#16
『わたしはこの研究に手を出すべきではなかったのかもしれない。だが、動き出した時は止められない。せめてこの流れを、よりよき方向に導いていきたいものだが、わたしにはおそらく時間がない。奴の目から逃れるのは困難だろう。せめて、この研究だけでも、良き未来を選択してくれる人物に渡るよう願って、これを記す――』
その手紙は、そんな文言で始まっていた。
少し古い紙と、色あせたインクで書かれた文字。これはかつて、エリオット・グレイス本人が触れて記したものなのだ。
何が書いてあるのか。神妙な顔で、エディリーンはそれを読み進めていく。
そこには、エリオットが亡くなる直前に解き明かした研究の成果が書かれていた。
読み進めるうち、エディリーンの表情は、驚愕や困惑に包まれていった。
まず、一緒に渡されたこの本は、古代エルフ語で書かれた、いわゆる古代魔術についての書物であること。あるきっかけで、それを解読するに至ったこと。そして、先日シドが見つけてきたメモに出てきた、人造精霊についてに記述があったのだが。
(人造精霊の材料は、人の命……?)
それは、最も衝撃的な一文だった。
太古の昔、人類は魔術によって栄華を極めたが、同時に慢心し、世の理は乱れつつあった。そして、ついに魔術の力の源である精霊たちから見放されようとしていた。
苦肉の策として、人類はおぞましい術を開発していった。去りゆく精霊たちを無理矢理縛り付け、使役する術。そして、ついには人造精霊を造り出し、これを使役する術を確立した。
しかし、それらは人の命を材料にして造られる。戦場で散った兵士たちの魂や、罪人たちの命。それらを集めて造られたのが、人造精霊だった。
複数の魂をより集めて造られた人造精霊は、主に戦場で強力な力を示し、瞬く間にそれを蹂躙した。元々は人と世界の均衡を保つためにあった魔術だが、時が経つにつれて、それは戦いの中で磨かれることになったのだ。
細かなマナの制御が必要な従来の魔術よりも、ある程度自律した意志を持って行動できる精霊を使う方が、戦力としては効率が良かった。しかし、無理矢理術者の元に繋ぎ止められた精霊たちは、次第に呪いを孕み、その力を暴走させた。そのせいで戦場は泥沼化し、精霊たちも、精霊を縛り付けて使役する方法も、そして人造精霊の製造法も、厳重に封印されることとなった。そして、今に至る。
『――どうか心ある者よ。これを読んだのなら、人造精霊の製造方法を、永遠に封印してくれ。そして、人造精霊の材料となり、魔術書に縛られた魂たちを解き放ってほしい。
それから、もしできることならば、故郷に残してきた両親と、愛する妻と生まれてくる我が子へ伝えてほしい。帰れなくてすまない――愛している、と』
手紙はそう結ばれていた。
眉間に皺を寄せながら何度か読み直して、エディリーンは首を捻る。
わかったこともあったが、わからないことも増えた。
けれど、一つ気になったのが、
(エリオット・グレイスには妻子がいた……?)
だが、あの屋敷にいたのは、夫人と三人の使用人だけだった。夫人も、エリオットの妻子については何も言っていなかった。その女性と子供は、どこへ行ったのだろう。
あとは、研究成果らしい別の紙の束を読み進めたいところだが、もう夜も遅い。これ以上考えても仕方ないだろう。
エディリーンは手紙や書物を元通り布に包むと、念のため隠蔽の術式をかけて、着替えや日用品を詰めてきた大きな革の鞄の底に、厳重にしまい込んだ。
ランプの明かりを落とすと、闇と共に静寂が身を包んだ。集中していて気付かなかったが、虫の声が微かに響いていた。
とんでもないものを見せられてしまったが、これからどうするべきか。寝台に身を横たえて考えるが、いくらもしないうちに眠りに落ちていた。
※いつもお読みいただきありがとうございます。
来週11月16日の更新はお休みするかもしれません。書けたら投稿しますが、なかった場合は再来週までお待ちいただければ幸いです。
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