第18話 仕事の後のお昼休憩

 診療所を出た二人は、カイ先生に教えて貰った商店街へと足を進める。少し行ったところに、領民達が買い物をする場所があるのだと教えてくれた。

 そこには、食堂がいくつかあるから良かったら食べてみたらと言われたのだ。言われた方向に歩いて行くと、王都と同じ規模とはいかないがお店が立ち並んでいた。

 商店の前には、テントが張り出してあって野菜を売っているお店。お花を売っているお店。お肉を売っているお店がある。

 栞は、商店街を歩きながら昨日来た服屋を見つけた。昨日は、空からこの店に降りたって急いでお店を出たので、周りのお店に目を配っている暇がなかった。

 商店街の真ん中にある店だったのか。これは、確かに店先に荷馬車があったら邪魔だなと思い返した。


 隣を歩くユーインも、興味深そうな顔をして周りを見ている。栞は、この感じが楽しいと感じていた。

 お城で高級なものに囲まれる暮らしよりも、一般の人に交じって普通の暮らしをする方がずっといい。

 私は、根っからの庶民なのだなと悲しいような面白いような複雑な心境だった。


「ユーイン、食堂はもっと奥なのかな?」


 栞は、きょろきょろ見回しながら歩いている。お目当てのお店がなかなか見えてこなくて心配になってしまう。


「そろそろだと思うけどな……」


 そう言ってユーインが、路地裏に目を向けるとナイフとフォークの看板が出ていることに気づく。


「あった。多分これが食堂だ」


 ユーインが指さす方を栞も見る。確かにひっそりと、看板が出ていて入口が奥まったところにあった。

 こんなに分かりづらかったら、初めてくる人はわからないよ……。


 栞とユーインは、食堂の入口を開けて中に入る。扉は引き戸になっていて、開けるとカラカラと音がした。

 中に入ると、「いらっしゃいませ」と声がかかる。栞が、店員を見ると自分と同じくらいの女の子だった。


「あれ、お客さん初めてだよね? よくこんな店見つけたね」


 女の子は、闊達よく明るくて元気な子だった。


「あっ、もしかしたら初めての人は来たらいけないお店だった?」


 栞は、日本の一見さんお断りという言葉を思い出す。この国にもそう言った文化があるのかもしれないと咄嗟に思ったのだ。


「違う違う。このお店、わかりづらい所にあるでしょ? 殆ど、常連しかこない店だから」


 そう言って、四人座れるテーブル席に案内してくれた。店内をよく見ると、奥がカウンター席になっている。テーブル席は、栞が案内された席とあと一つあるだけだった。

 確かに、沢山の人をもてなすような大きな食堂ではない。栞は、ユーインに目を向けると席についていた。栞は、彼に倣って椅子に座る。


「これがうちのメニューだから。決まったら、教えてね」


 女の子は、メニュー表をテーブルに置くとカウンターの中に入って行った。栞は、メニュー表に目を向ける。

 今日のランチ。サンドイッチ。シチュー。スープ。あと、飲物がいくつか書いてあるだけだった。これって、もしかして外れを引いちゃったのかな……。


「ねえ、ユーイン。メニュー数少なくない? もしかしたら教えて貰った食堂ってここじゃなかったのかも……」


 栞は、小さな声でユーインに話しかける。


「とりあえず、食べてみて決めればいいだろ。俺は、今日のランチにする」


 ユーインは、特に不満がありそうでもない。彼と一緒に生活するようになって1カ月と少し。神経質そうな外見とは裏腹に、仕事以外のこととなると細かくない。

 多分、お昼も食べられればなんでもいいと思っていそうだった。


「じゃあ、私も今日のランチでいいか……」


 栞も、呟くように言った。ユーインが、「すみません」と奥に声をかけるとさっきの女の子が、お水をお盆に載せて出て来た。


「注文決まりましたか?」


 お水をテーブルに置くと、メモ帳を持って訪ねてくれた。


「今日のランチを二つ」


 ユーインが、女の子を見ながら注文を言った。


「かしこまりました。今日のランチが二つですね。ごめんねーメニュー数少なくて。このお店、親が趣味で開いているようなもんなの。では、暫くお待ち下さい」


 女の子は、そう言ってまたカウンターの中に入っていった。栞は、自分の言ったことが聞かれていたのかと気まずい。


「もしかして、さっきの聞かれてたのかな?」


 栞は、ユーインにさっきよりも小さな声で訊ねる。


