第13話 薬の配達
お昼休憩を挟んだ午後からは、薬の配達に同行した。ルイーダの家から遠くて自分では来られない患者の家が主だった。
いつもなら箒に乗って行くのだがとルイーダが零す。でも今日は、栞とユーインがいるから昨日と同じように荷馬車を出してくれた。
栞は、そのうち是非とも箒に乗って空を飛ぶルイーダを見てみたいと思った。
荷馬車に乗ったユーインは、何も言わなかったが顔が興奮していた。きっとユーインも、空を飛ぶのは初めてで感激しているのだろう。
栞たちは、ルイーダが順番に家を回って玄関先で薬の受け渡しをしているのを、荷馬車から見ていた。
皆、笑顔で薬を受け取っている。ルイーダの薬は、とてもよく利くとエリントン侯爵領では有名らしい。その評判を聞きつけて、たまに他の領地からやってくる客もいるのだとか。
栞は、今日一日のルイーダの仕事を見ていて、自分ができることは何だろうとずっと考えていた。
今のところ、自信を持ってできそうな事が何もない。接客をやるにしても、薬の名前や種類が分からないから恐らく無理。薬作りは、魔法が使えないからもっと無理。
どうしたらいいんだろう……。栞は、またいつもの口癖を知らずに零している。すぐに受け身の姿勢になってしまうのは、栞の悪い癖だった。
二階建ての小さな家に到着すると、今日の配達は最後だと言われた。栞は、今までと同じように荷馬車から配達をするルイーダを見ていた。
ルイーダが、呼び鈴を鳴らすと二階の窓から青年が声をかけて来た。
「すみません。今日は誰もいなくて、上まで上がって来て貰えますか?」
青年は、体調が悪いのか頻繁に咳をしている。
「ああ、わかった。今行くから、ベッドに入っときな」
ルイーダが、男性に向かって大きな声で答えた。ドアノブを回すと、カギがかかっていなかったようでそのままルイーダは中に入っていった。
栞たちは、二階の窓から顔を出していた男性を見上げた。栞よりも、2・3個年上かなと思う。黒髪で、どこか病弱そうな男性だった。
その人は、カーテンを閉めて部屋に戻っていった。
「ねえ、ユーイン。あの人、体が弱いのかな?」
栞が、気になってユーインに話しかける。
「さあ? 一瞬だったしわからないな」
ユーインは、興味がなさそうだ。栞は、何となく気になってしまった。下にも降りてこられない程、具合が悪いのだろうか? 後で、ルイーダに聞いてみようと心に留めた。
暫くすると、ルイーダが戻って来た。御者台の上に座ると、栞たちの方を向いて次の目的地を教えてくれた。
「あと、ついでだから街の診療所によって、薬の在庫の確認をしてから帰るよ」
栞たちは、頷いて了承する。てっきり、もうこれで終わりだと思っていたが、この街には診療所があることを知った。
どんな所なのだろうと興味が沸いた。隣のユーインを見ると、ひたすら何かを書いている。そんなに書くことある? と栞は不思議でならなかった。
荷馬車は、領民達の家の上空を飛んでいく。今日は、天気が良くて日差しが気持ちいい。荷馬車に乗っていると、遠くまで見渡せる。
このエリントン領は、平地が続いていて遠くに大きな山々が立ち並んでいた。たまに、荷馬車の横を鳥が飛んでいくこともあって、景色を見ているだけで栞の心は躍っていた。
家とは違った大きな建物が見えてくる。ルイーダは、その建物の横の広場に荷馬車を降ろした。今度は、栞もユーインも荷馬車から降りてルイーダについて行く。
ルイーダが、木製の扉を開けるとカランカランと鐘の音が鳴った。栞が中に入って目にしたのは、思っていたよりも広い待合室と受付だった。
受付には、頭にナースキャップを被ったうさぎさんがいた。
えっ? うさぎさんだ!! 栞は、驚いて二度見してしまう。だけど、すぐに我に返る。そうだ、じろじろ見たらいけないって言われていた……。
栞は、興奮する心を抑えて椅子が並ぶ待合室の方に視線を移した。もう夕方で診察時間は終わったのか、患者さんらしき人の姿は見えない。
栞は、フラフラと待合室の中を見学することにした。
「栞、カイに紹介するから一緒についといで」
栞は、ルイーダに呼ばれて「はい」と返事をして駆け寄る。だけど、ルイーダは、まだうさぎの看護師と話をしていた。
栞は、看護師に向かって会釈をした。すると栞に向かって、優しい笑顔で会釈を返してくれた。とても優しそうな、うさぎのお姉さんだった。
栞は、お話してみたいと思ったが何て切り出せばいいのかわからない。そうこうしているうちに、看護師との話が終わったルイーダは、診察室の方に歩いていってしまう。
栞は、未練を残しつつもルイーダの後について行った。
ルイーダは、待合室の奥にある扉を開けた。
「カイいるかい?」
ルイーダが、声をかけると奥から男性の声で返事が返ってきた。
「ああ、ルイーダかい? ちょっと待ってて」
栞は、カイって人はここの診療所の先生かなと予想する。どんな人なんだろう? ルイーダの後ろに立ちながらそんなことを考えていた。
シャッとカーテンが開いた音がしたと思ったら、狼の獣人が出て来た。栞は、びっくりしすぎて後ろにつんのめりそうになる。
「こちらがお願いもしてないのに、ルイーダが来るなんて珍しいじゃないか。何かあったのかい?」
カイが、ルイーダにしゃべりかける。栞は、初めて見る狼の獣人に面食らっていた。かなり背が高くて、灰色の毛色だ。白衣を着てこちらを見ていた。
「ちょっと、紹介したいのがいるんだよ」
ルイーダが、栞の方を向いて言った。
「ん? 女の子? ルイーダの娘じゃないよね?」
カイが、意外そうな顔で訊ねた。
「私に娘なんているかい! ちょっと訳ありなんだ。私が一年間、預かることになったから。たまに配達とかで来させるから、覚えといとくれ」
ルイーダが、栞を自分の前に立たせてカイに紹介する。
「へー、訳あり。なるほど、なるほど。僕は、この診療所の医者でカイって言うんだ。よろしくね」
カイが、栞に向かって右手を出す。
「ルイーダさんのところでお世話になることになりました、栞です。宜しくお願いします」
栞は、出された手を握って握手をする。とても大きな手で、柔らかくてモフモフしていた。ずっと触っていたいと思うほど。
「あと、こっちは栞のおまけみたいなもんだから」
ルイーダが、空気のように扉の前に控えているユーインも紹介する。ユーインも、その場でカイに挨拶をした。
「ユーインと申します。常に栞と一緒にいますが、気になさらないで下さい」
カイは、何か思い当たることがあるのか一つ頷く。
「ああ、わかった。ユーインだね。よろしく」
挨拶を終えた四人は、ルイーダの当初の目的である薬の在庫を確認した。カイは、そろそろ連絡しようと思っていたから丁度良かったと喜んでくれる。
ルイーダは、足りない薬のメモを取ると、「じゃあまた」と言って診療所を後にした。
栞は、帰りの荷馬車の中で胸がバクバクしていた。今日一日だけで、初めて目にすることが沢山あった。
ルイーダは、事前に説明してくれることがないから全部が突然だ。心の準備をする暇がなく、新しい事を知っていくので刺激が一杯だ。
まさか、こんなにすぐに獣人と話ができると思っていなかった。カイ先生の手、めちゃくちゃモフッとしてた……。栞の心は、いつまでも興奮がおさまらなかった。
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