第22話 挑戦と失敗

 この世界にやって来て五カ月ほどが経つ。ルイーダのところに来て三カ月。その間に、エリントン侯爵にも挨拶に行ったしエリーおばあさんのところにも遊びに行った。

 エリントン侯爵は、とてもダンディーなおじ様で栞をとても気にかけてくれていた。この領地での生活に不自由はしていないか? 楽しく暮らせているか? と聞いてくれた。

 その気持ちが嬉しくて、大丈夫ですと栞も堂々と言い切ることができた。


 エリーおばあさんは、近所の人に栞を紹介してくれた。手作りケーキを作ってもてなしてくれて、とても楽しい時間を過ごした。

 この異世界での生活が、栞にはすっかり日常になっていた。日本で毎日、学校に通っていたのが不思議なくらい。

 家族や友人に会えなくても不思議と寂しくはない。これは多分、神様に日本での時間はたった一日のことだからと言われているのが大きいのだと思う。

 信じ切っているけれど、もしそうじゃなかったら神様のことを一生恨むかも知れない。

 そのことを別にしても、異世界の生活が楽しくなっていたのは確かだった。もしかしたら自分が気付いていないだけで、充実した生活を送っているのかもしれない。

 それをユーインに言ったら、残念ながら特に国に変化はないと言われた。そんな馬鹿なと顔が引きつってしまったのは最近の話。


 それでも、悪いことが起こっている訳ではないのだと自分に言い聞かせてユーインの言葉は聞かなかったことにした。

 一々気にしていたら、キリがない。栞は、最近開き直るようになっている。ルイーダの元で生活するようになってから、日本でやらなかったことを沢山やらせてもらった。

 配達に行くのもそうだし、最近は薬屋さんの店番も任せてもらったりしている。そうすると、やっぱり失敗することも沢山あった。

 最初のうちは、落ち込んでユーインやルイーダに迷惑をかけていた。そんな栞を、二人は笑い飛ばしてくれる。

 失敗するのが当たり前。次にしないように気を付けることが大切だとルイーダは言う。ユーインに至っては、栞の場合は失敗することが普通で最初から上手くなんてできるのが稀だと言われる始末。

 そんな風に言われ続けると、自分でも一々落ち込んでいるのが馬鹿らしくなる。次、失敗しないように頑張ろうと思えるようになっていた。


 この世界に来て、少し自分が強くなれているのかもなと嬉しかった。


 だから栞は、最初に思った薬作りをやっぱりやってみたいと思った。あれからも何度か見させてもらったけれど、とても心惹かれるものがあった。

 カイ先生に、あの湖で背中を押してもらってからもうだいぶ経ってしまった。あの時はまだ、自分が何をしたいのか考えあぐねていたから。

 もっと色々経験させて貰ったら、思い切ってルイーダに相談してみようと決めていた。だから今日、栞はいつもの夕飯の場面でルイーダにお願いしてみることにした。


「ルイーダさん、実はお願いがあるんですが……」


 ルイーダは、食後のお茶を飲んでいた。この世界にもハーブティーがあって、今日はレモングラスを飲んでいる。


「何だい? 改まって」


 ルイーダが、飲んでいたハーブティーのカッブを置き栞を見た。


「ずっと思ってはいたんですけど……。私、薬作りをやってみたいんです。魔法は無理だけど、薬草を刻んだりとかは手伝えないですか?」


 栞は、緊張しながら言葉を発した。


「なんだ、そんなことかい。早く言えばいいのに。そうさね、魔法を使う手前の段階までならやってもいいよ」


 ルイーダが、栞が拍子抜けするほど簡単に返事をする。


「でも、大切な薬作りだし。魔女じゃないとやったら駄目とかあるのかと思って」


 栞は、気にしていたことを聞いた。一般の人に薬作りを教えてもいいものなのか、そもそも疑問だったのだ。


「別にそんなことはないけどね。でも、普通は魔女が一般人を受け入れることがないからね。教えるような状況にならないだけさ」


 ルイーダは、栞の問いに答えるとハーブティーを口に運んだ。


「魔女って、どうしてそんなに人と距離を取っているんですか?」


 栞はずっと疑問だった。魔女は気難しいと言われていたが、栞がみるルイーダはずっと親切だ。薬屋のお客さんたちにもぶっきらぼうだが、とても丁寧な接客をしている。


「この領地にいると分からないだろうが、人も色々だからね。魔女には、人から騙されたりこき使われたり色々な歴史があるんだよ。だから、魔女は人に心を許さない。栞の場合は、期間限定だからね」


