第5話 栞の決断

 グロリアーナ侯爵令嬢とのお茶会が終わった後の栞は、ずっと考えていた。王宮にこのままいて、果たして自分が充実した生活が送れるだろうかと……。

 100年前の聖女の行動記録は、全て読んだ。本を読むのは好きではないが、聖女たちがどんなことをしていたのか気になったから。

 前任の聖女は、王宮で一年間暮らしていた。最高級のドレスに身を包んで、毎日あっちこっちのお茶会や夜会に出席して楽しんでいた。付き合いの合った人は、王族を始めとした高位貴族とばかりだった。

 彼女は、ファッションや美容に興味があったようで、日本の知識を生かして流行を生み出していた。最終的に、この国で新しい文化を普及させて一年間の滞在を終えた。

 それなりに、世界全体にもまずまずの良い影響を促してこの世界を去って行った。この国に残っている、彼女の聖女としての評価は人々から喜ばれるものだったようだ。


 それを読んだ栞は、同じようなことは自分にはできないと思った。この前のお茶会で、高位貴族たちの中に自分が上手く馴染めるなんて全く想像が付かない。

 綺麗なドレスや宝石や、自慢したくなる婚約者。体に染みついている、淑女としての所作。興味が無いとは言わないが、自分に適していないと思った。


 だから栞は、ユーインに他の聖女の話を聞いた。

 王宮以外で一年間を暮らした聖女はいなかったのかと。すると、意外にも王宮で暮らした聖女の方が少ないという事実を教えてくれた。

 聖女として傅かれるのではなく、一般市民として街で暮らした。中にはかなりのアクティブな聖女がいて、この世界を一年間で巡れるだけ巡って帰って行った人もいたのだそう。

 その年は、世界全体がとても栄えて数多くの人々に富をもたらした。


 ただっと、ユーインがボソッと呟いた。


「その年の記録係は、相当大変だったみたいだけど……」


 栞は笑ってしまう。バーンズ家は、聖女の記録係という大切な役目を担っているだけあってかなりの高位貴族だ。

 やっている仕事は地味だが生粋の貴族。普段、使用人に何でもやって貰うのが当たり前の貴族が、一年中旅に付いて行くなんて相当大変だっただろうと思う。


「安心してよ、流石に私は旅に出るなんてアクティブなこと無理だから」


 栞はそう言って笑い飛ばしたが、ユーインの複雑そうな表情がなくなる事はなかった。

 栞は、ユーインの話を聞いて心に決める。私も、王宮を出て一般市民としてこの世界で生活したい。

 すっかり忘れていたが、この世界には魔法が存在していた。魔女しか使えないと書いてあったので、魔女を探してみるのもいいかも知れない。

 この世界に来て、やっと自分が興味をもつことが分かったかも知れない。栞は、何でも器用にこなす性格ではない。優柔不断でもあるから、何かをやり始めたり、何かを決めるのに時間がかかる。


 この世界に来てから、三週間。やっと方向性が決まった気がする。自分の中でもホッとする。一般市民として何をするかはまだ決められないけど、ここにいるより気を遣う事はないだろうと思った。


