第8話 獣のような攻勢は熾烈を極め
「野郎、あじな真似してくれるな」
起きあがった雷条が、血の混じった唾を吐き捨てながらつぶやく。
そして自分が倒すべき好敵手を得たことに、これまでにない高揚感を覚えつつ。
「城島ー!、やっちまうぞ、あの野郎」
城島が足の震えを押さえつつ、苦笑いしながらそれに答える。
見ると額から血を流した三枝が、鋭い視線で佳一ゴールを凝視している。
ここで三枝が叫ぶのである。
「俺がゆく、周りを押さえ込め!」
まるで戦国武将の言霊のように、それは北勢高校イレブンの身体に染み込んでいった。
イレブンは良く鍛えられた兵士のように、彼の指示により佳一高校イレブンをガードしてゆく。
三枝が今度は一気に佳一ゴールに迫る。
すると今度は城島が反則ギリギリのカットに入ると、それをものともせず勢いで押し退けた。
反動で吹き飛ばされる城島。
「雷条、やれ!」
城島の身体が地面に激突すると、雷条がほぼ直角に三枝のボールにカットを入れる。
常識的にはまだシュートには距離があるが、三枝はそのまま雷条ごと大きく蹴り上げ、身体に当たり反動で跳ね返ったボールを空中で蹴り込んだ。
ボールは弧を描くことなく真っ直ぐゴールに向かった。
ピッチにまみれた城島が顔を上げたその瞬間、キーパーの足をすり抜けてゴールネットが激しく揺れた、と同時に競技場から割れんばかりの歓声とともに、アナウンサーが実況する。
「このようなゴールを見たことがありません、ほぼ力業、観衆も興奮に包まれています」
両校イレブンが繰り広げる死闘とも言うべき試合に、もはや観客も、中継を見ている人々も、公式、非公式ということにこだわらなくなってしまっていた。
それは人々を興奮させ熱狂させるのに十分なショーであった。
そしてこの奮闘を、テレビ越しに手に汗握り観戦している同世代の若者達に、三枝龍二は多くの影響を与えていたことをまだ知らない。
しかしこのゴールの直後、無情な緊急速報テロップが、サッカーの中継画面上に写されるのである。
「・・・ニュース速報:旧国連ドグミス基地陥落、守備隊の生存は絶望的・・・」
日本が過去、経験したことの無いような情熱的な一日が終了していた。
当事者達だけではなく、それを見守った全国民の中に、解かれることのない疑問符を植え付けながら各、今日一日の出来事を回顧するのである。
メディアのコメンテーターはその言動に困りながら慎重に言葉を選んでいた。
本来、ルールを犯し、いけないことをしている二人の「三枝」について、国民は好意を寄せていることが誰の目にも明らかであったからである。
直前に発表した防衛省からの「遺憾」発言で、抗議のメールにより回線がパンク寸前になっていたことも影響している。
「カリスマ」
ネット上では、そんな言葉が囁かれはじめていた、それは兄弟のどちらに対するものであるかは別として。
あのドグミス陥落を知らせる緊急速報の最中も試合は続き、三枝龍二の獣のような攻勢は熾烈を極めた。
彼はいわゆる「らしくない」姿で試合を終えていた。
両校イレブンも、試合の終了後、同じ戦場で戦った同士の如く、土と草と血にまみれ、その戦いを称え合って競技場を後にした。
そして、最後、三枝龍二と、城島啓介の二人は、他の選手より長く、その握手を交わし、それがまた、場内を無限上昇音のような歓声と拍手で称えたのである。
観客の暖かい拍手は、あの野次で満たされた同じ競技場とは思えないほどに愛情と尊敬に満たされたものであった。
あれだけ激しいプレーを見せながら、表情を一切変えることの無かった三枝龍二だけは、依然硬い表情のままであった。
競技場を去る間際、佳一高校キャプテン城島は三枝の下にかけよりこう呟いた。
「今日の決着はまたどこかで。逃がさんよ!」
彼の表情は少々ニヤケていた、何か含みのあるような。
城島の頭の中では一つの閃きがあったのである。
この三枝という強烈な好敵手を見つけたこと、人生の希望や目標にそれは近似したものかもしれない。
同情と心配と励ましの感情が、微妙な空気を作る帰りのバスの中は、逆に語るべき言葉を見つけられない部員達で満たされ、より静かなものとなっていた。
龍二はバスの途中で駅を見かけると、監督に自宅へ急行したい旨を告げ途中下車を希望した。
本来であれば学校へ帰り、学校からの歓迎を受け、反省会を実施してからの解散であったところであるが、今回の事態に少なからぬ影響を与えてしまった自責の念からか、監督も多くは語らず龍二の途中下車を許可した。
級友の如月 優が、心配そうに龍二をいつまでも見送っていた。
そして龍二は自宅のある横須賀方向では無く、鎌倉方向へと電車を乗り継いだ。
兄の婚約者、三枝 澄のもとへ駆けつけたかったのである。
彼女は絶対に弱みを人に見せることはない、武家の娘としての強い誇りと包容力をもって常に周囲を優しく包み込むのである。
そしてきっと、今夜ですら。
揺れる列車の中から、すっかり暗くなった景色を眺めながら、彼は幼い頃の三枝澄との思いでを回想していた。
彼女が大切にしていた文鳥が死んだ時のことである。
小さな墓を作りながら、彼女は一度だけ龍二の前で泣いたことがある。
それでも弟のように可愛がっていた龍二に、心配かけまいと笑顔を見せる澄に対し、当時の自分は何をしてあげたら良かったのかが、長らく答えを出せないでいたのだ。
その頃の自分が不甲斐なく、機転の利かない木偶の坊に思えて仕方なかった。
長刀と弓道の名手でもある凛とした澄の姿と、あのときの健気な少女の姿が重なる度、それをどうすることも出来なかった自分が悔しくてならなかった。
今回は幼い頃のようにはしない、どうしたら良いかは全く考えていなかったが、龍二の心には、澄の側には今、誰かがいなくてはいけない、それだけは強く理解できていた。
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