第4話 侯爵令嬢とのお茶会
それから栞は、ユーインと常に行動を共にすることになった。どこに行くのも一緒なので、少し疲れてしまう。
「ねえ、ユーイン。プライベートな時間を、お互い作った方がいいと思う」
いつものように、部屋でのんびりしていた栞は、部屋の隅に控えているユーインに話しかけた。
「そんなことができる訳ないだろう? 住吉だって行動記録読んだだろ?」
ユーインは、出会った頃のように栞に畏まるのを止めた。今では、同級生と話しているみたいだと栞は思っている。
栞が、異世界にやって来てから二週間が経過した。この二週間の間、四六時中ずっと一緒にいる。色んな事を話す内に、ユーインも面倒臭くなってしまったらしい。
それに多分、栞に対して呆れているのもあるかも知れない。
未だに栞は、この世界で何をすればいいのか全く思いつかない。
ユーインには、歴代の聖女達は積極的だったとこぼされる。折角異世界に来たのだからと、色んな事に挑戦していたようだ。
栞はと言えば、上手くできなかったらどうしよう? が先に来て動けずにいた。
「だって、こんな四六時中一緒って……。ユーインだって疲れてると思う」
栞は、気まずさを感じながらも正直に気持ちを述べた。
「じゃあ、いい加減何か初めてくれよ。そしたら大分違うだろ? ずっと部屋の中にばかりいるから、息が詰まりそうになるんだよ。今日は、提案を持ってきた」
栞は、ユーインの方を向いて頭を傾げる。
「提案って何?」
ユーインが、栞が座っているソファーまで歩いて来ると一通の手紙を差し出した。栞は、その手紙を受け取る。
誰からだろう? と差出人の名前を見た。手紙を見ると、グロリア―ナ・エリントンと書いてあった。
「グロリアーナ・エリントン? 誰?」
栞が、ユーインに訊ねる。
「王太子様の婚約者で侯爵令嬢だよ」
ユーインが、自慢げに答える。
「そんな身分の高いご令嬢が、私に何の用なの?」
栞は、意味がわからなかった。
「聖女様にお茶会の招待だよ。今は、聖女の話で持ち切りだからな。お近づきになりたいんだろ」
そう言ってユーインが、説明を始めた。どうやら今年は、聖女の召喚が起こる100年に一度の年でとてもおめでたいのだとか。
それで既に王宮から、無事に聖女の召喚が行われたと国中に告知されている。その話題の聖女様と親しくなりたいと、年頃の令嬢達からひっきりなしにお茶会の招待状が届いていた。だから、何もしたいことがないのなら、彼女達と親しくなったらどうかという提案だった。
「でも私、人見知りだから仲良くなれる自信がないんだけど……」
栞が、自信がなさそうに小さく呟く。それを聞いたユーインが、大きな溜息を吐いた。
「あのな……。あれも嫌、これも嫌って、そんなんで良いと思っているのかよ! 住吉は、聖女としてこの世界に来たんだよ。ちゃんと役目を果たしてくれないと困るんだよ!」
ユーインが、栞に初めて大きな声を上げた。栞は、泣きそうになる。そんな事言われたって、来たくて来た訳ではないのに……。でも、ユーインが言いたいことも理解はできた。
聖女の書を、あの後も少しずつ読み進めて知ったのだが……。聖女が充実した生活を送れば送るほど、この世界に良い影響がある。だからと言って、気持ちが落ち込んだり悪い事があったからといって世界も一緒に悪くなる訳でない。
その場合は、聖女としての最低限の力が働いているだけで特に何も変わらない。栞は、悪い事に作用しなくて良かったと心底思った。
ただ、この世界の人からしたら聖女が充実した生活を送ってもらうに越した事はないのだ。ユーイン曰く、中には後世に伝えられるほど大きく栄えた年があったのだそう。そうならないまでも、良い一年だったと思われるくらいの働きはして帰ってくれと言われている。
溜息をつきたいのは、こっちだよと栞は思う。だけど、いつまでも王宮の部屋にこもってばかりもいられない。
「わかった、参加してみる。ユーインも一緒に来てくれるよね?」
栞は、心細げにユーインを見た。
「記録係なんだから当然だろ」
良かったと栞は胸を撫でおろした。
それから栞は、ユーインから招待状の返信の書き方を教わって、参加の返事を送った。お茶会の日付は、二日後だった。
