第12話 薬屋のお仕事見学

 次の日、栞たちが朝食を食べているところにユーインがやってきた。


「おはようございます。朝早くからすみません」


 まだ起きたばかりで、完全に油断していた栞は気まずい。王宮では、朝食を食べて身支度が整った頃にユーインがやってきていた。

 こんなに早く来ると思っていなかったので焦る。


「ユーイン、早すぎじゃない? 私、まだ着替えもしてないのに……」


 ユーインのことは、いるのが当たり前の存在になってはいたが、流石に栞だって起き抜けの格好を見られるのは恥ずかしい。


「悪い。昨日、離れていた時間が長かったから、活動記録に穴が空いたらまずいと思って」


 ユーインが、申し訳なさそうな顔をしている。

 栞から見たユーインは、とにかく真面目だ。肩書通り、聖女の行動を隅から隅まで記録しようとしている。でも、前任の聖女たちの行動記録を見る限り割と大雑把に書かれていることも多い。

 それなのに、ユーインはとても細かく丁寧に記載している。そこまでする必要ある? といつも疑問だった。


「そうそう、何か起こるなんてことないから大丈夫だよ。明日からは、朝ごはんを食べて身支度が整ったくらいに来てよ」


 栞が、ユーインにお願いする。


「わかった」


 ユーインが、すんなり了承してくれた。それから栞は、朝食を急いで食べて身支度するために部屋に戻った。

 居間に戻って来ると、すでにルイーダが朝食の片付けを終えている。片付けは手伝おうと思っていたのに……。自分の要領の悪さに落ち込む。

 住まわせて貰うことになったのだから、家のことを手伝わなくちゃと思っていた。なのに、ルイーダは何でもすぐにやってしまう。


「ルイーダさん、片付けもしないですみません」


 ルイーダは、ユーインと座ってお茶を飲んでいた。


「ああ、いいよ。まだここに来たばかりで、要領を得ないのだろう。少しずつでいいよ」


 ルイーダが、優しい言葉をかけてくれる。魔女が気難しいなんて誰が言ったのだろう……。絶対に嘘だと思う。

 栞は、ありがとうございますと言いながら頭を下げた。


「じゃあ、今日のことだが……。薬屋の仕事を一通り見てもらうよ。いきなり手伝ってくれって言っても、何もわからないだろう」


 ルイーダが、お茶を飲みながら話をする。栞は、ありがたいとばかりに大きく頷いた。昨日、魔女の手伝いをすると聞いた時は喜んだ。

 だけど、夜寝る前によく考えたら、自分なんかに手伝いができるのか不安になったのだ。だって、高校生だった栞はバイトをしていた訳でもない。

 家の手伝いだって、自分で進んでやることなんてなかった。働いた事がない自分が、ちゃんとできるのか心配になってしまったのだ。

 だから、最初は見ているだけで良いと言われて物凄くホッとした。


 栞は、ユーインに紙と羽ペンを貰う。見たことをメモしていこうと思ったが、どうやらこの世界には鉛筆のような便利なものがない。

 いちいち、羽ペンにインクをつけて記入しなくてはならないので栞には無理だと思って諦めた。

 ユーインは、一日中ずっと書いている。それを思うと、それはそれで凄いなと初めて思った。


 それからは、忙しい一日だった。薬屋は、午前10時に開店する。玄関入ったすぐ横が、店舗になっていた。扱う物が薬だから、そこまで広い空間ではない。

 小さく仕切られた棚が、壁一面に設置されていて細かい薬が種類ごとに置かれていた。液体の薬は、小さい瓶に入って並んでいる。

 お客さんがくると、外の呼び鈴が鳴って薬屋の窓口からやり取りをする形式になっていた。


 ルイーダは、開店前に薬の在庫状況を確認する。数が少なくなっているものは、補充する。在庫がないものは、暇な時間を見つけて作るのだそう。

 店舗の奥に扉があって、その中が薬をつくる場所になっていた。

 中を覗いたら、竈と大きな鍋が置いてあった。それに細いガラス瓶がいくつも置いてあって、天井からは干した植物の葉や実などが沢山ぶらさがっている。

 薬を作るところも見せて貰えるかなと、栞は期待に胸を躍らせた。


