第11話 ルイーダとの夕食

 栞は、ルイーダから部屋の使い方を教わった。トイレやお風呂の場所も教えてもらって、栞は一人部屋に残った。

 ルイーダが、少し休憩したらいいと言ってくれたので、買って来た服をクローゼットにしまいベッドに腰かけた。


 手をベッドについて天井を見ながら、夢みたいだなと思った。今日、王宮を出た時には考えられないような事が起こってしまった。

 まさか憧れの魔女と一緒に、生活できるなんて思ってもいなかった。本当は、エリントン侯爵が用意してくれた家があるはずで申し訳ないけど……。

 だけど折角だから、ルイーダと一緒に暮らしてみたかった。言葉遣いがぶっきらぼうではあるけど、実は良い人だと思う。

 魔女は、気難しいと聞いて心配していたけれど予想に反して話せる人で良かった。


 なにより早速、魔法を見てしまった。栞が、アニメでよく見る呪文とは違っていた。この世界は、歌を歌うことで魔法を繰り出している。

 多分、歌詞とリズムの違いで魔法の種類が違うのでは? と推測する。


「凄かったなー魔法。私も使えればいいのに。聖女って言っても、何もできないからな……。ルイーダさんのお手伝いって何するんだろう? 何だか楽しみ」


 栞は、部屋で独り言をつぶやく。今まで考えた事もない生活のスタートを感じてワクワクしていた。もちろん、知らない人と一緒に暮らすことに不安も当然ある。だけど、異世界に来てから初対面の人とばかり接するようになって、開き直っている自分もいた。

 こんな自分の変化にも、栞は驚いていた。


 栞は、そのままベッドに横になってしまったらしく、気づいたら寝てしまっていた。興奮の方が勝ってしまって、実は自分が疲れていたのだとあまり感じていなかった。

 栞は、今何時なんだろう? どれくらい寝ていたのだろう? と首を傾げる。とりあえず、リビングに行ってみよることにした。


 栞は、木でできた螺旋階段を下りて一階の最初に通されたリビングに向かった。中に入るといい匂いがした。リビングの奥のキッチンから漂ってきている。

 栞が、匂いにつられてキッチンに行ってみるとルイーダが鍋の中身をお玉でかき回しているところだった。


「すみません。寝てしまったみたいです。今って何時ですか?」


 栞は、時計を探しながら聞いた。キッチンにも時計がない。


「ああ、起きたかい。今は、夜の7時だよ。二時間くらい寝ていたかな。丁度、夕飯ができたから向こうに運んでくれるかい?」


ルイーダが、お玉をかきまわしていた手を止めて答えてくれた。栞は、そんなに長く寝ていなかったことがわかりホッとする。


「わかりました。凄くいい匂いですね。夕ご飯、楽しみです」


 栞は、ルイーダがお皿に盛った料理を順番にリビングに運ぶ。美味しそうな匂いを漂わせていたのは、大きな塊肉がゴロゴロ入ったビーフシチューだった。

 他にも、焼き立てなのか温かいパン。そして、温かいスープも付いている。王宮で食べていた豪華な食事も美味しかった。だけど、庶民的な料理を恋しく思っていたのでとても嬉しい。


 料理が運び終わると、二人で向き合って席に着いた。栞は、ここに来る前に馬車の中で軽食を食べたきりだったので、とてもお腹が空いていた。


「栞は、お酒はまだ飲めないのかい?」


 ルイーダが、自分のグラスにワインを注ぎながら聞いてきた。


「はい。私の世界は、お酒は二十歳からなので。私は、17歳なのでまだ駄目ですね」


 栞は、一瞬飲んでみたい気もしたが正直に話す。


「そうかい。なら仕方ないね。水でいいかい」


 ルイーダが、わざわざ聞いてくれた。


「はい。大丈夫です」


 栞は、自分の前にあったグラスにピッチャーから水を注いだ。


「じゃあ、改めてわが家へようこそ。一年間よろしく」


 ルイーダが、ワイングラスを栞に向けた。


「こちらこそ、突然来たのに受け入れて頂きありがとうございました。一年間、よろしくお願いします」


 栞が、水のグラスをルイーダのワイングラスに近づけてゆっくり合わせた。ルイーダは、笑顔でワインを一気に飲み干す。

 栞も、喉が渇いていたのかグラスの半分を飲んでしまった。


 あっ、このお水美味しいと思いながらグラスに入った水を見ていた。


「そう言えば、一緒に来た兄ちゃんが栞が寝てる間に来たよ。自分は、エリントン侯爵が用意してくれた家で寝泊まりするから、明日の朝にまた来るそうだよ」


 ルイーダは、ビーフシチューに手を伸ばしながら教えてくれた。そう言えば、ユーインのことすっかり忘れていた。この三週間、ずっと観察されていたから解放感があったのかもしれない。


「ユーインの事、すっかり忘れてました。ありがとうございます。この世界に来てから、ずっと観察されていたのでちょっと疲れてたんでしょうね。何だか、今は凄く楽です」


 栞が、今の心境を零す。


「聖女の記録係だっけ? 記録として残さないといけないのは分かるが、観察されている方はたまったもんじゃないか……」


 ルイーダは、スプーンを右手に持ちながら気の毒そうな顔をする。


「でも、ここに住まわせて頂けることになって本当に良かったです」


 栞が、満面の笑みを浮かべる。


「そうかい。栞も、温かいうちに食べな」


 ルイーダが、ビーフシチューの続きを食べながら言ってくれた。栞も、スプーンを手に取ってビーフシチューを一口食べる。とても美味しい。自然と顔に笑顔が浮かぶ。


「凄く、美味しいです」


「なら、良かったよ」


 ルイーダが、嬉しそうな顔をした。栞は、出された料理を食べながらどれも美味しいなとどんどん食べ進めた。

 途中ルイーダが席を立って、フルーツを切ってきてくれた。フルーツは、見た事がない果実で口に入れると甘くてみずみずしくて癖になる味だった。

 食べることに夢中になっていた栞だったが、そうだと思い出す。


「ルイーダさん、洋服のお金はどうすればいいですか?」


 ルイーダが、栞の顔を見る。


「あー、そう言えば店だったから説明しなかったんだが……」


 ルイーダが教えてくれた。どうやら、聖女に関わる者には国から支援金なるものが出るらしい。だから、栞に係る費用は気にしなくていいと言われる。

 この支援金のことは、この国の者なら大抵知っているのだそう。聖女の大切さを知っているから、危害を加える者はいない。だけど、支援金目当てに、聖女に近づいてくる者がいないとは限らないから、公共の場で自分が聖女だとは言わない方がいいと助言をくれた。


「そうなんですね……。何となく、聖女だとは言わない方がいいだろうとは思ってましたけど……。思っていたよりもずっと、聖女ってこの国に根付いてるんですね」


 栞は、意外だったと口にする。


「子供たちは、まず親から聖女の神話を聞く。この世界にとって、なくてはならない存在だと教えるんだよ」


 ルイーダが、食後のお茶を飲みながら答えてくれた。栞は、そんなに高尚な存在が自分だなんて申し訳なくなってくる。何も特質したものがないのに……。

 栞は、だんだん心配になってくる。果たして、これからの一年間を充実したものにできるのだろうか……。

 ユーインの目がなくなっていたから気を抜いていたけれど……。聖女ってやっぱり責任重大だと改めて感じる。

 魔法を見て興奮していた気持ちが、どこかにいってしまうほど考えこんでしまった。

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