「そんなことないだろ? 多分、みんなにああやって言っているんじゃないか?」


 ユーインが、カウンターの方を見ながら言った。栞は、そうかな? と思う。この国の人は、大らかで言葉通り受け取る。

 日本のように、裏に隠れた意味を読み取ろうとしない。ユーインなんて本当に、適当なことが多い。

 栞は、自分が考え過ぎな気がして段々馬鹿らしくなる。


「私って、色々考え過ぎなのかな?」


 栞は、心で思っていた事が漏れ出ていた。ユーインは、出されたお水を飲み終わると栞を見ながら言った。


「間違いなくそうだな。住吉が思っているほど、他人は他人を気にしてないよ。もし突っかかって来る奴がいても、それこそ気にする必要ないな。悪い事をしている訳じゃないから、堂々としてればいいよ。そりゃーたまには、注意されたり叱られたりすることだってあるだろうがな。それは、それだ」


 栞もお水のグラスに手をかけて一口飲む。とても冷たくて美味しいお水だった。


「私、注意されるのも叱られるのも嫌なんだもん」


 栞は、素直な気持ちを吐露する。


「あのなー。誰だって間違えたりすることはあるだろうが……。それを正して貰わなかったらどうするんだよ? その方が、駄目だろうが」


 ユーインが、呆れている。いつもこういうちゃんとした話になると、ユーインが呆れてくるので何も言えなくなって終了してしまう。

 でも、今日はもうちょっと続けてみた。


「ユーインも叱られることあるの?」


 栞は、前から疑問に思っていたことを口にする。こんなに頭が良さそうで何でもこなすような人でも、叱られたりするのだろうか?


「あるに決まってるだろうが! 親なんて顔見れば、小言ばかりだよ」


 意外過ぎて驚く。


「そうなの? ユーインって見るからに優等生って気がするから、家でもちゃんとしてるのかと思った」


「そう見えてるのは、仕事だからだ。仕事だから、しっかりやらないとって責任感がある。しかもお前、この世界では最重要な仕事なんだぞ? わかってんのか?」


 言われて栞は確かにと納得する。あまり自分が聖女だという実感が湧かない。それが、どんなに大切な存在でも自分では全くわからないのだ。


「正直、余りわかってないんだけど……。ユーインは、叱られても落ち込まないの?」


 栞の場合、すぐに落ち込んでなかなか平常時に戻ってこられない。どうやったらもっと、楽観的に生活できるんだろうか。


「落ち込むというより、俺はイラっとするけどな。わかっていることばかり親は言うからな。住吉の場合は、何かあったら言葉に出せ。お前は、大したことない事柄で、すぐにぐちぐち考え込むからいけないんだ。人に聞いて貰って、大した事ないんだと確認しろ」


 ユーインが、栞にアドバイスを送ってくれる。なんだか馬鹿にされているような気がしないでもない……。でも、言葉通りそのまま受け取ることにした。


「わかった。ユーイン、ありがとう。じゃー、どんなにくだらないことでも、ユーインはちゃんと聞いてよね」


 栞が、ユーインに面倒臭いお願いをする。


「それが俺の仕事なんだから、ちゃんと聞くよ」


 ユーインが、真剣な瞳で返してきたから面食らう。栞は、ちょっとふざけたつもりだったのに。ここは真面目にとるユーインが何だか意外だった。

 栞は、自分の周りにいてくれる人たちが良い人ばかりで安心する。今まで何となく生活してきたけれど、成長しなくちゃいけないと感じた。


 話が切れたところで丁度、奥から女の子が大きなお盆一杯に料理を運んで来てくれた。今日のランチは、柔らかなふかふかのパン。焼き立てのハンバーグ。瑞々しい野菜が綺麗に盛られたサラダ。それと、たくさんのキノコが入ったスープだった。


 栞は、手を合わせて「いただきます」と言うとハンバーグにナイフを通した。柔らかくて、スーッとナイフが通ったかと思うと中から肉汁がジュワットお皿に染み出してくる。

 ハンバーグを口に入れると、肉のうまみがダイレクトに伝わって口の中が美味しい。ハンバーグの上にかかっているソースが、これまた美味しくてどんどん食べ進めてしまう。


「ユーイン、凄く美味しいんだけど!」


 栞は感動で、興奮気味にユーインに伝える。


「ああ、旨いな」


 ユーインも夢中になってフォークを口に運んでいる。二人で、無言になってその後も食べ進めた。

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