 開店時間になると、早速呼び鈴がなった。栞は、邪魔にならない隅で様子を見ていた。ユーインは、更に邪魔にならないように店舗からは出て玄関の方で待機している。

 一番最初に来たお客さんは、背の高いひょろっとしたおじいさんだ。


「おはよう、ルイーダ。いつものやつ貰えるかい?」


 おじいさんは、常連のお客さんらしく親しみこもった挨拶をしている。ルイーダも、いつもの如く対応していた。


「ああ、おはよう。ばーさんの体調はどうだい? まだ、咳が続くのかい?」


「だいぶ良くなったよ。ただ、薬を切らすとまた咳が始まるから。ルイーダの薬は、相変わらずよく効くよ」


「そうかい。あまり、続くようなら診療所に連れていくんだよ」


 ルイーダは、お金を受け取ってから薬を紙袋に入れて渡す。おじいさんが、笑顔で薬を受け取っている。すると、奥にいた栞に気が付いた。


「あれ? 今日は、可愛らしい子がいるじゃないか。弟子でもとったのかい?」


 おじいさんが、驚いたように言った。


「そんな訳ないだろ。ちょっと一年ほど親類の子を、預かることになったんだよ」


 ルイーダが、当たり障りのない返答をする。


「へー。ルイーダが、子供をねー。それは驚いた。丸くなったもんだね」


 おじいさんは、何かを思い出したのか笑っている。


「煩いよ。ばーさんが待ってんだろ、さっさと帰りな」


 ルイーダは、面白くないことを言われたらしくおじいさんを追っ払う。おじいさんは、「はいはい」と言いながら帰っていった。

 栞は、違和感を覚える。丸くなったって、昔はルイーダさんやっぱり怖かったのかな? 良い人だと思うけれど、怒らせないように気を付けようと気を引き締めた。


 開店して暫くは、お客さんが途切れることがない。それでもルイーダは、手慣れたようにどんどんお客さんを捌いていく。

 栞は、今までお店の店員をまじまじと見たことはなかった。比べようがないけれど、それでもルイーダの手際の良さはきっと凄いのだろうと感動していた。

 一時間くらい経つと、お客さんがまばらになってきた。


「じゃー、そろそろ足りない薬を作るかね」


 ルイーダはそう言うと、奥の扉に入って行く。栞は、ルイーダの後について行って声をかけた。


「ルイーダさん、私、中で見ててもいいですか?」


 ルイーダが、栞の方を振り返って答えてくれた。


「ああ、視界に入らなければいいよ。気が散るんだよ」


 薬作りの部屋はそこまで広くなく、ユーインには遠慮してもらった。ユーインも、王宮に送る報告書を書かなきゃいけないと言って、居間の方に行ってくれた。栞は、部屋に入ると扉を閉めた。


 先に入っていたルイーダは、天井からぶら下がっている葉っぱや実の種類を確かめながら適量手に取っていた。その光景を見ながら、栞はどこにいたらいいだろうかと考える。

 作業机の周辺は良くないと思い、扉の前に立つことにする。そこなら多分、視界に入りづらい。


 ルイーダは、作業机の上に材用を置くと大きな緑の葉っぱを三枚出した。机の引き出しから、ハサミと包丁を取り出して材料を細かく切っていく。

 切った材料を、種類別に葉っぱの上に置いていた。そうして細かく切った材料は、量りを使って量を調節している。

 最後に、量り終わった材料を大きな器に入れて混ぜた。ここまで、流れるように作業が進んでいる。


 栞は、きっちり計量するところはお菓子作りみたいだなと思っていた。そしたら急に、ルイーダが杖を服のポケットから出して魔法の呪文を唱えた。

 昨日聞いたのとは違う歌だった。大きな器から、ボンッと音がしたかと思うと薄い緑色の煙が上がった。

 器の中に、丸い錠剤のような薬が沢山できている。ルイーダは、それを小さな薄い包み紙に一つずつ包んでいた。


 栞は、突然の魔法にびっくりして呆然としてしまう。だけど、凄いと思う感動が後からじわじわと広がる。

 薬作りを見て感動した半面、ちょっと残念でもあった。途中まで、もしかしたら自分にもできるかも知れないと思った。でも最後に魔法を使うのを見たら、残念ながら自分には絶対に無理だった……。

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