第16話 単純な性格
栞は、さっきのことを気にしてしまい元気がない。他人からしたら、大したことじゃないのはわかっている。
でも、戻った時に改めてカイ先生から注意されたりするのだろうか? と気が重い。栞は、基本的に人から怒られたり注意されたりするのが大嫌いだ。
だから家の外では、誰かに指摘されないように真面目に生活している。学校でも、目立たず騒がず印象の薄い子で通っている。
栞は、ユーインが歩く方に黙ってついて行く。心の中では、次の家でも迷惑がられたらどうしようとそればかりだった。
彼が、歩みを止めて地図を見る。間違いなかったようで栞にしゃべりかけた。
「最後の家は、ここだぞ」
栞は、ユーインが示す家を見る。確かに昨日来た家だった。ケイの家は、庭がなく二階建てで青い屋根の家だ。
栞は、変わりにユーインが行ってくれないかな? とズルい考えを抱く。
「これは、吉住の仕事だろ。しっかりしろ」
栞の思っていたことを察したユーインに注意される。流石にそうだよね……と思いながら玄関の方に足を進めた。
一番最初の家と同じように、呼び鈴を鳴らした。少し待つが返事がない……。留守なのかな? と栞は思う。
でも、一応と思いもう一度呼び鈴を鳴らした。すると、二階の窓が開いて、昨日と同じように男性が顔を出す。
「誰?」
下に向かって声を掛けてきた。栞も、二階の窓に向かって声を出す。
「あの、私、ルイーダさんの変わりに薬を持ってきました。ルイーダさんが昨日の様子を見て、薬の調合を少し変えたみたいです」
栞は、変な人じゃないと一生懸命アピールする。窓から顔を出している男性は、少し考えたようだが信じてくれたみたいだった。
「じゃあ、申し訳ないけど上に上がってきて」
栞は、頷いて小さくお邪魔しますと言ってドアノブを回した。家の中に入る前に、後ろを振り返ってユーインに一言添える。
「ユーイン、ちょっと行ってくるね」
彼も、わかったと頷いてくれたので栞は家の中に入っていった。家の中に入ると正面に細い廊下があり、ここを通るのかな? と慎重に足を進める。
少し行ったところに二階に通じる階段があったので、それを上って上に向かった。
二階に着くと、三つのドアがありさっき男性が窓から顔を出したであろう部屋に当たりを付けてノックをする。すると、正解だったようで中から返事が聞こえた。
「はい。どうぞ」
栞は、ドアの取手に手をかけて扉を開けた。そこには、パジャマ姿の男性がベッドに腰かけていた。
薄い銀色の髪で見るからに病弱そう。背が高いのに痩せていてひょろっとしている。顔色も悪く辛そうだった。
「悪いな。熱が下がらなくて、まだ体調が悪くてさっ」
ゴホゴホと少し咳き込んでいる。栞は、それは大変だと思い長居は無用だと気を引き締める。
「あの、私、一年ほどルイーダさんのところでお世話になることになった栞です。今日は、咳の薬を持ってきました」
栞は、男性の方に歩いていって薬の入った紙袋を渡す。中を確認してくれた。
「ありがとう。俺は、ケイだよ。この家の長男。体が弱くて殆ど家にいるんだ。退屈な人生だよな」
ケイと名乗る男性は、どこか自分のことではないような話し方をする。不思議だなと思いながらも、今度は迷惑がられなくて良かったとホッとした。
栞の態度があからさまだったのが、ケイに突っ込まれた。
「なんだ? やけにホッとしたような顔して。つまんない男で良かったってこと?」
栞は、ブンブン首を振って否定する。
「違います。そうじゃなくて。さっき行ったところで、早く行きすぎて迷惑がられちゃったので、またそうだったらどうしようって心配してて……。ケイさんにお礼を言われて良かったって力が抜けてしまっただけです。誤解させてすみません」
栞は、焦って早口でまくし立てる。失礼なこと言っていたらどうしようと心の中はパニックになっている。
ケイは、必死にしゃべる栞をじっと見ていた。
「考え過ぎだよ。初めてなんだろ? 失敗したって迷惑かけたって、次挽回すればいいよ。俺なんて、この弱い体のせいで迷惑しかかけてないんだぞ。どーすんだよ?」
ケイは、最後は諦めたように言った。栞は、何て言って返していいのかわからなくて口ごもる。
「俺のことはいいな。とりあえず、大丈夫だ。迷惑かけたと思うなら、今度は誰かに返してあげればいい。そうやって世界は回っているんだ。俺も気づいたばかりだけどな」
ケイが、明るく笑った。栞は、元気づけようとしてくれるケイに良い人だなと思う。そしてハッと思い出す。お金をもらわなくては。
「ありがとうございます。ちょっと元気出ました。あの、代金受け取ってもいいですか?」
ケイは、立ち上がって机の引き出しを開けるとお金を持って来てくれた。
「悪い。いつもと同じでいいのか?」
栞は、ルイーダから言われた金額を口にする。すると、ケイがお釣りを出さなくていいように丁度で払ってくれた。
これだと、間違いようがないから助かる。栞は、笑顔でケイに挨拶する。本当は、昨日ルイーダさんが言っていたトレーニングについて聞いて見たかった。だけど、体調が悪そうなのでまたの機会にする。
「はい。丁度頂きました。では、お大事にして下さいね」
栞は、ドアを開けて部屋を出て行こうとする。
「ああ。またな」
そう言って、ケイは栞に手を振った。栞は、ペコリとお辞儀を一つして部屋をでる。来た時と同じように階段を通って玄関まで戻ってきた。
外に出ると、ユーインが心配した面持ちで待ち構えていた。
「時間かかっていたけど、大丈夫だったのか?」
栞は、笑顔で返答する。
「うん。大丈夫だった。凄く良い人だったよ。代金もちゃんと貰ったよ」
ユーインが、心配して損したとばかりに溜息をついている。
「住吉さっ。単純すぎないか?」
さっきとは打って変わって、笑顔で話す栞に呆れている。栞もその自覚はあるが、仕方がない。だって昔からこんな性格なのだ。
人から言われたことに一喜一憂してしまう。もっと自分を持たないと駄目だと分かっている。だけど、強くなれないのだ。
「分かってるけど、簡単に変われないの」
栞は、わかりやすくむくれる。ユーインは、やれやれという視線を栞に向けた。
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