第五章 敗北する準備はできていた

#1

 そして、次の朝。


 エディリーンは朝食の席で、ふわふわと欠伸を噛み殺していた。

 昨晩の件で思い悩んでいたわけではない。単純に、夜更かしによる寝不足だった。エリオット・グレイスの件は気掛かりだが、今あれこれ気にしても仕方がない。


 あの手紙や本は、最終的にはグレイス夫人に渡すべきだろうが、その前に誰か――ユリウス王子かアーネストあたりに相談するべきだろうか。それとも、ベアトリクスなら最適解を出してくれるだろうかと思って、いやあの人なら自分で答えを出せと言うだろうなと思った。

 そういえば、ジルにもずいぶん会っていない気がする。会いたい――……。


 そんな寂寥の念に駆られそうになって、らしくないと首を横に振る。


 長机の並んだ広い食堂には、朝の光と出来立ての料理の匂いが満ちていた。焼きたてのパンや焼いた卵、ベーコンやソーセージといったものが並んでいる。食文化は、レーヴェと大差ないようだった。


 彼女たちは、宿舎の食堂で朝食を摂っているところだった。この後は、エグレットの魔術師たちと共に、精霊が暴走しているという現場に向かう予定だった。

 食事を口に運ぶことに集中しようとすると、隣に座っていたクラリッサが話しかけてきた。


「エディリーン様も、寝不足ですか?」

「ああ、まあ……」


 愛想笑いを浮かべるエディリーンに、クラリッサはうんうんと頷く。


「そうですよね。わたしも、枕が変わったらなかなか寝付けなくて……」

「嘘おっしゃい。初めて来た外国にはしゃいで、あれこれずっとお喋りしていたのは、あなたじゃない。お陰でわたしまで寝不足です」


 エディリーンを挟んだ反対側の隣で、ユーディトがすました顔で香草茶の入ったカップを傾ける。


「なによ、ユーディトだってお喋りをやめなかったくせに」


 二人は同室だったはずだ。クラリッサのお喋りに付き合わされるユーディトの姿が、容易に浮かんだ。なんだかんだ言って、仲は良いようだ。そんな二人を微笑ましく思う。

 食堂を見渡すと、フレッドの姿を見かけた。一瞬目が合ったが、すぐに彼は目を逸らす。


「……そういえば、」


 ユーディトが声を低めて、エディリーンの耳元に顔を寄せる。


「昨夜は、どこかに行ってらしたのですか?」


 エディリーンは口の中のものを飲み込むと、表情を変えずに問い返す。


「どこかって?」

「遅くに、外に出かけたように見えたものですから……」


 気付かれていたか。けれど、動揺するようなことはしない。横目でちらりと彼女を見て、平然と答える。


「別に、どこにも。手洗いに行ったついでに、風に当たりたくなっただけ」

「そうですか……」


 軽くいなすと、ユーディトもそれ以上は追及してこなかった。


「あまり、危険なことはなさらないでくださいね」


 憂いを含んだ声音に顔を向けると、ユーディトは話は終わりとばかりに、食事に集中し始めた。

 クラリッサも、いつの間にか知り合ったエグレットの魔術師たちと世間話に興じている。


 エディリーンは正面を向いて、一つ息を吐く。

 ともかく、腹が減ってはなんとやらだ。今日は何が起きるかわからない。食べられるときに食べておかねばと、残りのパンを口に運んだ。

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蒼天の風 祈りの剣 月代零 @ReiTsukishiro

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