第6話 最後の通信
新国立競技場の巨大モニターには、ドグミス日本隊の生き残りが眼光鋭く整列する姿が映し出された。
彼らは、既に決意の白鉢巻きと、小銃には銃剣が着剣されている。
先頭の三枝1尉の左手には、日本刀が握られ、その様相が示すものの意味を悟るのには十分と言えた。
「ドグミス島守備隊の諸君、並びに関係各部隊の皆様へ、もしこの放送が敵の妨害電波をくぐり抜け、到達していたならば幸いです。
我々ドグミス島守備隊の日本隊100名は、今回の国連軍司令部の出した命令に背き、再上陸を決意しました。
現在旧陣地跡に戻り、不当な占領と理不尽な降伏勧告に対し、抵抗する島民と行動を共にしております。
敵の勢力からすれば、これが皆様に対して、最後の通信となるでしょう。」
国中が固唾を飲んで聞き入っていた、そして競技場内も同様に静かに聞き入っていた。ざわめく観衆同士、静かしろと言い合いながら、それでもノイズの多いドグミス島からの通信は流され続けた。
「全軍撤収命令が出されたあと、我々派遣部隊の隊員は一様に胸の中に疑問を抱えたまま帰還しました。
ドグミス島を去る時、ワンカーの機上から小さくなるドグミス島と、その反対側に見える敵の大艦隊を横目に、ある隊員が私に言いました、この島はこれからどうなるのかと。
私たちは国連軍の一員である前に、一人の人間として、サムライとして判断しなければならない。
目の前で小さな島国が、理不尽な降伏を要求された上、武力をもって蹂躙されようとしている。
そして、わすかな武器で抵抗し、最後まで島を守り抜こうとしている民がいる。
先進国の人間は、彼らを見下してはいないだろうか、本当に彼らのことを考えているのであれば、この状況に背を向けて去って行くのが正義だろうか。
我々には、そうは思えない。
この地にて、最後の一兵まで戦い抜き、S条約軍に正しき道を示さねば、同じことはこれからも起こる。
彼らの暴挙を防ぐのは、多くの武器でも弾薬でもない、そういう行動なのです。
我々守備隊はもう、皆さんとともに日本の国を守って行くことが出来なくなりましたが、日本の国の将来を、どうか、どうかよろしくお願い致します。」
国立競技場の野次はすっかり収まり、観客席は、ある一つの大きなテーマを感じ取ったのである、。
「正義」
・・彼ら守備隊の正義に対する真っ直ぐな思いに対し、競技場の観客席は、それまでの自らの言動を恥じる人々で満たされた。
そして言葉は続いた。
「龍二、この放送をもし聞いていてくれたら、最後に一言話しておきたい・・・
なんでもかんでも大人の言うことを正しいと思うな、自ら考えて動け。
お前は、お前の正義を貫き通せ!」
この放送を最後に通信は途絶えた。
後年、この時の三枝龍二を記憶している人々は、彼がこの時も動揺しているようには見えなかったという。
しかし彼のその直後の行動が、後に高校サッカー界で伝説的に語られることとなる。
そのことから尋常ならざる心境であったことを回顧する者が多い。
同時刻、テレビ画面の前でその放送を聞いていた女性がいた。
啓一の婚約者、三枝 澄である。
新たな決意とともに掌を握り返し、心の中でこう叫ぶのである
「啓一さん、龍二君は私が守ってみせます。どうか最後までご武運をお祈り申し上げます」
彼女もまた、武家の末裔の一人として、将来を誓い合った男の選択を、そして最後を見届けようという覚悟を決めていた。
そして幼なじみであり、弟のように可愛がっていた龍二の力になりたい、そしてふと、競技場のベンチにいる龍二のことを思うと、自分の境遇と重なり不憫に思えてならなかった。
愛する人たちに何も出来ない自分、澄は婚約者に迫る「死」の足音と、不甲斐ない自分自身への感情とで涙が止まらなかった。
机に置かれた子供時代に撮った4人の写真、悲しみの感情に押しつぶされそうで、彼女はこの写真を直視出来ないでいた。
結果として、この日本隊の放送は、世界中の世論を大きく動かすこととなる。
それは、旧ドグミス基地において、三枝達日本隊とともに集まってきた国連軍同盟諸国の兵士たちによるネット配信や書き込みも影響した。
撤退命令により帰還した兵士は、皆、一様に日本隊の彼らと同じ気持ちでありながら、命令に背くことが出来なかったのである。
その背徳感から、彼らは一斉に声を上げ始めた。
その中には、アメリカ海軍大尉 ジョン・フィッツジェラルドの姿のもあった。
彼はこの、三枝1尉とも交友のある軍人であり、何より今回、日本隊の行動を英雄視した。
これら兵士たちの声が、本当の正義とは一体何か、撤退の行為は恥ずべき行為であったのではないか、と。
結局、世界はこの決死隊となった日本隊の行動を容認し、新国連軍がそれ以降、戦う大義とされてゆくのである。
新国立競技場のグラウンドに異変が起きたのは、ドグミス日本隊からの交信が途絶え、放送がスタジオに移った直後のことだった。
それまでベンチに鎮座していた三枝龍二は、静かにサッカーボールを抱え、ゆっくりとグラウンドの中央へ向かった。
同じ頃、反対側ベンチでこの状況に唖然としていた佳一高校イレブンは、たった一人でグラウンドに向かう選手を確認した。
「おい、あれ三枝じゃないのか?」
城島の表情が一瞬で険しく変わる。
そして直後、彼は何かを察した。
「主役登場とは、持って行くねえ」
彼の言うとおり、競技場の観客は、この異常事態の渦中、三枝龍二の行動に釘付けとなっていた。
もはやどう野次を飛ばしたら良いかも解らず、混迷と動揺は場内を更に異様な状況へと進めた。
龍二はグラウンドの中央で立ち止まると、ボールを置き、腕を組んで何かを待っていた。佳一高校の城島はベンチから全力で彼の元に駆け寄り、まるで打ち合わせをしていたかのようにこう言った。
「当然、こちらのボールでいいんだろう」
三枝龍二は薄ら笑いを浮かべる。
城島の表情もそれに引きずられるように口元に笑みを浮かべる。
当然審判もいない、いやむしろその光景に呆然とし、対応が出来ずにいた。
事態はその直後に動く。
「ぼさっとしてんな、パスだ、パスを回すぞ」
城島のこの言葉に、両校イレブンは事態を悟った。
キックオフである。
高校サッカーの頂点を決めるはずの競技場は、審判もいない状況で生徒の発意により勝手に開始されたのである。
こうなると両校イレブンはどちらが先にキャプテンの指揮下に入るかが勝負となる。
ベンチから雪崩の如く配置につく両校イレブン達。
「静」に支配された競技場が突然「動」へと変わってゆく。
予告も無く始まった試合に観客は大歓声をもって答えた。
そうだ、大人たちの言うことなんて聞く必要はない、高校生は高校生らしく、全力でボールと向かい合い、その青春の全てをこの一戦に賭けるべきである。
それがここまで敗退し、悔し涙を流してきた全国サッカーイレブン達への回答であり、彼らが今すべきことなのである。
主査者側はこの事態が理解出来ず、両校監督や関係者は一斉に止めようとしたが、その制止は振り切られた。
日本中の中高生は、ほぼ例外なく、この競技場で起きた事態を目の当たりにし、テレビ画面に釘付けになっていた。
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