第6話 受け入れ領地の決定
ユーインが、王と面会をして数日が経った。栞は、いつでも王宮から出て行く準備はできている。もともと自分の物は何もない。召喚された時に、着ていた制服くらいだ。
住む家も、必要品も現地に揃えてくれると言っていた。だから、持って行く物といってもここで使い始めた文房具や下着や洋服の数着だった。
今は、この世界で作られた服を貰って着ている。最初は、一人では着るのが難しいドレスを渡された。だけど、栞には馴染のないものだったので、動きやすいワンピースにしてもらったのだ。
荷物の整理をしながら思ったのは、せめてスマホくらい持って召喚されたかったということ。召喚された時は、残念ながら鞄の中に入れていた。
電波がないから役に立たなかっただろうけど、写真は撮れたと思う。何より、いつも気が付けば触っていたスマホがないと落ち着かない。
スマホがない生活なんて小学生ぶり。ただでさえ何もやる事がないのに、スマホも無くて一日がとても長く感じている。
今日も、やることがないので仕方なく聖女の活動記録を読んでいた。そこに席を外していたユーインが戻って来る。
「住吉、遂に受け入れてくれそうな魔女が見つかった。いつ頃、王宮を出られる?」
ユーインが、嬉しそうに栞に報告してきた。
「私は、いつでもいいよ。今からでも全然構わないし。むしろ、私と言うよりユーインの都合じゃないの?」
栞は、読んでいた本を閉じて座っていたソファーに置いた。
「いや、僕もいつでも出られる準備はしていたから大丈夫。流石に今からは、無理だと思うから明日にするよ」
そう言ってユーインは、紙に何かを書き留めると部屋の隅に控えていたメイに渡した。メイは、ユーインから何かを頼まれて部屋を出て行く。そして、ユーインが栞に向き直った。
「受け入れてくれる、領地の説明をするよ」
ユーインが、栞に説明を始めた。今回受け入れてくれる事になった領地は、エリントン侯爵家の領地だと言う。
あの王太子の婚約者である侯爵令嬢の領地だ。この前のお茶会が、栞にとって良いものではなかったという報告が各所に伝えられていた。
もちろんグロリアーナ侯爵令嬢の父親である、エリントン侯爵の耳にも入っている。この世界にとって聖女は、とても敬われる存在だ。
そんな聖女様に、娘が失礼な事をして申し訳ないと言っているらしい。そのことがあって今回は、お茶会のことを挽回させて欲しいとエリントン侯爵が名乗り出てくれた。
「私、別にグロリアーナ侯爵令嬢のこと悪く思ってないんだけど。王太子は失礼だったと思うけど……」
栞が、不服そうにユーインを見る。
「それはわかっているよ。でも、王太子のフォローをするのも王太子妃の役目だから。それができなかったのは、婚約者として未熟だったってこと。他にもいくつかの領地から手が上がったらしいけど、陛下の判断でエリントン侯爵家に決まったんだよ。僕も、エリントン侯爵家の領地は良いと思う」
栞は、考える。エリントン侯爵家の領地か……。できれば、何も知らない人が良かった。領地でお世話になるのだから、挨拶には行かないといけない。
栞にとって、お茶会はもう忘れてしまいたい出来事。それなのにまた、お茶会のことを持ち出されて何か言われるのは嫌だった。
でもお世話になる方だし、これ以上の我儘は良くないと諦める。
「エリントン侯爵家の領地って、どんな所なの? 魔女も許可してくれたって事?」
栞が、ユーインに訊ねる。
「貴族にも色々だから……。聖女を、利用してやろうって考えの奴も少なからずいるんだよ。エリントン侯爵は、誠実で国の為に尽くしている人格者だからその点は安心だ。それに領地の立地もいいんだよ。王都からそれ程ほど遠くないし」
ユーインが、自分のメガネに手をかけて誇らしそうな顔をする。あっ、久しぶりに見たユーインのドヤ顔。
栞は、ユーインの説明を聞いて感心した。グロリアーナ侯爵令嬢も、もしかしたらもう少し話せる子なのかも知れない。
ゴージャスな見た目から、苦手だと思い込んでしまったのかも……。今度会ったら、もう少し話せるといいな。
「で、魔女の方はどうなの?」
栞は、さっきユーインが答えてくれなかったことをもう一度聞く。
「魔女は……。会ってみないとわからないそうだ」
ユーインが、さっきとは一転視線を泳がせて気まずそうに言った。
「えっ? それが一番大切なところじゃないの?」
栞が、驚いてびっくりした声を出した。
「そうなんだが……。魔女ばっかりは、会って気に入られるしかないんだよ。比較的、エリントン侯爵領の魔女は話が分かる方だと聞いている」
ユーインが言い切る。栞は、何だか雲行きが怪しくなってきたなと心配になる。気に入られるしかないって……それって行き当たりばったりじゃないか。
「それって、大丈夫なの?」
栞が、心配そうに呟く。
