第19話 ルイーダのお説教

 栞が、ルイーダの代わりに配達に行くようになってニ週間が経った。薬を届ける先は、自分で来られない人が多いので老人や持病を抱えている人、小さな子供がいる家庭が多かった。

 どのお客さんも、薬を届けると感謝の言葉をくれて栞はとても嬉しかった。今までだってお礼を言われる場面はあったと思う。でも、自分の仕事に感謝をされるのが初めてで誰かの役に立っているのがわかり凄く嬉しかった。

 栞は、どちらかと言うと「ありがとう」と言う方が多い人生だった気がする。誰かに「ありがとう」と言われることが、こんなに嬉しいことだと思わなかった。


 今日も栞は、ルイーダに言われたお客さんの所に薬を持って行く。ユーインも既に来ていて、ルイーダの話を聞いていた。もうこれが当たり前の風景になっていた。

 その間に栞は、いつものように出掛ける準備をしていた。するとルイーダに呼ばれる。


「栞、ちょっとこっちにおいで」


 呼ばれてルイーダのところに行くと――――。


「栞、配達を始めてニ週間経つね。そろそろ、受け身の姿勢から自分で考えて行動するようにならないと駄目だ。配達先も、栞の仕事なんだからちゃんと自分で聞かなくちゃ。何でもユーインに任せっきりにしたらいけないよ。これは栞の仕事なんだからね」


 ルイーダは、声を荒げる訳でもなく淡々と栞に言って聞かせる。栞は、言われて反省する。確かに最初から大切なことは、ユーインに任せっきりにしてしまっていた。

 自分が、魔女に会いたいと言い出してここで生活させて貰っているのに……。ユーインは、あくまでも自分の記録係なのに……。


「ごめんなさい……」


 栞は、肩を落として謝罪の言葉を口にした。


「わかればいいんだよ。栞は、好きでこの世界に来た訳ではないと聞いたからね。最初のうちは戸惑ったって当たり前だ。でもね、覚えていて欲しいんだが……。聖女としてこの世界に来たからには、栞の幸せはこの世界の人の幸せなんだ。だから栞が幸せだと思わないと、この世界は弾まない。栞が楽しいと思うこと、嬉しいと思うことがあったら積極的にやりなさい」


 ルイーダは、栞の目を見て真剣な表情で言って聞かせる。栞は、ルイーダが言った「私の幸せが世界の幸せ」と言う言葉を何度も自分の中で繰り返した。


「はい」


 この時は、返事をするので精一杯だった。その後は、その日の配達先は栞も一緒にルイーダの話を聞いた。

 しっかり頭に入れた栞は、薬の入った紙袋を確認していつもの籠に入れる。そうして、ユーインと二人で配達に出発した。


 栞は、通いなれた森の小道を歩きながらユーインに謝る。


「ユーイン、いつもごめんね」


 いつもは、森の木々を眺めながら心弾ませて歩いているのだが、今日はすっかり落ち込んでしまった。


「別に、僕は慣れたから平気だけど……。でも、手伝ってばかりじゃ駄目なんだな……。僕も、勉強になったわ」


 ユーインが、歩きながら感慨深げに言った。栞は、ユーインが言ったことがよくわからなかった。


「ユーイン、どう言うこと?」


 栞は、素直に訊ねる。


「楽しいとか面白いとかって感情は、受け身でいたら駄目ってことだよ。充実感ってのは、自分でやりたいことをやって得た感情だろ? それに勝るものはきっとないんだ。だから手伝うばかりじゃなくて、栞の好きを引き出してやらないといけないってことなんだろうな」


 ユーインは、考えながら言葉にする。


「でも、私、充分楽しかったけど……」


 栞は、まだよくわからない。充実した生活を送るって難しい。


「俺もうまく言えないけど……。人から言われたことをするのだって、別に悪くはないんだ。ただ、自分がやりたいって思うことをする方が充足感が大きいと思う」


 指示されるのを待ってばかりいては駄目と言うことなのかな……。神様は、只いればいいだけって言ったくせに……。

 実は、ずっごく大変じゃないかと今更ながらに思う栞だった。


 今日の配達は、ケイのところからだった。彼のところには、もう何度も足を運んだ。彼のような持病の持ち主には、小まめに訪問して様子を見てあげるのだとルイーダが言っていた。

 ルイーダの薬屋は、お医者さんのような役割もあるんだなとそのときに思った。


 ケイは、何だかとても不思議な男性だった。栞とは違って自分をしっかり持っていた。病弱な自分を少しでも向上させたくて、体調がいい時には部屋の中で筋トレなどをやっていると聞いた。

 ケイのところに行くと、なぜだか栞の方が元気を貰って帰ってくる。惹きつけられる何かがある男性だった。


「ところで、住吉さ。聖女の書は全部読んだのか?」


 もう少しでケイの家だと言うところで、ユーインに聞かれる。栞は、ドキッとする。実はまだ全部読んでいないのだ。

 エリントン領に来てからは、突然ルイーダの家に住むことになって翌日から彼女の手伝いを始めてしまった。

 慣れないことばかりで、夜は疲れてしまって聖女の書をじっくり読む余裕なんてなかったのだ。

 だって栞は、本を読むのが得意ではない。読まなくていいのなら、できれば読みたくない。聖女の観察記録は、読まないと自分の生活に支障が出そうだったので一生懸命読んだのだが……。


「まだ……」


 栞は、小さな声になってしまった。


「まだ、読んでないのかよ! 仕事云々よりも先にそっちを読んでくれよ。お前、1000年に一度の聖女だって自覚ないのかよ?」


 ユーインが、若干イラっとしている。もう慣れたって言ったくせに……。


「だって、守護者のところがよくわからないんだもん。守護者って結局何なの? 聖女の心を守るってどういう意味なんだろ?」


 栞は、突っかかってしまった部分をユーインに訊ねる。守護者がわからな過ぎて、先を読む気がなくなってしまったのだ。


「もう、そこは理解しなくてもいいよ。それよりも、1000年に一度の聖女の仕事の方が大切なんだよ!」


 ユーインが、必死に栞を説得する。でも栞は、1000年に一度の役目があると言われてもそこまで大変なことだと思っていなかった。だって神様は、死ぬことはないって言っていたし……。

 何の力もないのだから、お祈りするとか? 何かかかな? くらいの意識だった。


「そんなに特別なことなの? お祈りするとかじゃなくて?」


 栞は、不思議そうに訊ねる。それを聞いたユーインは、頭を抱えている。


「栞……。とにかく早く読んでくれ。栞の場合、絶対に心の準備が必要だから。役目を果たす時期は、年が明けてすぐだからな。間違ったことを教える訳にはいかないから、僕からは教えられない。聖女の書をちゃんと読んでくれよ!」


 心の準備って……。相変わらずユーインって失礼。でもそっか、年末までに読めばいいのかとこっそり思った。


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