第20話 別れがあるのはわかっている

 もうお馴染になっているケイの家に到着する。配達を始めてから二週間が経ったので、基本的に栞が全て対応している。栞は、ケイの家の呼び鈴を鳴らした。

 今日は、少しは体調良くなっているといいのだけど……。栞は、祈るような気持ちで玄関の前で立っていた。


 すると、玄関のドアが開いてケイが顔を出す。


「栞、こんにちは。薬だよね? お金持って来るからちょっと待ってて」


 ケイは、玄関のドアを開けたまま家の中に戻って行った。ケイはすぐに戻ってくると、いつもの金額を栞に渡してくれる。栞も確認してお金を受け取った。

 ケイが、栞の後ろにいるユーインに気がつく。ユーインは、木陰を見つけてその下で待っていてくれていた。

 いつも栞は、ケイの部屋まで薬を持って行っていたので玄関で対応されたのは今日が初めて。だから、今までユーインの存在は知られていなかった。


「彼は?」


 栞は、ケイが見ている方にユーインがいる事を確認すると口を開いた。


「えっと……。私の付き添いみたいなものかな? 私、この領地に来てから間もないから色々と面倒みてもらっているの」


 栞が、当たりさわりないことを答える。


「そうなんだ。それは、安心だね」


 ケイが、笑顔を溢す。栞は、心の中で安心か……と呟く。確かにユーインがいてとても助かっている。でも、ユーインは時に意地悪でちょっと厳しい。


「うん。でも、たまに失礼なこともあるけどね……」


 栞は、さっきのやり取りを思い出す。ケイについつい愚痴ってしまう。


「そうなの? どんなことが?」


 優しいケイが、栞の話を聞いてくれる。実は、栞が愚痴を言える相手はそういない。だから、ケイの存在はとても貴重だった。

 栞は、言ってもいいのもなのか迷った末に口にする。


「私がいけないんだけど……。すぐに呆れられちゃうから」


 栞は、自分で言っていて悲しくなってくる。ユーインが悪いんじゃなくて、やっぱりちゃんとしない自分が悪いんだなと思えてきた。

 誰かに吐き出すことで、見えることもある。


「栞は、自分に自信がないのかな? 大丈夫だよ。ちゃんとやれているよ」


 そう言って、ケイが栞の頭を撫でてくれた。栞が、何に悩んでいるかなんてわかるはずないのに……。こんな風に元気付けられると照れてしまう。

 でも、言われたい言葉が聞けて気持ちが楽になる。


「ケイ、ありがとう。愚痴れる人っていないから聞いてくれるだけで嬉しい」


 栞は、ちょっと照れながら笑顔をケイに向けた。


「俺で良ければ愚痴聞くから、配達じゃなくても遊びにおいで。俺は、時間だけはあるからさ」


 そう言って、ちょっとだけ悲しそうな顔で呟いた。ケイも、やっぱり体が弱いことが辛いのかなと思ってしまう。

 自分に何かできることないかな? 今度、何かお土産を持って遊びにこようと思った。


 栞は、ケイにお礼を言って玄関で別れる。ユーインのところに戻って、「お待たせ」と声をかけた。


「ああ。お前、あのお客さんとずいぶん親しくなったんだな」


 ユーインが、何だか心配げに言う。


「だって、一週間に三回も配達にくればちょっとは話すようになるよ」


 栞は、当然のように言う。ユーインは何を心配しているんだろうと疑問だ。


「そうか……。あまりこの世界の人間と親しくなると辛くなるぞ」


 ユーインが、栞から目を逸らしながら言った。何のことを言っているのか、流石の栞でもわかる。きっと、この世界から日本に帰る時に別れるのが辛くなると言いたいのだ。

 それについては、自分でもずっと考えていることだった。でも、そんなこと考えていたら人と話せなくなってしまう。

 だから、余計なことは考えてないって決めたのだ。


「わかってるよ。でも、お客さんとして頻繁に顔を合わせればそれなりに仲良くなっちゃうし。ユーインが心配するようなことないから大丈夫だよ。ちゃんとお別れはあるって自覚しているし。そんなこと言ったら、ユーインとなんてもう家族みたいなのにそれはいいの?」