 栞は、決めたことをまずはユーインに相談する。


「ユーイン、ちょっと相談なんだけど……」


 午前中の朝食を食べ終えた後、少ししてから話を切り出した。


「なんだ? やりたいことでも出てきたか?」


 ユーインが、栞に向かって返答する。


「やりたいことって言うか、これからについてなんだけど……。私、王宮を出て一般市民として生活していこうと思う。どうしたらいいのかな? 住む所とか……」


 栞は、少し不安そうな表情をする。市民として生活していきたいと言っても、どうすればいいのかさっぱり分からないから。


「わかった。市井で何かやりたい事があるのか? どういう所に暮らしたいとか希望はあるか?」


 ユーインがメモ帳を取り出して、書き込みながら聞く。


「私、魔法に興味があって魔女に会ってみたいの」


 栞が自分の希望を口にする。ユーインが、一瞬困ったような顔をした。


「魔女か……。魔女は気難しいんだよ。聖女と言えど、会ってくれるかどうか……でも、わかった。陛下にそのように伝える。いいようにしてくれるだろう」


 ユーインがメモを取り終わると、さっそく伝えてくると言って部屋を出て行った。

 栞は、ソファーに座りながらどうしようと少し後悔していた。魔女に会いたいなんて、簡単に言ってはいけなかったのかも知れない。

 気難しいなんて思わなかった……。それから栞は、ユーインが戻ってくるまで落ち着かない時間を過ごす。

 時計ばかり見ていてもちっとも時間は進んでくれない。それならと思って、栞は聖女の書の続きを読もうと声に出した。


「聖女の書」


 すると、ポンと目の前に本が現れる。聖女の活動記録を読んで知ったのだが、聖女の書は普段はどこか違う空間にある。

 読みたい時に、「聖女の書」と言葉にすると出てくる。一度出すと、寝るまでは自分の手元にあるのだが一度寝てしまうと消えてしまう。

 栞は、自分が魔法を使っているようで何だかとても楽しかった。


 聖女の書は、文字がとにかく多い。情報量もとても多く栞には難しい。第一章を、全て理解するために何度も読みなおした。

 今やっと第二章を読み始めている。第二章は、守護者について書かれていた。

 守護者とは、簡単に言うと聖女の心に寄り添い守る者のこと。必ずしも会える存在ではない。聖女が、異世界で暮らしながら運が良ければ会える。ただ、聖女自身が守護者だと気づくことはできないとある。


 栞は第二章を読みながら、沢山の疑問が沸く。心に寄り添うって何? そもそも必ずしも会えないってなんなんだろう? しかも会っても聖女は気づけないって、いる意味あるのかな? 栞には難し過ぎてわからない。

 聖女の書を読んで、聖女の活動報告を照らし合わせると何となくわかる事もある。また、活動報告を読まないと駄目かなと嘆息した。


 お昼も過ぎて、一休憩している時だった。扉を叩く音が聞こえて、栞はユーインが戻ってきたのだと思い返事をした。


「どうぞ」


 返事を聞いて扉を開けたのは、やはりユーインだった。


「だいぶ遅かったね」


 栞が、ユーインを見ながら言った。


「普通は、そんなにすぐに陛下に会えるもんじゃないんだよ。これでも早い方だ」


 ユーインが、少しムッとした顔で答える。そんな事言われたって、知らないし……。


「結論から言うと、陛下が了承してくれた。魔女のいる領地をいくつか当たってみるから、少し待って欲しい。住む所も、もちろん用意するから安心して欲しいということだった」


 ユーインが、王と話し合ったことを報告してくれた。栞は、何とかなりそうだと一安心だ。


「領地って、魔女って王都にはいないの?」


 栞が疑問を口にする。この国の王城は、山の上に立っている。馬車で30分ほど山を下って行ったところに、王都が栄えているのだそう。

 栞は、てっきり王都にいる魔女を紹介してくれるのだと思っていた。


「魔女は、気難しいって言っただろ? 王族と関わりたくなくて、王都から離れた貴族たちの領地に住んでいるんだよ。もちろん、その領地を治める貴族から干渉されないのを条件にしているんだが」


 ユーインが、栞に説明してくれる。

 魔女は、その性質上色々な者たちから狙われている。自分たちを利用しようとしている者たちから、距離を取って生活していた。魔女たちは、良識ある貴族を選んでその領地に暮らす。

 干渉なく好きに暮らさせて貰う代わりに、それなりに領地の為になることをしてお互い持ちつ持たれつな関係を築いているのだと教えてくれた。


「そうなんだ……。私を、受け入れてくれる領地が見つかると良いな」


 栞は、願いを込めて言葉にした。どうか、住みやすい領地でありますように……。

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