第9話 ルイーダの魔法

 栞は、ルイーダの方を見て気まずそうな顔をする。人様の家に来て、じろじろと色々見すぎだったかもしれないと反省した。


「すみません。初めて見るものばかりで感動してしまって」


 ルイーダは、運んできたお盆を大きなテーブルに置いた。そして、みんなに座るように促す。


「そんなに珍しいものは、ないと思うけどね?」


 ルイーダが、不思議そうにして自分の部屋をぐるりと見回している。それを横目に栞たちは、椅子に座らせてもらった。


 皆が椅子に座ったので、ルイーダはお茶を配る。その後、、空いていた椅子に座った。

 栞は、家に上がらせて貰ってからというものずっと緊張していた。まさか、いきなり魔女の家に来ると思っていなかったから。

 栞は、自分の事を何処まで話すべきか考えあぐねていた。自分は聖女で、魔法を使うところが見たくて、この領地に来ましたと今言うべきなのか? あるいは、今日のところは何も言わずに帰るべきか……。

 判断が付かなくて挙動不審になっている。横に座るユーインを見ると、いつものように落ち着き払っていた。


「申し訳ありません。色々と事情がありまして……」


 ユーインが、エリーおばあさんの方を気にしている。その仕草を見たルイーダが、何かを察した。


「何だい? エリーばあさんがいたらまずいのかい?」


 ルイーダが、不審な者を見る目つきに変わる。


「そう言う訳ではないです。ユーイン、今ここに来ちゃったのもきっと何かの縁だと思う。ちゃんと言った方がいいよ」


 栞は、複雑に物事を考える事ができない。ルイーダに怪しい者だと思われるぐらいなら、今正直に言ってしまった方が楽だと思った。

 ユーインは、何か言いたそうな表情だったが諦めたようだった。


「できれば、ここで聞いた事は内密にしてもらいたいのですが……」


 ユーインが、エリーおばあさんの顔を見て言う。


「はい。わかりました。他言は致しません」


 エリーおばあさんが、姿勢を正して座り直しはっきりと言い切った。ユーインは、一つ頷くと栞についての説明を始めた。

 今年が、聖女召喚の年だということは知っていますか? と二人に聞くところから。


 二人は、もちろん聖女召喚の事は知っていた。この世界で、それを知らない人なんているのかい? と逆に言われてしまう。

 栞は、改めてこの世界では本当に当たり前の出来事なのだと思った。そして、ユーインは説明を続ける。

 実は、その聖女が栞なのだと。二人は、とても驚いた顔をした。


「えっ? 普通の女の子じゃないかい?」


 ルイーダが、ぽろっと本音を零した。栞は、物凄く気まずかった。すみません、普通の子で……。言葉には出さなかったが、心の中で泣きそうになっていた。


「残念ながら、本当です」


 ユーインが、追い打ちをかける。酷いっと思った栞は、ユーインの顔を睨んだ。心の中では、もっと言い方あるよね? とイライラしていた。


「二人とも、聖女様に失礼ですよ!」


 エリーおばあさんが、ルイーダとユーインの二人に向かって叱責する。


「ありがとう、エリーおばあちゃん」


 栞は、エリーおばあさんの優しさが嬉しかった。怒られた二人は、言い過ぎたと反省したのか苦笑いを浮かべる。

 ユーインは、話を逸らす為かさらに説明を続けた。今度は、栞がこの領地にやってきた理由を話す。


 栞は、ずっと王宮で何をしたらいいか迷っていた。だけど、栞の世界にはない魔法があることを知って興味を持った。是非、魔法を見て見たいと。

 だから、エリントン侯爵の紹介でルイーダに会う為にやってきたのだと一気に話した。


 思い当たることがあったのか、ルイーダが納得している。


「ああ、そう言えば侯爵から手紙が来てた。面倒臭いことだろうと思ったから、断るつもりだったんだ」


 それを聞いて栞は、びっくりする。えっ? ってことは、やっぱり駄目ってこと? 魔法見て見たかったな……。栞は、しょんぼりと肩を落とす。そんな栞を、ルイーダが見やる。


