 同行者の方が命がけ? 頭の中は、はてなマークで一杯だった。

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