第10話 空飛ぶ荷馬車
栞は、荷馬車で空を飛んでいる間中感動していた。異世界になんて来たくなかったとずっと思っていたけど、初めて来て良かったと思った瞬間だった。
ルイーダは、手綱を持ってはいたが特に操ることもなく馬が勝手に目的地まで飛んでいた。そして、目的地に到着するとゆっくりと下降する。
エリーおばあさんの家の前に降り立った。ルイーダの家から、本当にあっという間の出来事だった。
エリーおばあさんの家は、王都の石造りの家とは違って木造の家だった。暖炉があるのか、煙突があって可愛らしい家だ。
庭には、沢山の花が植えられていて綺麗に手入れされている。カントリー調って言うのかな? こういう雰囲気の家って憧れる。
栞が、家を見ているうちにエリーおばあさんが荷馬車から降りていた。
「ルイーダ、わざわざ送ってもらって悪かったね。今度は、ちゃんと朝か夕方行くよ」
エリーおばあさんが、ルイーダにお礼を言った。
「そうしとくれ。じゃー、私らは行くよ」
ルイーダが、手綱を振った。
「行先は、洋服店。さあ行け」
さっきと同じように、馬に声を飛ばす。エリーおばさんが、栞に声を掛ける。
「栞ちゃん、助けてくれてありがとうね。落ち着いたら、家に遊びにおいでー。美味しい物作って待ってるよー」
せっかちなルイーダのお陰で、既に荷馬車は空の上。栞は、大声で叫ぶ。
「エリーおばあちゃーん。楽しみにしとくねー」
栞は、エリーおばあさんに手を振った。エリーおばあさんも、笑顔で手を振り返してくれる。エリントン侯爵領に来て良かったと、この時に心から思った。
空を飛ぶ荷馬車に乗って風を感じながら、めちゃくちゃ気持ちいーと心の中で叫んでいた。
すると今度は、建物が沢山並ぶ地域に到着する。その中の一つの建物の前に荷馬車が降りた。
「邪魔になるから長い時間停められないよ。さっさと買って、とっとと帰るよ」
ルイーダが、御者台から降りて栞に声を掛ける。
「はいっ」
栞は、焦ったように返事をする。空を飛ぶのが楽し過ぎて油断していた。自分の服を、買いに来たと思わなかったのだ。
急いで、荷馬車から降りてルイーダの後に続く。店の中に入ったルイーダは、すぐに店員に声をかけた。
「すまないけど、特急でこの子に3日分の服を見繕ってくれないかい? 下着も含めて。店の前に、荷馬車を置いちまったから長居できないんだよ」
店員は、ルイーダの言葉を聞いてテキパキと動き出す。
「かしこまりましたルイーダ様。お嬢様、どのような服がよろしいですか?」
栞は、突然聞かれて困る。私、お金持ってないのに……。
「ルイーダさん、私お金持ってないよ?」
栞が、ルイーダに近づいて小さな声で訴える。
「そんなこと気にしてんのかい? 私が払うに決まってるだろ? 今は、気にしなくていいから早く選びな」
ルイーダが、腕組みしながら栞に言った。栞は、今は時間がないからとにかく選ばせてもらった方がいいと判断する。
「えっと、動きやすい服装がいいです」
「では、こちらにどうぞ」
店員が案内してくれたので、栞は大人しく後について行く。栞が日本でいつも着ているような服が、沢山ハンガーにかかって陳列されていた。
ブラウスやカーディガンやカットソー。スカートにワンピースにズボンもある。優柔不断な栞には、とてもじゃないけど決められない。
「すみません。スカートとワンピースとズボンのコーディネートで選んで貰ってもいいですか?」
栞は、店員に丸投げする。店員は、少し驚いたような顔をしたけれどすぐに動いてくれた。流石、プロなだけあってすぐに選んでくれる。
栞はざっと見て、嫌だなと思ったものはなかったので即決する。あとは、下着類が置いてあるところに移動して同じ様に選んで貰った。
選び終えて、お会計をする為にレジに移動する。ルイーダが、入口から移動してレジの所で待っていてくれた。
「思ったより早かったね」
店員が、服を袋に詰めながら金額を確認している。ルイーダが、お金を払ってお会計を済ませてくれた。
「ありがとうございました」
栞は、ルイーダに頭を下げる。ルイーダが、栞の頭を雑に撫でた。
「ちゃんとお礼が言える子は、好きだよ」
ルイーダが、初めて笑顔を栞に向けてくれた。栞は、当たり前の事を言っただけなのに何だか照れ臭い。
赤くなって照れた顔を誤魔化す為に、撫でられてボサボサになった髪を手で直した。
買い物が終わって店の外に出ると、ルイーダの荷馬車が商店街を行き交う人々の注目の的になっていた。
この領地の人も、ルイーダの荷馬車は珍しかったらしい。ルイーダが、御者台に乗ったので栞もさっきと同じように荷馬車に乗る。
「行先は、我が家。さあ、行け」
ルイーダが、出発する時の掛け声を上げた。馬が、上空を見て一駆けするとふわりと浮かぶ。道を歩いていた人たちは、足を止めてその光景を見ていた。
荷馬車は、あっという間に上空に上りルイーダの家に向かって走って行く。栞は、何回体験しても感動に包まれていた。
ルイーダの家に着くと栞は、買って貰った服を手に持って荷馬車から降りた。ルイーダを見ていると、また何か呪文を唱えている。さっきとは違うリズムだ。
手綱を引いていた馬は、ルイーダの家の木のてっぺんに消えて行く。荷馬車も、家の裏手に自分で戻って行った。
その光景を見ていると、荷馬車に意思があるみたいだ。栞は、魔法って凄いといちいち感動していた。
「さあ、だいぶ良い時間になっちまったね。部屋の説明をしたら夕飯を作るよ」
ルイーダが、玄関を開けて家の中に入って行く。栞も後に続いた。ルイーダは、さっきとは違って玄関を入ったすぐ横にある螺旋階段を上る。
木でできた螺旋階段は、秘密基地のようで栞はワクワクしていた。急な角度の螺旋階段を、手すりに捕まりながら登って行く。
ルイーダは、慣れているからかどんどん先に行ってしまう。結構な高さまで来ると、二階と思われるところで階段から廊下に出た。
上を見ると階段はまだ続いていた。まだ上があるんだと思いながら、栞はルイーダの背中を追いかけた。
「ここが、栞の部屋だよ」
部屋の扉を開けて、栞を先に通してくれた。栞は、促されるまま部屋の中に入る。ベッドと物書き机が置かれたシンプルな部屋だった。
大きな窓があったので、栞は窓の方に近づいて外を見る。
「うわあー。街が見渡せるんですね」
ルイーダの家がある場所は、街よりも高い所にあるらしく窓の外にはのどかなエリントン侯爵領の街が広がっていた。
「ああ、窓から見えるのは領民たちの家が立ち並ぶ方角だから、ごみごみしてなくていいだろう? さっき行った商店街は、違う方角なんだよ」
確かに、ポツポツとエリーおばさんの屋敷と同じ規模の家が立ち並んでいる。栞がテレビで見た事があるような、西洋の田舎のような風景だった。
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