第100話 戦いの決勝点

 第3堡塁陥落。


 それは、東京第1師団の将兵、とりわけ師団司令部の主要幕僚たちを大いに困惑させた。

 特に、情報幕僚である第2部長は、師団長の正面に立ち、深々と頭を下げるや、神妙な面持ちで謝罪した。

 上条師団長は、その行為が一体何を示しているのかが一瞬解らないでいた。


 実はこの時、上条師団長は勝負には負けたが、得も言われぬ高揚感に満たされていた。


 それは、これからの陸軍を背負って立つ逸材を発見した喜びと、ここまで完全攻略されたことへの満足感であった。

 

 そんな年長者の想いとは裏腹に、未だ40代の第2部長は、その敗北の責任を感じていたのだ。

 もちろん、上条師団長もそれにすぐ気付いたが、逆にそれは、自分たちの幕僚に対して申し訳ないとの気持ちに変化していった。


「2部長、どうかそんなに落ち込まないでほしい。今回の戦いは、これからの陸軍にとって重要な試練だったんだ。統裁側の要領というやつもあったろうが、今回は本当に彼らと刺しで勝負がしたかったんだ」


「いえ、言い訳はしません、我々の敗北です。そして、情報参謀としての、自分の技量不足であります。師団長には、何と申し上げたら良いのか」


 これは予想以上に深刻な表情だと、上条師団長は冷静になった。

 しかし、この今の悔しさと喜びの複雑な感情を共有できる将校が居ないことも、少し残念に思えた。


「2部長、君はまだ若い、そして、君の先読みする能力は非常に高いものがある。相手が悪かったんだよ、三枝は少々別格なんだ、今夜は彼らの健闘を称えようじゃないか、時には、そんな敗北も必要な事だとは思わないか?、我々が置かれた状況は、彼らのような天才の存在を必要としているんじゃないかな?」


 それを聞いた2部長は、一瞬で我に帰った。

 そうだ、今の世界情勢を考えれば、三枝兄弟のような逸材は一人でも多く陸軍は必要としている。

 三枝中尉だけではない。

 まだ階級の付いていない国防大学校の学生、陸軍工科学校の生徒達、そして、横須賀学生同盟の中にも、時代を動かしそうなレベルの学生達。


 日本の国は、そんな若い彼らに依るところが、これからは大きいと感じていた。

 それは、間もなく退役するであろう、上条師団長にとって、これほど心強いと感じるものは無かった。


 そして、あまりの衝撃の強さに、自分の娘のコンクールの結果を、すっかり失念していたことに気付き、指揮所を飛び出すと、携帯端末のメールを確認する。

 するとそこには


「優勝しました」


 の文字だけが、何か言いたげな表情を父親に向けていた。

 そして、上条師団長は、愛娘に返信するのである。


「戦いは終わったよ、三枝君たちの勝利だ」


 とだけ。


 


 昭三は、陥落した第3堡塁の内部を、安全化していた。

 

 もはや抵抗勢力などは無いと解ってはいたが、最後まで気を抜かず、完全掌握するまでが軍人の務めだと自覚していた。

 本来であれば、勝利を祝いたいところであったが、それは完全掌握の後でもいいだろう。

 そして、兄龍二のことだから、きっと無線でまた名言を残すだろうと楽観していた。


 そんな時、オープン回線で、一人の少女が興奮気味に昭三へコールして来たのである。


「昭三さん!父から聞きました!勝利なさったのですね、私、、、、もう、、本当に嬉しくて、、、。私もね、優勝しましたよ!、これで私達、結婚することが出来るんです!」


 それは、あまりにも意外な通信と言えた。

 、、、、何故なら、そんな可愛らしい内容で、とても恥ずかしい、まるで告白のような通信は、全将兵に聞こえるオープン回線によって告げられたのだから。


 そして、第3堡塁にいた全将兵は、その敵味方関係なく、拍手と喝采を一斉に昭三に向けるのであった。

 そんな状況を、横須賀学生同盟の生徒達は、携帯端末のカメラでとらえ、同時生配信という形で、瞬時に全国へと公開されたのだ。


 歓声と祝福に包まれながら、昭三の同級生や他校の生徒、城島まで、それは祝福の意味を含めた抱擁であった。


 この時、敵側である第1師団の将兵までもが祝福をしていたことが、この生配信を見ていた全国の視聴者を感動させたのだ。

 それは、第1師団はこの若いカップルを引き裂こうとする悪役に徹していたからに他ならない。

 彼らは、この第1師団という大人と、横須賀学生同盟という子供との闘いとしてこれら配信に噛り付いて見ていた。

 それが、どうしたことだろう、その場に居合わせた誰もが、昭三を祝福しているのだ。

 

 結局、この騒動の最初から最後まで、悪役などと言う者は存在してい居なかったという事に、人々は気付くのである。

 

 歓喜の配信は、無駄に長く配信され続けたが、その視聴回数は記録的な伸びを続けていた。

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