「多分、大丈夫だ。それにエリントン侯爵領に行くだけでも楽しいと思うぞ。他に何かやりたいことが見つかるかも知れないし。一般市民として暮らすにも住みやすい所だしな。領民に優しい領地で有名だから」
ユーインが、また自信満々に答える。そっか、住みやすい領地ならいいかと栞も納得する。もし魔女に気に入られなくても、一度でも会えればいいか。
あとは、静かに領民として普通に一年暮らせれば充分かも知れない。うん、それで行こうと栞は心の中で決める。
それから栞は、戻って来たメイにお茶を淹れてもらって一息ついた。エリントン侯爵領は、馬車で三時間ほど行った所にあるのだそう。どんなところなのだろう? と想像する。魔女ってどこに住んでいるのだろう? 色々考え出すと不安もあるがちょっとずつ楽しさも沸いてくる。
ソファーでゆっくりしていると、部屋の扉を叩く音がする。メイが、栞の変わりにドアを開けると面識のない男性だった。
メイが、伝言を聞いてドアを閉める。
「栞様、陛下が本日の夕食は一緒にということです」
メイが、栞の方を向いて伝えてくれた。
「え? 王様と一緒に? 何でだろう? 私、別に一緒に食べなくていいんだけど……」
栞が、戸惑いながら言葉を口にする。できれば遠慮したい。王様と夕食なんて絶対に食べた気がしない。
「聖女様が旅立つから、話すことがあるんだろう」
ユーインが、メイの変わりに答えてくれた。そう言われたら、話を聞かない訳にいかない。栞を受け入れてくれる領地を、探してくれたのは王様なのだし……。
「わかった」
栞は仕方なく、了承の返事をするしかなかった。
栞は、いつも着ているワンピースからシンプルなドレスに着替えた。王の待つ食堂へと向かう。
王宮の廊下を歩きながら、緊張がドンドン増していく。何を話されるのだろうか……。最初に会った時の、威圧感を思い出してドンドン足が重くなる。
「では、こちらになります。栞様、行ってらっしゃいませ」
メイが、食堂の扉を開けて栞を促す。栞は、思い切って中に入って行った。食堂は、思いの外広く縦に長いテーブルの端に王が座って待っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
栞は、膝を折って挨拶をした。
「大丈夫だ。こっちに来て、座ってくれ」
王が、自分の斜め前の席を勧めた。栞は、言われた通りの場所に座る。この前よりも、王との距離が近すぎて緊張から嫌な汗が流れる。
王が、栞が席に付くと。料理を運んでくるように、そばに居た男性に支持を出した。すぐに温かな料理が運ばれて来て、栞の目の前は豪華な料理で一杯になった。
「では、いただこう。マナーは、気にしなくていい」
王が、食事を促した。
「いただきます」
栞は、挨拶をして恐る恐るフォークを持って食べ始める。気にしなくて良いと言われても、できるだけ綺麗に食べなければと思ってしまう。
暫く無言で食べ進めていたが、王が食べていた手を止めてゆっくりと喋りだした。
「栞よ。先日は、バカ息子が失礼な事を言って申し訳なかった」
突然、王に謝られて栞は面食らう。
「とんでもないです。私の方こそ、何も知らなくて申し訳なかったです」
栞は、持っていたフォークをテーブルに置いて手を振りながら答えた。
「あいつは、ずっと聖女との迷信を気にしていて、グロリアーナの事をいつか自分が裏切るんじゃないかとずっと恐れていたんだ。だからそうでは無かったことが嬉しくて、あのようなことを言ってしまった」
王が、申し訳なさそうに栞に説明してくれた。この前会った時よりも、近寄りがたさが薄れていた。
「そうなんですね。理由がわかれば、私はもう特に何も思いません。気になさらないで下さい。もう会うこともないと思いますし」
栞は、思ったことをそのまま伝えた。
「ありがとう。エリントン侯爵領は、とても良い所だ。きっと気に入ると思う。どうか楽しんで来て欲しい。住む所は、領民が暮らすような家だが、家事を引き受けてくれる者が居るから安心して欲しい」
王が、栞に真摯に語りかける。最初は怖そうな人だと思っていたが、こうやって話すと普通の大人の人に思えた。
「はい。楽しく暮らせればいいなと思っています。色々、手配していただきありがとうございました」
栞は、笑顔で返答する。その後も、何事もなく王と会話をしながら食事をした。最後に気になる事を言われたが、分からなかったので流してしまう。
「今回は、1000年に一度の聖女なので大変かも知れない。どうか、何事もなく役目を終える事を祈っている」
王は、最後にそれだけ言うと先に食堂から去っていった。栞は、聖女の書の第3章にそれらしきことが書いてあったことを思い出す。まだそこまで読んでいないからわからない。
やっぱり全部読まなきゃ駄目かと、あの文字がぎっしり詰まった聖女の書を思い出して溜息が零れそうになる。早く読まないとな……。
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