 栞は、拗ねた感じで異論を述べる。


「僕はいいんだよ。そう言う役割なんだから」


 ユーインは、妙に確信に満ちた言い方をする。それって、ユーインは私と別れる時に寂しくないってことなんだろうか? 仕事として割り切っているから? 何だか、それはそれでとても寂しく思ってしまう。


「あっそっ。ユーインって冷たい」


 栞は、ユーインから顔を背けて怒り気味だ。


「じゃー、次行くぞ」


 大人なユーインは、栞を相手にせずにマイペースだった。


 その後も、地図を見ながらお客さんの家を回った。だいぶ手慣れてきた栞は、エリントン領の立地が段々分かってきた。

 お休みをもらったら、一人で散歩しながら歩いてみたいなと思う。ユーインと相談して、一週間に一度はお互いリフレッシュするために休もうと言うことで話がついた。

 ユーインは、休みなんていらないと言い張っていたが……。栞が耐えられないとお願いした。最終的にルイーダが中に入ってくれて、ユーインも納得してくれた。

 本当にルイーダがいて良かったと改めて思った。


 栞たちは、商店街の方へと向かっていた。配達が終わった午後は、栞の自由時間になっている。ルイーダに、色々なことを見てやりたいことを見つけなさいと言われているからだ。今日も、毎日の日課になっている食堂でのお昼からだ。


 初日に言った食堂「おまかせ」に今日も足を運ぶ。「おまかせ」の料理は、どれも美味しくてユーインと二人で気に入ってしまった。

 他のところにも行ってみたいが、「おまかせ」で満足してしまった為二人とも別の店を探す気にならなかった。


 実は何回か通って知ったのだが、最初に選んだ本日のランチは店主の気まぐれによってメニューが決まる。

 作っていた材料が足りなくなると、別のメニューになって出てくる。同じように今日のランチを頼んでも、違うメニューが出てくることになる。


 ユーインと同じに頼んだ筈なのに、別メニューが出てきた時はびっくりした。この店のお客さんは、殆ど常連さんしかこないからみんな知っているのだそう。


 それを知った栞は、何が出てくるかわからないのはそれはそれで面白いなと思った。「おまかせ」で食べる料理は本当にどれも美味しくて、常連になってしまう気持ちがよく分かった。


 配膳をしている女の子とも仲良くなった。このお店の娘だった。両親が料理を担当して、配膳を娘のリンが行っている。


 この世界で、栞と同年代の普通の女の子と親しくなれた事も嬉しかった。王宮で出会った令嬢たちと違って、話も合うしノリも一緒だし気楽に話せる。

 やっぱり自分はどこまでいっても、庶民なんだと改めて感じた。


「今日も、ランチでいいよね?」


 リンが、栞とユーインに聞く。2人とも首を縦に降って返事をする。リンが、手元のメモに注文を書いてカウンターの中に入って行った。


「ユーイン、今日はなんだろうね。楽しみだねー」


 栞は、テーブルに頬杖をついてリンが入って行ったカウンターの方を見ながら言った。


「何でもいいよ。美味しいから」


 ユーインの返答が素っ気ない。もうちょっと楽しくしゃべってくれてもいいのに。栞は、ユーインに流し目を送る。


「それより、まじで聖女の書の続き読めよ」


 ユーインが少し声を小さくして言う。


「わかってるよ」


 栞は、何度も言わないでとばかりに顔をプイットユーインから背けた。


 その日のランチは、卵がトロトロのオムライスとオニオンスープだった。やっぱり今日も美味しくて、ユーインに怒っていたのは忘れて自然と顔が笑顔になっていた。美味しいものって、人を幸せにするよなーと思いながらオムライスを頬張った。

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