第14話 初めてのお仕事
ルイーダの仕事を見学させてもらったその夜、栞は彼女からどうだったかと尋ねられた。見学させてもらったこと、全部が新鮮で楽しかったと伝える。
栞は、アルバイトをした事がないので、今日みたいに一日中仕事を見学するのは初めてだった。薬の販売をしているのを、見るのも楽しかった。
ルイーダは、お客さんに対して終始ぶっきらぼうだけど一人一人と丁寧に対応していた。薬を作っているのを見るのは、本当の魔法で感動した。
街に配達をしているのにも驚いた。わざわざ、ルイーダが個々の家を回っていて仕事が丁寧なのだと知った。
それに最後には、獣人に会えると思っていなかったのでとっても嬉しかった。今日は、退屈する暇がなくて一日がとても楽しかったと興奮しながら力説した。
ルイーダは、栞の話を聞きながらうんうんと頷いている。充実した一日が送れたのなら、それは良かったと笑顔を溢した。そして、最後に栞に聞く。
「で、栞は何をしたいと思ったのかい?」
栞は、今の今まで興奮しながらしゃべっていたのに一気に気持ちが沈む。そして、困惑の表情に変わった。
えっ? 自分で決めるの? てっきり、ルイーダさんから指示されると思っていたのに……。栞は、何ができるかわからなかった。やってみたいと思うことはあるが、できる自信がない。
「えっと……。ルイーダさんの指示に従います」
栞が、自信がなさそうに俯きがちに返答する。
「なんだいそれは? やりたいと思ったことはないのかい? まあ、いい。じゃー、明日までに考えとくよ」
ルイーダは、しょうがないねと呆れた表情だ。栞も、こんなことでは駄目だと思うのだが一歩が踏み出せない。
気まずい雰囲気になってしまい、栞は訊ねたいと思っていたことを思い出したので聞いてみた。
「あのっ、ルイーダさん。最後に行った男性は、体が弱いんですか? 体調悪そうだったし心配ですね」
ルイーダは、マグカップに入っていたお茶を飲みながら暫し考えていた。
「あー、ケイのことかい? あの子は、子供の頃から体が弱くてね。家で過ごすことが多い子なんだよ。でもここ最近、体力を付けてもっと丈夫になりたいって言い出してね。家で少しずつ、トレーニングらしいことを始めたんだよ。でも無理するのか、すぐ体調を崩すんだよ」
ルイーダは、とても詳しく教えてくれた。話を聞いて栞は、あの青年は偉いなと思う。自分だったら、トレーニングくらいで体調を崩すならきっと諦めて家で大人しくしていることを選ぶ。
何か、きっかけでもあったのかな? とちょっと気になった。
「そろそろ寝るかね?」とルイーダが言い、その日はそれで休む事になった。
翌日、朝食を食べたあと栞は、食器の片付けをしていた。やっと生活のリズムが掴めてきて、お手伝いをする余裕が出てきた。
洗った食器を拭きながら栞は、昨日の事を気にしていた。ルイーダに何がしたいのか問われた時に、何も答えられなかった。
本当は、薬を作るのを手伝ってみたかった。だけど魔法を使えない自分が、そんな事を言って迷惑にならないか躊躇してしまった。
それに、上手にできるかわからない。
栞はいつもこの調子で、今までもやりたい事に自分から手を伸ばす子ではなかった。こんなんじゃ駄目だと自分でもわかってはいるのだが……。
失敗する事が怖くて積極的になれない。こんな自分にルイーダが呆れてしまったのではないかと、恐れていた。
「栞、片付けは終わったかい?」
居間の方からルイーダに呼ばれる。
「はい。あとちょっとです。終わったら行きます」
栞は、キッチンから声を張って返事をする。急いで、残りの食器を片づけた。栞が、居間の方に行くとルイーダが、3つの茶色い紙袋をテーブルに置いて待っていた。
「お待たせしました」
栞は、手をタオルで拭きながらルイーダに声をかける。
「ああ、終わったかい。ちょっとこっちに来とくれ」