 ルイーダは、どこか寂しそうに何かを思い出しているのか難しい顔をしていた。


「そう、なんですか……。でも、じゃー私はラッキーですね。人に恵まれた領地に来させて頂いて」


 栞は、明るい声で言った。何も考えずにこの領地に来ることにしたけれど、結果的に大正解だった訳である。


「そうさねー。この領地は居心地がいいのは確かだよ」


 ルイーダも笑って答えてくれた。そして、彼女と話し合って、明日の空いた時間で薬作りをやってみようと言う話になった。

 栞は、その日はワクワクしてなかなか寝付けなかった。


 次の日ユーインに、顔を合わせた時にすぐに報告をした。


「ユーイン、聞いて! 私、今日は薬作りをさせてもらうことになったの!」


 栞は、目を輝かせてユーインに話して聞かせる。ユーインは、栞の興奮した様子に面食らっていた。


「おいおい、そんなに興奮してて大丈夫なのかよ? 薬品、爆発させたりしないでくれよ」


 ユーインが、余計なフラグを立てる。栞は、ルイーダが薬を作るところを何回も見せてもらった。

 見ている分には、そんなに難しいことをしてるように思えない。あれくらいなら、自分でもできるはずと仄かな自信を持っていた。

 ユーインが言うような、盛大な失敗をするなんて全く考えていなかった。


「もう! ユーイン、失礼。そこまで不器用じゃないから!」


 栞は、怒ってユーインの腕を叩こうとするが避けられる。


「悪かったよ。住吉が楽しそうなら何よりだよ。頑張れよ」


 ユーインが珍しく、栞にむかって微笑んでくれた。そんな表情を見せてくれると、ちょっと嬉しい。いつも無表情か厳しい顔しか向けてくれないから。

 栞は、頑張ろうと手を握って決意を新たにした。


 そしていつもの日課である、薬の配達に出掛けた。今日は、薬の配達を終えるとすぐにルイーダの家に戻って来る。

 途中ルイーダの家でお昼を食べようと、初めてパン屋さんでパンを買ってきた。この世界のパン屋も、色々な種類のパンが売られていた。

 ユーインも、庶民的な持ち帰りのパン屋は初めてだったらしく二人で沢山のパンを買ってきた。


 ルイーダに、大量のパンを見られてそんなに二人で食べれるのかと笑われてしまった。案の定、食べきることができずに残してしまったが、次の日の朝食べることにした。


 それから、お待ちかねの薬作りが始まった。いつものユーインは、薬作りは部屋に入ってこない。

 だけど、今日は栞の初めての薬作りを見学するために一緒に部屋に入った。ユーインは、部屋の隅に邪魔にならないように控えている。


「じゃあ、始めるよ。今日は、一番簡単な喉の痛みに効く薬を作る。薬と言うよりも飴に近いが」


 レルイーダが栞に向かって説明する。栞は、前にユーインから渡されたメモ用紙に彼女に言われたことを書きとっていく。


「ミントの葉と蜂蜜とりんごを使う」


 ルイーダが、作業台の上に三つの材料を出す。ミントの葉は、乾燥させたもの。蜂蜜が入った瓶。それとリンゴを一つ。


「まず、リンゴをよく洗う。リンゴは、皮ごと使うからね」


 ルイーダが、栞にリンゴを渡す。作業台の横に水道がくっついていて、栞はそこでしっかりと手洗いした。


「そしたら、四つに切って種の部分を取り除いて」


 ルイーダが、栞の前に包丁とまな板を出す。正直、栞はあまり料理をしたことがない。ルイーダがしていたのを、見様見真似でやってみた。


「栞、指は切らないでくれよ」


 栞の危なっかしい手つきを心配して、ルイーダが声をかける。栞は、首を立てに振って頷く。視線は、リンゴを見ていた。


 包丁をリンゴの真ん中に当てて半分に切る。真ん中に当てたつもりだったのに、なぜか片方の比重が大きい。

 それを更に半分ずつ切る。やっぱり真ん中に包丁が入らずに、ぶかっこうな四等分になった。


「じゃあ、次はミントの葉を3グラム計ってこの容器に入れとくれ。入れる時に、手で細かくして」


 栞は、言われたようにミントの葉を取って秤で計る。ミントの葉は、乾燥しているので少し揉むだけで細かくなった。

 手にだいぶついてしまったが、それは手を叩いて払ってしまう。


「じゃあ、最後に蜂蜜を四等分した一つのリンゴにくぐらせて、さっきのミントの容器にいれて」


 栞は、言われたように一番大きなリンゴを手にとって蜂蜜の容器の中に入れた。蜂蜜が零れないように、容器から取り出してミントの葉の入った容器に移した。


「うん。まあ、初めてだからね……。これで、魔法をかける。ちょっと栞は、下がっててくれるかい?」


 栞は、ルイーダに言われたように作業台から離れる。この時栞は、魔法を使うのに、自分は邪魔なんだろうなと思っただけだった。


 ルイーダが、栞が離れたことを確認すると呪文を唱えた。栞がまた聞いたことがない歌の旋律だった。

 いつもだと、レジーナが呪文を唱え始めると材料が自ら合わさり液体状に変わったり固形になったりする。

 今日は、容器の中の材料から段々と煙が出始める。白い煙が黒に変わったと思ったら、容器の中で材料がボンっと音を立てて爆発した――。

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