お茶会の当日は、朝から慌ただしくメイドによって着飾られた。召喚した日に初めて言葉を交わしたメイドが、栞の専属メイドになってくれた。名前を、メイと言い男爵家の娘なのだと教えてもらう。
年は、栞よりも5歳年上で頼もしいお姉さん的存在になっている。
「私、完全にドレスに着られていると思う。全く似合ってない」
栞は、顔を覆って泣きそうになっている。栞の体形は、残念な幼児体形だし純日本顔でドレスが浮いている。しかも髪が、真っ黒でボブだからどうやっても華やかにならない。
栞に合わせて作られたドレスでも無い為、違和感が凄まじかった。
「そんな事ないと思いますが……」
メイが、栞と視線を合わせてくれない……。そうだよね、そう言うしかないよね。栞は心の中で落ち込んでいた。
だから嫌だったのに。無理して、お茶会なんて行くって言わなければ良かった……。自己嫌悪でいっぱいだ。
扉を叩く音が聞こえ、栞が返事をするとユーインだった。
「入っても大丈夫か?」
栞は、こんな姿できる事なら見せたくない。でも今更行きたくないなどと言える栞ではなかった。
「大丈夫だよ」
扉が開き、ユーインが部屋に入って来た。
「そろそろ時間だから行くぞ」
そう言って栞を見たユーインは、一瞬止まっていた。そして数秒の間……。
「まあ、いいんじゃないか?」
ユーインも栞と目を合わせない。栞は、恥ずかしいわ泣きたいわで穴があったら入りたい。行きたくない、最高に行きたくない。
だけどメイが、折角整えてくれたのに無駄にする訳にはいかなかった。
「もう、無理にお世辞何て言わなくていいよ。どうせ似合ってないです。似合わないという事がわかったからそれでいいです!」
栞は、もう開き直っていた。ユーインは、渋い顔をしていたが手を差し出してエスコートをしてくれる。
貴族のマナーなんて知らない栞は、この二日間で最低限のマナーだけ教わった。ユーインもメイも、聖女様に対して失礼な事をする人間はいないから大丈夫と言っていた。
栞は、それを信じてお茶会へと赴いた。
結果、初めてのお茶会は最低最悪のものだった……。
主催者である、グロリアーナ侯爵令嬢は栞にとても良くしてくれた。でも、場の雰囲気が聖女様ってこんなちんちくりんなの? とでも言うような痛々しいものだった。
一番最悪だったのは、王太子の登場だ。
参加者は、栞も含めて7人。グロリア―ナ侯爵令嬢とそのお友達の5人。どの令嬢たちも、名の知れた令嬢らしく洗礼された仕草や容姿で見ているだけで圧倒された。
栞は、同じ年頃の女子とは思えずどんどん萎縮していった。会話の内容も、ドレスや婚約者の話で全くついていけない。
別に令嬢達が栞を仲間外れにしている訳ではないのだ。只々、話が合わないだけ。人見知りで話下手な栞は、何を話していいのか分からない。
グロリアーナ侯爵令嬢が、気を遣って色々と質問をしてくれるのだが緊張もあって上手い受け答えができない。
だから、ただ笑顔で相槌をうってお茶を飲んでいるしかできなかった。
そこに王太子が、聖女の顔を見て見たいという理由で登場した。初めて目にする王太子は、芸能人みたいだと思った。
テレビの中で、女の子たちにキャーキャー言われていそうな容姿。とにかく格好いい。令嬢たちに向ける笑顔は、目がキラキラしていて星が飛んでいるみたいだった。
「はじめまして聖女様。僕は、この国の王太子だよ。お会いしてみたかったから嬉しいよ」
王太子が、栞に挨拶をしてくれる。栞は、一生懸命考える。こういう時は、立って膝を折って挨拶するんだよね……。
「栞・住吉と申します。よろしくお願いします」
栞が、うまく立てなくてよろけつつ挨拶をする。
「栞って言うのか。一年間、慣れない国で大変だと思うけど頑張ってね」
王太子が、キラキラの笑顔を栞に向けた。栞は、王太子の笑顔が眩し過ぎて直視できない。顔を俯けながら、「はい」と返事をするのが精一杯だった。
そんな栞を見ながら王太子がポツリと呟く。
「心配だったけど、グロリアーナ一筋は変わらないな」
王太子は、グロリアーナ侯爵令嬢を見て熱い視線を送った。グロリアーナ侯爵令嬢は、なんだか恥ずかしそうに俯いている。
その一連の二人の仕草を見て、栞はポカンとしてしまう。え? 何これ?
