第7話 お前はそれでいいんだよな!
「高校サッカー史上、このような出来事があり得るのでしょうか、審判は試合の停止を求めコートに続々と進入しいています。」
アナウンサーが実況を放送する。
ゲームの行く末ではなく、この事態を。
しかし、イレブンを救ったのは意外にも当初野次を飛ばしていた観客達だった。
猛烈なブーイングと審判に対する「帰れ」コールにより、主査者である大人達はその居場所を失いつつあった。
この競技場に集まった満員の観客、いや、全ての日本人は、今や決死隊の兄と高校サッカー選手として自らを貫こうとするこの兄弟の味方であった。
強引に進められる試合に、頻りに流されるのは
「この試合は無効である、直ちにプレーを中止し、復帰しなさい」
とのマイク放送である。
そんな時、両校選手の一部が複数の審判によって制止されてしまい、一時的に試合が止まりそうになる。
すると観客の一部が、この審判を逆に押さえ込もうとなだれ込んできた。
試合場は一時騒然となりかけた。
そんな時、城島が審判の持っていたマイクを奪うとこう叫んだ。
「場内の皆さん、聞いてほしい、俺たちはただサッカーがしたいだけなんだ、試合は無効となっても構わない、俺たちはサッカーを続ける、誰も止められない。あんたがたも、誰が最強か見に来たんだろう」
場内は彼の一喝により更にヒートアップした。
そして観客達もその興味の矛先を思い出したのである、果たして誰が一番強い高校生なのか、この試合はどこへ向かっているのだろうか。
観客達がマナー良く客席に戻り、審判、監督、実行本部の「大人たち」はそれに呼応して両校イレブンの静観を決めこんだ。
「三枝!それでいいんだろ、お前はそれでいいんだよな!」
城島がそう叫ぶと、再びボールを蹴り上げ駆け出すのであった。
この時二人は古い友人同士のような、ライバル同士のような、経験のない絆を感じていた。それは両校イレブンの間にも芽生えていたのである。
走りながら堪えきれず涙を流す生徒もいた。
ドグミス守備隊の最後が迫る中、何も出来ない自分たちに襲いかかる閉塞感と、彼らもまたベンチにあって戦っていたのである。
このような事件を起こしてしまい、サッカー選手として将来を嘱望されていたイレブン達にとって、プロへの道は閉ざされることは明らかだ。
しかし「楽しい」そう感じていた。
高校サッカーは高校生による健全なスポーツという文句が、長らく彼らを縛り続けていた。
今や彼らは反逆の生徒達であり、大観衆の前でただサッカーを楽しむことに専念する自由を手に入れたのである。
そして同時に彼らは悟るのである、この試合こそ、自分たちのサッカー人生全てを賭けて戦う価値のあることを。
気付くと一部の審判が配置に付いている。
彼らの戦いに呼応して、非公式ながらその役を買って出てくれたのである。
城島はそんな大人たちの審判に、小さく会釈をすると、再び試合に戻っていった。
審判も、彼ら高校サッカー部員たちの熱波にやられてしまったのだ。
彼らの試合を公平に、少しでも正しいルールに基づいて戦い抜いてほしい、、、、ただそれだけの思いで。
そんな彼らの正義感や使命感を一気に消し飛ぶような衝撃的出来事は、城島がボールをキープし続け、北勢高校のゴールに急速に迫ったその時に起こった。
城島は背後に何かとってつもない気迫の「何か」が居ることに気づく。
振り返る直後、まるで獣のように黒く素早い何かがボールに迫る。
キャプテンの城島は、高校サッカー界でも屈指のテクニックで知られているが、その事実を全く無視するように、その獣は背後から勢いよくボールを奪うと、その奪った足の力のみで一気にボールを反対側コートへ押し返した。
キーパーはまるで至近距離からのシュートを受けたようにゴールの対角線を全力で飛び上がる。
場内が一度静寂に包まれる。
何が起こったのかが一瞬理解できないでいた。
北勢高校のサッカーはこれまでミスが少ない手堅いサッカーで知られ、むしろ佳一高校サッカーが、反則をも恐れないエネルギッシュなサッカーとして知られていた。
ましてや三枝龍二のサッカーは、控えめながら、決めるべき時に必ず決定的なアシストで点数に結びつける頭脳派の印象が強かった。
その三枝から、荒々しく猛進的なプレーが飛び出し、かつそれが一発で相手ゴールに襲いかかるという違和感。
ボールは佳一高校キーパーにより、辛うじてキャッチされたが、この名門佳一のキーパーでギリギリのキャッチである。
それを見た場内は再び割れんばかりの歓声に包まれた、ドグミス基地に最上陸した際、英雄のように迎えられた兄啓一と同様、三枝龍二もまた人々を奮起させる何かを持っているのである。
しかし、場内の大歓声とは真反対に、一気に血の気の引く思いをしていたのは、これまで一番威勢の良かったキャプテン城島である。
心配して駆け寄った仲間に城島はこうつぶやいた
「あいつ、怒っている・・・。」
それを聞いた仲間達にも動揺が走った。
絶対に感情を表面に出さない天才、そんなイメージから想像も出来ない言葉であった。
佳一高校ベンチでそれを見ていた男がいた、雷条秀樹。
彼は城島より更に過激なプレーで知られる選手であり、準決勝において反則により今回はベンチ入りしていたのである。
「あいつらだけで楽しみやがって、だれか怪我でもしねーかな」
雷条は苛立っていた、このコートに最もふさわしいのは自分である、そう感じていた。
「おい!城島、誰かと代われや」
放心状態だった城島に、雷条が叫ぶ。
凍り付いたイレブンを正気に戻す一言だった。
同時に佳一イレブンは、この獣と化した三枝を止めることが出来るのは雷条しかいないとも考えた。
一人が交代を申し出ると、前回の反則をまるで何事も無かったように選手交代し、彼はコートに収まった、そう、この試合は全てにおいて自由なのである。
そして城島はこう叫ぶ
「ここからが俺たちのサッカーだ、北勢ばかりいいとこ持ってかれんじゃねえぞ」
キーパーの手元にあったボールがコートに投げ込まれると、城島が再びボールをキープして全力で北勢ゴールに襲いかかる。
復帰したばかりの雷条が、ここぞとばかりに正面からゴール付近に疾走する。
そして城島が雷条の正面にボールをパスしようとしたその瞬間、三枝が怒濤の勢いで雷条のボールを奪いにきた。
ほぼタックルに近い、高校サッカーであれば退場やむを得ないというレベルである。
雷条が豪快に転倒し、三枝もバランスを崩し、雷条の頭を飛び越え、そのまま額をピッチに押しつけ、そのまま四つん這いになってボールを追いかけると、ボールをキープしたままゴール方向へ向かった。
今度は北勢イレブンが呆然として立ち尽くした。
あの規律やルールを最も重んじ、神聖なる人、三枝キャプテンが、あんなプレーを。
そして彼らもまた悟るのである、三枝が怒りに震えていることを。
全てに対し、変えることの出来ないこの閉塞した世の中に対し。
尊敬する兄の死が目前に迫りながら、どうすることも出来ない非力な自分に。
才能と体力にこれだけ恵まれながら、何も変えることが出来ない自分に。
彼はきっと叫んでいるのだ、遠く太平洋上の孤島で繰り広げられている死闘に対し、自分はここにいるのだと。
兄の最後の言葉に応えるために、これまでの自分を全力で否定しながら、今消えようとしている兄の灯火を思いながら。
そしてきっと健気に耐えているであろう、兄の婚約者を思いながら。
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