第23話 栞、逃げ出す

「っぷ、あはは」


 ユーインの堪えられない笑いが、部屋の中でこだまする。


「そんなに不器用じゃないって、言ってなかったか?」


 ユーインが、涙の滲む目元を拭って栞の方を見て言った。


「そんなに、笑わなくたっていいじゃない!」


 栞は、失敗したのが恥ずかしくて悔しくて、ユーインに吐き捨てるように言葉を投げる。そして、部屋の扉を開けて出て行った。段々と駆け足になって、ルイーダの家をそのまま飛び出す。

 外に出ると、まだ陽が頭の上にあって汗ばむような暑さだった。それでも栞は、足を止めずに森の中の道を走って行く。

 段々と息が苦しくなって、駆け足だったのがゆっくりとなり遂には歩けずに止まってしまった。


 気が付いたら、着ていたワンピースは汗が滲んでいたし顔には汗が流れている。空を見上げたら、いつもと変わらない木々の緑が陽に照らされて綺麗だ。

 緑を見ていたら、涙がツーっと頬を流れて落ちた。


 栞は、悔しかった。何度もルイーダが作るのを見ていた。簡単にこなす彼女を見ていたら、失敗なんかしないと思っていた。

 最近の栞は、初めてのことを沢山経験して、できたことが嬉しくて調子に乗っていたのかも知れない。

 失敗だって沢山して、失敗することに慣れてきたはずだったのに……。今回は、大丈夫だと思っていただけに、やっぱり自分は何もできないのかもと悲しくなってくる。

 自分がやりたいと言ったことなのに、恥ずかしいし自分にイライラする。


 栞は、ゆっくりとまた歩き出して街の方に向かった。すぐにルイーダの家に帰る気になれなかった。少し、頭を冷やしたい。そう思って足を進めた。


 歩きながらも、頭の中を占めるのはルイーダに謝らなければと言うこと。早く戻って、さっきの薬の制作の片付けだってやらないといけない。

 でも、どうしても戻る気持ちにもっていけない。どうしようと、暗い表情で歩き続けていた。気が付いたら、街の真ん中にある広場にいた。


 この広場は、この領地の領民たちの憩いの場になっている。真ん中に樹齢何百年なのだろう? と思う程大きな木がある。

 ユーインに教えて貰ったのだが、星の木というのだそう。春に、ピンクの花を咲かせて黄色い星の形の実がなる。

 その実は当たりとはずれがあって、当たりを引くととても甘くて美味しい。甘くて美味しい星の実を食べる事ができると、その一年は素敵な一年になると言われている。

 来年の春、栞も挑戦してみたいなと思った記憶がある。


 そしてその星の木の木陰には、ベンチが置かれポツポツといくつかの屋台が出ている。最近の栞も、ユーインと配達の休憩に使っていた。

 ずっと歩いていて気付かなかったが、少し陽が傾いて過ごしやすい時間帯になっている。


 主婦には忙しくなる時間だし、勤め人にはそろそろ仕事が終わるかな? といった中途半端な時間。だからか人もまばらだった。

 栞は、少し休もうと空いているベンチを探す。屋台がない、人がいない方のベンチを見つけて歩いて行った。


 ベンチに腰かけると、疲れていたのかどっと足が重く感じた。また同じ時間、歩いて帰るのかと思うと憂鬱だ。

 暫くそのベンチに腰かけてボーっとしていた。そこから見える人々を、何ともなしに見ていた。

 みんなこの世界で生きているんだなと。私がここに来た意味は、何なのだろう? 久しぶりに、そんな思考に入り込んでしまった。

 最近は、毎日が楽しくて忘れていたことだったのに……。


「栞か?」


 そこに、聞いたことがある声がかかった。栞が、声のした方を向くとそこにはケイの姿があった。


「ケイ?」


 栞が呼んだ。


「良かった。こんな所で、どうしたんだ?」


 ケイが、ゆっくりと栞の座るベンチの前まで歩いて来た。栞は、どんな顔をすればいいのかわからない。

 知っている人の顔が見られて安心したのもある。泣いて、愚痴を聞いて貰いたい。でも、そんなことできる訳がない。


「えっと、ちょっと……」


 栞は、言いづらくて下を向く。ケイが、栞の横にストンと腰を下ろした。


「何かあった?」


 ケイが、優しく声を掛けてくれた。栞は、誰かに聞いて貰いたくて口を開く。


「あのね、ちょっと失敗しちゃったの……」


 栞は、顔を上げずに俯いたまま。


「うん。それで?」


 ケイの声が、栞の頭の上から聞こえる。とても優しくて、安心する声だった。


「薬をね、ルイーダさんが作る薬。それを作ってみたくて、お願いしたの」


 栞は、ポツリポツリ言葉を発した。


「そっか。作ってみたかったんだ」


 ケイの声が、栞の頭の上から聞こえる。


「作らせて貰ったの。そしたら見事に失敗したの。私、何でか全く失敗なんてする気がなくて……。自分でもびっくりして。そしたらね、ユーインが笑ったの」


 栞は、さっきの事を思い出して悔しくて膝の横に置いていた手をギュっと握った。


「それは酷いね」


 ケイが、そう言った。栞は、上を向いてケイの顔を見る。そしたら、ケイが優しく栞に笑いかけてくれた。

 大丈夫だよと言うように、頭に手を乗せる。


「栞は、初めてだったんだろう? 失敗したっていいじゃないか。ルイーダが怒ったのかい?」


 栞は、フルフルと頭を振る。ルイーダは、何も言わなかった。言う前に栞が走って部屋を出てしまったし……。


「じゃー、大丈夫だ。きっと今頃、ユーインはルイーダさんに、怒られているよ」


 ケイが、栞の頭の上に乗せていた手を離す。栞は、大丈夫だと言って貰えて何だかホッとしてしまった。

 もうずっと、自分で何かを見つけなくちゃいけないことに焦りを感じていた。やっと見つけたやりたいこと。

 自信をもって挑戦したのに失敗した。しかも笑われてしまったし……。ユーインだって悪意があって笑った訳じゃない。だから気にする事なんてないはずなのに……。

 でも、栞にしたら重かった。自分がやりたいことなのに、何で駄目なんだろう? 笑われたことが悲しいって言うよりも、できない自分にイライラした。


「そうかな……? 私、自分がやりたいって言ったことなのに失敗して。なんで上手くできないんだろう? 自分にイライラする」


 栞は、自分が思ったことをポツリと漏らす。失敗するのが怖いってずっと思っていた。でも今回は、失敗した自分が許せなくてイライラしていた。


「みんなそうだよ。やりたいことだからって、初めから上手くなんていかないよ。上手になる為に、失敗を繰り返すんだよ。俺だってそうだよ。やれることが少ないから少し頑張る。だけどすぐ体調を崩す。でも、諦めたくないからまた頑張るんだ」


 ケイが、自分に言っているみたいだった。座っている正面の景色を真っすぐに見つめている。栞は、ケイの言った言葉をリフレインする。

『諦めたくないからまた頑張る』今まで、そんなこと考えたことがあっただろうか……。栞は、ただ笑われたくないとか、叱られたくないとかそんなことばかりだった。


 ケイの横顔をチラッと見ながら思う。ああ、格好いいな。自分もそんな風になりたい。

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