第8話 魔女の家

休憩が終わって更に馬車を走らせる。ユーインから、そろそろ着くはずだと言われ着いた後のことを説明された。

 まず初めに、エリントン侯爵家の屋敷に行って挨拶と魔女についての話をするらしい。一通りユーインの説明が終わると、栞は手持無沙汰になった。

 仕方なく聖女の書を出して続きを読むことにした。第三章1000年に一度の役目のページを開く。

 どうやら1000年に一度だけ、聖女がやらなくてはいけない事があるらしい。一番最初の聖女と、1000年後の聖女の二人が今まで行ったことがあると記されている。


 えっ? ただいるだけで良いって言っていたのに……。この前、王が最後に1000年に一度の聖女だって言っていたよね? これってもしかして、私もやるって事? 確か神様も当たり年とか言っていたしこれのこと? 栞は、読み進めながら段々と嫌な予感がしてきた。

 ユーインに聞いた方が早いと悟り、目の前にいるユーインに聞いた。


「ねえ、ユーイン。私、今やっと1000年に一度の役目って項目を読んでいるんだけど……。これ、もしかして私もやるの?」


 ユーインが渋い顔をしている。


「まだ、全部読んでなかったのか……。普通、気になってさっさと読まないか?」


「だって、聖女の書って字がぎっしりで読んでいると疲れるんだもん……。で、どうなの? この役目って大変なの?」


 栞は、まだ読んでなかったことを指摘されて気まずさを漂わせながら聞き返した。


「そうだよ。栞は、1000年に一度の聖女なんだよ。だから余計に期待されている部分があるんだよ。栞の場合、これ以上プレッシャーになること言ったら潰れると思ったから、聞かれるまで黙ってた」


 ユーインが、やっと聞いてきたと胸を撫でおろしている。栞は、その話を聞いて一気にテンションが下がる。やっと異世界に飛ばされたことを受け入れたばかりなのに、自分が特別な聖女だと知って顔が青くなる。


「どうしよう……。私には、荷が重すぎるんだけど……」


 そう栞が泣き言を口にした瞬間だった、馬車が突然停まった。着いたのかな? と栞は窓の外を見た。

 窓の外には、領民の家がポツポツと見えたが領主の屋敷らしきものは見当たらない。


「どうした?」


 ユーインが、御者席に向かって声を掛けた。


「あと少しで着くんですが、道で具合の悪そうな人が休憩しているんです……。どういたしましょう?」


 御者が、困ったようにユーインに訪ねる。


「えっ? 行く方向が同じかもしれないし、どうしたのか聞いてみよう」


 栞は、咄嗟に返答する。今日は天気も良いし、熱中症で具合が悪くなったのかも。栞は、ついつい日本にいた時と同じ感覚で考えてしまう。

 この世界に熱中症なんて概念があるのか分からない癖に……。

 御者が馬車から降りて、道端で休憩しているおばあさんに声を掛けに行った。栞は、馬車の中から状況を見守っていた。

 暫くすると、御者が馬車に戻って来てドアを開けた。


「どうしたんだって?」


 ユーインが御者に聞く。


「どうやら、この先にある魔女の家に薬を買いに行く途中で、具合が悪くなってしまったようです」


 御者が、おばあさんから聞いてきた内容を教えてくれた。ユーインが考え込んでいる。


「私達は馬車なんだし、送ってあげたらいいじゃない?」


 栞が、ユーインに提案する。車と同じ感覚でいる栞は、少しくらい寄り道しても大丈夫だろうと考えていた。本当に熱中症かも知れないし……。


「でもな……。気になった領民を、いちいち助けていたらキリがないぞ」


 ユーインが渋る。


「だって熱中症かも知れないし。ここ木陰もないから良くないよ。とにかく馬車に乗って貰って、ささっと行ってささっと戻れば大丈夫だよ」


 栞は、おばあさんの方を見ながら心配そうに反論する。


「熱中症って……。わかったよ。悪いけど、馬車に連れて来て貰えるか?」


 ユーインは、複雑そうな表情を浮かべる。でも栞のいう事を聞いて、御者に指示を出してくれた。そしてユーインは、栞が座っていた席の隣に移動する。


「ばあさんには、あっちに座って貰うから」


 移動しながらユーインが呟く。栞もわかったと頷き、ユーインが座りやすいように席を詰めて座り直した。

 御者が、おばあさんを介助しながら馬車に連れて来た。栞たちが座っている向かいに座ってもらう。


「申し訳ありません。私なんかが、貴族様の厄介になるなんて……」


 おばあさんが、恐縮しきっている。栞がおばあさんを見ると、顔色が真っ青でとても体調が悪そうに見えた。

 とりあえず水分補給と思って、自分の手荷物から水筒を取り出して水をおばあさんに差し出す。


「おばあさん、お水です飲んで下さい。こう言う暑い日は、水分補給が大切なんですよ」


 おばあさんは、驚きながらも栞が差し出したお水を受け取り飲み干した。


「ありがとうございます。少し楽になった気がします」


 そう言って、栞にニコリと笑顔を向けた。


 ユーインが、出発するように御者に指示を出す。すると、ゆっくりと馬車が動き出した。栞は、おばあさんを見ていた。元は茶色の髪だったのだろうが、今は色がとれて白に近い。

