#14

 それから一週間後、予定通りエグレットへの使節団が編成され、出発した。


 ユリウス王子とシャルロッテ姫が乗った立派な馬車を中心に、元々エグレットから姫の護衛として同行していた騎士たちがその周囲を囲む。前方と後方はレーヴェの騎士たちが守り、その中ほどに研究院の魔術師たちの乗った馬車が、新たに加わっていた。その中には、エディリーンの付き人という名目で、ユーディトとクラリッサも入っていた。

 そして、今回の一行に加わった魔術師たちの中でも一番の重要人物が、魔術研究院の副院長だった。エグレットの魔術師たちと協力関係を築くには、術の扱いに長けていると言えど一介の院生に過ぎないエディリーンでは、力不足と考えての人選だった。


 エディリーンは馬に乗り、ユリウスたちのすぐ近く、何かあればすぐに動ける位置にいた。近くには同じく騎乗したアーネストがいる。シドは護衛の戦士ではなく、雑用をこなす従者のていで紛れ込んでいた。


 エディリーンの実験はとりあえずの成果を見せ、いくつかの術式を込めた札を作るのに成功した。万一の時、これでどこまで戦えるかわからないが、いざとなれば接近戦に持ち込んで直接叩けばいいかと思った。


 旅路はつつがなく進み、一行は国境を越えて、エグレットの領内に入った。

 エグレットは海のない内陸の国だ。山と海に囲まれたレーヴェと違い、肥沃な平地に恵まれた、農業の盛んな国だった。レーヴェもこの恩恵に与っている。帝国との衝突ばかりが続いては、自国で食料の安定供給を図ることもままならないからだ。


 ユリウス王子とシャルロッテ姫は、通る街や村で、仲の良さを宣伝して回った。国民へ見せつけるという目的もあるだろうが、既成事実を作って、婚約を公にすることをエグレット王に認めさせるという狙いだろう。


 無事に王宮に到着した一行は、旅の埃を落として身を清め、早速エグレット王との謁見に臨んだ。荘厳な彫り物のある厚い扉が開かれ、玉座まで赤い絨毯が敷かれている。

 玉座の間に通されたのは、シャルロッテ姫とユリウス王子、それにアーネストとエディリーン、それに魔術研究院の副院長が後方に控えていた。


「ただいま戻りました、お父様」


 シャルロッテ姫は優雅に膝を折り、数段高い位置にある玉座に座る父王に挨拶を述べた。

 うむ、とエグレット国王ユベールは、大仰に頷いた。ユベール王は、シャルロッテ姫のそれより明るい亜麻色の髪と、暗褐色の瞳の壮年の男だった。中肉中背で、取り立てて目立ったところのない人物に思えるが、眼光は鋭く、人を威圧するような雰囲気があった。


「よく無事で戻った。先にレーヴェに向かう途中、賊に襲われたと聞いたが?」


 流石に耳が早い。ユベール王の眼光が鋭く光る。


「ええ。でも、ユリウス様とお付きの方々のお陰で、大事には至りませんでした」


 姫は笑顔を崩さず、ユリウス王子たちの功績をさり気なく顕示する。

 続けて、ユリウスが顔を上げる。


「ご無沙汰しております、陛下。この度は、我が領内でシャルロッテを危険な目に遭わせてしまったこと、お詫びのしようもございません。ですが、賊はおそらく、我ら共通の敵。手を取り合い、両国の絆を深めるためにも、手を取り合い、かの国の脅威を退けねばなりません。まずは、貴国の魔術師たちとも連携を取り、彼奴らの行いによって乱れた龍脈を、元に戻すために手を尽くしたいと思います」


 ユリウスはにこやかな――不敵とも言える笑みを浮かべて、ユベール王を真っ直ぐ見上げた。ユベール王は唇を引き結び、底の読めない視線を年若い王子に返す。


「……して、そのほうらがレーