第15話 ハンドクリームのお届け
ルイーダの家を出た二人は、森の中の小道を歩いていく。歩きの時は、馬車が通れる大きな馬車道よりも小道の方が街に出るのは早い。ルイーダから一番遠い場所でも、一時間も歩けば着くと言われている。
栞は、気合いを入れた。日本に暮らしていた時でも、一時間も歩くことなどそうない。何処かに行く時は、いつも自転車を使っていた。改めて自転車のありがたみを知る。
今日も昨日と同じで、初夏のような天気だ。日差しが強いので、日中は暑くなりそうだ。まだ森の中で、木の葉が日差しを遮ってくれるので歩くのには丁度良い。でも、段々と汗ばんでくるのがわかる。
空を見上げると、森の木々が陽の光に照らされてとても綺麗だ。葉っぱの隙間から陽の光が差し込んで星空みたいに見える。
それに葉っぱの緑が、照らす陽の角度によって色が違う。濃い緑、輝く緑、黄緑色とバラエティーに富む。栞は、自然の中にいるってとても心地がいいと感じた。
「ねぇ、ユーイン。森の中って、歩いていると気持ちが良いね」
栞は、ユーインに笑顔で喋りかける。
「そうだな。俺も歩くことってそうないから、新鮮だよ」
ユーインも、森の中に興味があるようで表情が明るい。栞は、ユーインの明るい表情を見て安心した。自分に付き合わせる形になって、歩かせてしまい申し訳ないなと思っていたから。
「良かった。ユーインがそう言ってくれて。そうだ。配達場所って、どこから行くの?」
栞は、地図を持っていたユーインに訊ねた。
「まずは、オーサの家。で、診療所。最後にケイの家だな。」
ユーインが教えてくれる。栞が、それぞれの場所について聞くと地図を見ながら行き方を詳しく教えてくれた。
そしてどんなお客さんなのかも説明してくれた。オーサは、小さい子供がいる母親。手荒れが酷くて、ハンドクリームを頼まれている。
診療所は、昨日行ったカイ先生の所。昨日確認して、在庫が少なくなっていた薬を持っていく。
最後のケイの家も、昨日行った家。二階から顔を出した青年の家だと言う。ルイーダが青年の具合を見て、咳の薬の調合を少し変えたらしい。それを今日持っていくことになっていた。
栞は、改めてユーインの事を感心する。きちんとお客さんについても、ルイーダに聞いてくるなんて凄い。栞は、そこまで全く考えが及ばなかった。ただ、間違えずに配達しなくちゃと思っただけ。
ユーインがいてくれて本当に良かった。彼から聞いたお客さんの情報を、頭に叩き込む。帰ったら、メモをしてお客さんのことを覚えていこうと思った。
「わかった。ありがとう。ユーインがいてくれて本当に助かる。私一人だったら、お客さんの情報まで考えられなかった」
栞は、ユーインに感謝の言葉を伝えた。
「まあー、肩書きは記録係だけど、聖女のサポートとしての役目もあるからな。気にするな」
ユーインが、メガネの縁に手を掛けて誇らしげな顔を覗かせる。あっ、久しぶりのユーインのドヤ顔だと心の中で微笑んだ。
20分くらい歩いただろうか? 森を抜けてぽつぽつと領民の家が見えてきた。昨日のエリーおばあさんの家もそうだったが、一つ一つの家がきちんとしている。庭があって、それなりの広さの一軒家だ。
王都では石造りの建物がならんでいたが、ここは木造の家が目立つ。ユーインが、地図を見ながら、一軒の茶色い屋根の家の前で止まった。
「ここだな」
ユーインが、表札を確認する。間違いがないようで、栞を促した。栞は、ここに来て緊張していた。
ここに来るまでに、ユーインにお金の価値について教えてもらったが余り自信がない。日本と大きく変わりはないのだが、単位が大きくて扱いづらい。
栞は、深呼吸して呼び鈴を鳴らす。すると、奥から女の人の声が聞こえてきた。
「はーい、今行きます」
バタバタと駆けてくる足音が聞こえたと思ったら、玄関のドアが開いた。20代後半くらいの女性が顔を出す。
「あら、どなたかしら?」