 前髪ごと上げて後ろで一つに結びお団子にしている。首にはハンカチーフを結んで、小さな花柄で水色のワンピースを着ていた。

 体形はふくよかで、とても可愛らしいおばあさんだった。


 馬車の中は、会話もなく無言のままガタゴトと走り続ける。栞は、窓の外に視線を移動した。

 段々と木々が多くなり森の中に入っていく。さっきユーインと話していたことを思い出す。そう言えば、魔女は森に住んでいるって言っていた。

 どんな所に住んでいるのだろうか? 突然のトラブルから栞の中から、さっきの聖女の役目の話がすっかり飛んでしまっていた。

 ユーインの心配をよそに、栞はワクワクしていた。


 馬車が、ガタンと音を立てて停止した。窓の外を覗き込む、馬車の目の前に一際大きな木があった。その木と同化するように、家が一軒建っていた。

 玄関の横に大きな窓があり、外側に向かって開く開き戸になっている。左右の窓が全開に開いていた。どうやら、そこから薬のやり取りをしているみたいだ。


 ユーインが、馬車の扉を開けて外に出る。栞は、おばあさんに声を掛けて介抱しながら一緒に降りた。


「本当にありがとう。助かりました」


 おばあさんが、ユーインと栞に向かって深々と頭を下げた。


「いえ、丁度通りかかったから良かったです。これからは、午後の一番暑い時間帯は避けた方がいいですよ」


 栞が、おばあさんに向かってアドバイスを送る。おばあさんは、笑顔で頷いていた。すると、魔女の家の扉が開いて大人の女性が外に出て来た。


「なんだい? 馬車で乗り付けるなんて、今日はそんな客予定にないよ?」


 魔女らしき女性が、腕を組んで栞たちを見ていた。


「突然すいません。おばあさんを送って来ただけなんです」


 栞は、咄嗟にいい訳をする。初対面で怒らせたら大変! 何だか機嫌が悪そうだけどどうしよう……。


「そうですよ。ルイーダ。具合が悪くなっていた私を見つけて、馬車で送ってくれたんですよ」


 おばあさんが、にこにこしながら魔女に向かって言葉を発した。ルイーダと呼ばれた魔女が、おばあさんを見た。


「エリーばあさんじゃないかい? だから私は来るなら、朝方か夕方にしろって言ってたじゃないかい!」


 ルイーダが、おばあさんを叱り飛ばす。


「はいはい。わかってます。わかってます。今日は、ちょっと忙しくて時間が取れなかったんだよ」


 おばあさんが、やれやれといった様子だ。栞とユーインは、二人のやり取りに面食らってしまう。二人が驚いて直立していると、ルイーダが声を発した。


「ったく、仕方ないね。エリーばあさんは、中で休憩していきな。後で送っていってやるから。そこの二人もぼさっとしてないで、中に入って」


 ルイーダは、玄関の扉を開け放して中に入ってしまう。栞とユーインは、お互い顔を見合わせてどうしようと目が言っていた。


「大丈夫ですよ。折角ですから、お邪魔していきましょう」


 おばあさんが、栞とユーインに声を掛けて玄関の中に入って行った。ユーインが、御者に待っていて貰うように伝えている。それから、栞とユーインは魔女の家の玄関を恐る恐るくぐった。


 中に入って見ると、木の中にいるみたいだった。大きな木を、くり抜いて作ったような家だ。あちらこちらに小さな可愛い花が、花瓶に生けられている。

 それに、グリーンが天井から吊るされたりして、家の中が小さな森みたいだった。廊下を通って奥に進むと、突然開けた空間に出る。

 壁には、棚が作り付けられていた。色んな色の瓶が並んでいる棚の壁。天井まで埋め尽くされた本の棚の壁。中央には丸くて大きなテーブルが置かれていた。

 天井を見ると、黄色くて大きな花が吊るされている。よく見ると、その花は光を発していて電気の変わりをしていた。


 栞は、心の中で大興奮していた。こんなの本当に、小説とかアニメとかの世界だ。そんな気持ちが表情に出ていた。


「そんなに興奮するような家かい? やけに目を輝かせているね」


 ルイーダが、笑いながらお盆に人数分のお茶を持って部屋の奥から歩いてきた。

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