「何だい。私だって、そこまで鬼じゃないよ。家に招き入れちまったんだ、しょうがないから面倒見てやるよ」


 栞は、ぱぁっと顔が明るくなった。


「本当ですか? 魔法見せていただけるんですか?」


 栞は、興奮して立ち上がって目を輝かせた。


「まあ、聖女なら仕方ないだろ。私をご指名してくれたんだ。長くても一年だろ? 面倒臭いから、ここに住んじまいな。やることないなら、うちの手伝いでもすればいいさ」


 ルイーダが、自分のお茶を飲みながら言ってくれた。栞は、感動する。何だ、魔女って気難しいって言っていたけど思っていたより良い人じゃん。

 魔女の手伝いって、アニメの世界過ぎてワクワクが止まらない。


「あの、私、栞・吉住と申します。宜しくお願いします」


 栞が、頭を下げて挨拶をした。


 それからは、物事がトントン拍子に運んでしまう。ルイーダからは、今日からここに住めばいいと言われる。部屋も日用品も、後で何とかするから大丈夫だと言い切られる。

 ユーインは、一度エリントン侯爵に会って事情を説明してくると言って、馬車に乗って行ってしまった。

 話合いが終わると、エリーおばあさんもそろそろ家に戻ると言い、ルイーダから薬を買っていた。


 栞は、その様子をずっと見ていた。黄色い瓶の中に、錠剤のようなものが沢山入っている。エリーおばあさんは、何枚かのコインをルイーダに渡して薬を受け取っていた。

 栞は、この世界にもお金があるんだと感心していた。そしてふと思いつく。私って何か買いたい時は、どうすればいいんだろう? 今まで、ずっとユーインがいたから何も考えていなかった。

 これからは、ユーインがいない場面も出てくるから、そういう事も確認しとかなくちゃ。


 薬の購入が終わったエリーおばあさんは、ルイーダの家から出る。栞も後に続いた。色々なことを話し込んでしまったので、かなり時間が経っていた。

 二人の後から、とんがり帽子を被ったルイーダが出てくる。帽子を被ると、一気に魔女っぽさがます。栞は、感激していた。


 ルイーダが、着ていた服のポケットから杖を取り出して何かを唱えている。唱えていると言うよりも、歌を歌っているみたいだった。

 すると、ルイーダの家の裏から荷馬車が勝手に動いて出て来た。出て来た荷馬車は、エリーおばさんの前で停まった。


 栞は、え? 嘘? 本当に? と心の中で叫んでいた。魔法をこの目で見てしまった。凄すぎる! 


「さっ、二人とも荷馬車に乗って」


 ルイーダが、二人に声を掛けた。そして、自分も荷馬車の操縦席に座った。栞は、興奮に目を輝かせる。

 エリーおばあさんが荷馬車に乗っているのを見て、自分も乗らなければとフラフラと後に続く。栞は、ずっとルイーダを尊敬の眼差しで見ていた。


「よし、ちゃんと乗ったね。怖かったらどっかに掴まっとくれ」


 栞は、よくわからなかったけどとりあえず荷馬車の縁に掴まった。怖いって何でだろう? って言うか、馬がいないよね? 栞が、不思議そうに首を傾げているとルイーダがまた歌い出した。

 さっきとはまた違う歌だった。


 すると、ルイーダの家の大きな木のてっぺんから、馬の形をした白い靄が荷馬車に向かってかけてくる。馬には羽が生えていて、荷馬車の先頭に降りたった。ルイーダが、たづなを持って振り上げると荷馬車がガタンと動き出す。


「行先は、エリーばあさんの家。さあ、行け」


 ルイーダが、馬に向かって言葉を飛ばす。馬が、空を見上げて地面を蹴るとフワッと荷馬車ごと宙に浮いた。

 栞が、目を剥いて驚いた時にはもう荷馬車は空の上だった。


「すごーい。私、飛んでるんだけどー」


 栞は、大きな声が勝手に出ていた。それを横で聞いていたエリーおばあさんは、嬉しそうにはしゃぐ栞を、優しい瞳で微笑ましそうに見ていた。

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