「まあ、王太子様ったら。相変わらずお熱いんですから。迷信はやはり、迷信だったということでしたね」
一人の令嬢が、にこにこしながら口にした。その場にいた、みんなが頷いて納得している。栞は意味がわからなかったが、自分が関係しているのだと思った。
しかも良い事じゃなくて悪い方で。それからは王太子の独壇場で、みなが王太子の話に耳を傾けていた。
たまに気を遣って、栞に話を振ってくれたがただ聞かれた事に答えるだけ。それで話が膨らむ訳もなく、結局栞以外の皆で楽しそうにおしゃべりをしていた。
やっと解放されて部屋に戻って来た栞は、ソファーにドカッと腰を下ろして天井を見る。ユーインが見ているが、もう関係ない。
「お疲れ様。何か、悪かったな……」
ユーインが、渋い顔をしている。栞は、一瞬だけユーインに視線を送るがすぐに天井に戻す。
「何が? お茶会に誘った事? 突然、王太子が来た事? 私だけが意味わからない事で、揶揄われた事?」
栞が、イライラしながら言う。
「悪かったよ。あんな風になると思ってなかったから……。それに、揶揄った訳ではないよ……」
ユーインが、ばつが悪そうな表情で栞を見ている。
「でも、あんな言い方されて良い気分する訳ないよね? ねえ、王太子が言ってた心配ってなんなの?」
栞が、ユーインにきつい言い方をする。ユーインは、気まずそうにしながら話してくれた。この国には、聖女に関するいくつかの迷信がある。
その一つが、この国の王太子は一目見ただけで聖女に恋をしてしまう。だから、王太子をはじめとする婚約者のいる男性に聖女を会わせてはいけない。そんな風に語り継がれているらしい。
「なによそれ……。どうせ、一目見て恋に落ちる美人じゃないよ」
栞は、むしゃくしゃしながら言った。何で自分はいつもこうなんだろう。本当に嫌になる。
「王太子様が失礼だった。本当に申し訳ない」
ユーインが、王太子の変わりに頭を下げる。
「私だってわかってる。別に誰も悪くない。令嬢たちだって王太子だって、悪気のある子は一人もいなかった。ただ、私がうまくできなかっただけ。ごめん、今日はもう一人にして」
栞は、クッションを引き寄せて顔を埋めた。流石に泣いている姿をユーインに見られたくなかった。
「わかった」
ユーインが、部屋を出て行ってくれた。栞は、クッションから顔を上げて自己嫌悪に陥る。私がもっと社交的だったら良かった。もっと、ドレスが似合う可愛い女の子だったら良かった。もっと頭が良ければ……。
ユーインに八つ当たりして本当に最悪だ。自分が嫌で嫌で、ポロポロ涙が零れてきて仕方なかった。
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