女性は、見知らぬ人物の来訪に驚いているようだった。栞は、ユーインと練習した通りに言葉を発した。
「私、ルイーダさんの所で働かせて頂くことになった栞と申します。今日は、ご注文のハンドクリームを持って来ました」
栞は、抱えていた籠からハンドクリームの入った紙袋を出す。
「まあ、こんな朝早くに届けてくれるなんて嬉しいわ。ルイーダさんはいつも午後だから」
嬉しそうに紙袋を、女性が受け取った。
「代金はいつもと同じでいいのかしら? 今持って来るわね」
栞は、いつもと同じがわからないので金額を口にする。女性は、頷いて扉を開けたまま家の中に入って行った。
知らない人が突然来て、不審な目で見られたらどうしようと思っていたが、全くそんなことはなかった。
「ユーイン、この国の人はおおらかな人が多いね」
栞は、隣に佇んでいたユーインにしゃべりかける。
「まあ、領民なんてこんなもんだろ? 流石に貴族となると、ここまで簡単には進まないと思うけど」
栞は、そういうものなのかと思った。そんなやり取りをしていると、女性がお金を持って戻ってきたので薬とお金を交換する。
栞が、コインを数えるとぴったりだった。一応、ユーインにも確認してもらって了承をもらう。
「丁度頂きました。ありがとうございます」
栞は、女性に向かって頭を下げる。女性も、笑顔で返してくれた。
「こちらこそ、クリーム切らしていたから助かったわ。これからは、栞ちゃんが届けてくれるの?」
「はい」
栞は、元気よく返事をした。部屋の中かから子供の泣き声が聞こえる。女性は、ではまたねと言って部屋の中に戻っていった。無事に一軒目の配達が終わって安心する。これなら、何事も無く終われる気がすると少し自信が生まれた。
「じゃあ、ユーイン。次に行こう」
栞は、張り切ってユーインに声をかける。
そして、ユーインが地図を確認して診療所へと向かう。暫くすると、昨日見た建物が見えてきた。
「ユーイン、あの建物だよね?」
栞は、ユーインに確認する。
「ああ、そうだな」
栞は、昨日と同じ扉から診療所の中に入る。今日は、午前中だからか待合室には患者さんらしき人が沢山座っていた。栞は、受付のウサギのお姉さんに声を掛けた。
「あの、すみません」
ウサギのお姉さんが、書類から顔を上げて栞の顔を見た。
「あら、あなた、昨日ルイーダさんと一緒にいた子ね?」
受付のウサギのお姉さんは栞を覚えてくれていた。栞は、嬉しくなって前のめりで返答する。
「はい。今日は、ルイーダさんの変わりに昨日注文頂いたお薬を持ってきました」
栞は、ちょっと得意気に述べる。
「そう。今、先生は診察中なのよね……。どうしようかしら? いつもは、午後来るから困ったわね……」
栞は、先ほどと同じように喜ばれると思っていたが肩透かしをくらう。え? どうしよう。突然、どうしていいか分からなくなる。
「薬は、先生に確認してもらった方がいいのよ……。午前の診察が終わる頃にもう一度来てもらえる?」
ウサギのお姉さんが、申し訳なさそうに栞に告げる。栞は、他にどうすることもできないと了承するしかなかった。
「わかりました。また来ます……」
栞は、診療所の扉を開けて外に出る。すっかり落ち込んでしまった。自分の思い通りに行かないって、ストレスなのだと自分の落ち込み具合に驚く。
横で、ユーインが溜息をついた。
「こんなことくらいで、いちいち落ち込むなよ。別に栞が悪い訳でもないだろう? ルイーダさんもきっと、知らなかっただけだと思うぞ」
ユーインが、やれやれと言った視線を栞に送る。栞は、彼の視線が痛い。確かにそうだけれど、うまくやれない自分に苛立ちを感じる。
栞は仕方なく、先にケイの家に行くことにする。すぐに、ユーインが地図を確認してくれた。二人でまたトボトボと歩き始めた。
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