ルイーダが、栞に手招きする。栞は、言われた通りにルイーダの元に歩いていった。
「じゃあ、説明するよ」
ルイーダが、紙袋を見ながら説明を始めた。それは、今日の栞の仕事内容についてだった。今日の仕事は、ルイーダがいつも行く配達を変わりに栞が行く事だった。
「えっ? 配達ですか? 私、家なんてわからないですけど……」
まさか、配達を頼まれると思っていなかったのでびっくりする。
「地図に分かりやすく書いといたから大丈夫だろう? わからなかったら、いる人に聞いたらいい。安心しな、この領地には悪い人間はいないから」
栞は、ルイーダから地図を渡される。地図を見てみると、かなり詳細に書いてある。これなら何とかなるかな? と安心する。
「それに、ユーインがいるから大丈夫だろう」
食い入るように地図を見ている栞に、ルイーダが付け加えて言う。
「確かに! ユーインの存在をすっかり忘れてました」
栞は、地図から顔を上げてルイーダを見ながら言った。そうだった、すっかり忘れていた。私一人じゃなかった。
ユーインがいたら、迷って帰って来られなくなることもないだろう。良かったー。栞は、ユーインの存在を思いだして、不安でいっぱいだった気持ちがすっかり消える。
「あんた、ちょいちょい忘れるね……。で、行きすがらお金の使い方もユーインから聞きな」
ルイーダが、呆れている。栞は、反省しながらも今度はお金の事で頭が一杯になる。配達に行くのだから、お金の単位を覚えないと駄目だ。
難しくないといいのだけど……。栞は、また不安になってしまった。
栞が、ぐじぐじ悩みだしていると玄関の呼び鈴が鳴った。きっとユーインだろうと、栞が玄関に向かう。扉を開けると、思った通りユーインが玄関の前に立っていた。
「おはよう、ユーイン」
栞が、沈んだ声でユーインに挨拶をする。ユーインも挨拶を返してくれた。
「おはよう。何だ? その暗さは。またくだらない事で悩んいるんだろう?」
ユーインまで、呆れた顔をする。栞は、図星過ぎて何も言えない。ユーインは、いつものことだと思ったのか、詳しいことは聞かずにルイーダの家の中に入っていった。
栞は、そんなユーインの後を追って今日の予定を説明した。
「なるほど。どうせ、お金の単位が覚えられるか不安になっいるんだろう? そんなもん、やってみないとわからないだろ」
ユーインが、振り返って栞に言った。なんでみんな、そんなに前向きに考えられるのか不思議だった。
ユーインって、不安になることないんだろうか……。
「頑張って覚えるので、よろしくお願いします」
栞は、不安だけどやる気はあるのでユーインに頭を下げた。彼は、わかったと頷いてルイーダの所に挨拶に行った。
それから栞は、出掛ける準備をしてユーインを待った。彼が、ルイーダと何かを話している。
栞は、その時間を使って今日の配達場所に目を通す。ルイーダが書いてくれたメモ帳には、オーサの家、診療所、ケイの家の三件が書かれていた。
診療所は、昨日行ったカイ先生がいるところだろう。あとの二件は、初めて行く家だろうか? とにかく間違わないようにしなくちゃと栞は気合を入れた。
自分でお願いしてルイーダの手伝いをさせて貰っている。迷惑だけはかけないようにしないいけない。そればかり考えていた。
「よし、準備はいいか?」
気付いたら、ルイーダとの話は終わったようでユーインが栞の傍に来ていた。
「うん。大丈夫。薬とおつりに使うお金持ったよ」
栞が、ルイーダに用意してもらった鞄を肩から斜めに下げる。
「よし、じゃあ行こう」
ユーインが、玄関に向かって歩き出す。栞は、ルイーダにいってきますと声をかけた。
「ああ、気を付けて行っといで。今日は初日だから、夕方までに戻ればいいから。詳しい事は、ユーインに話しといたよ」
そう言ってルイーダは、栞を送り出した。
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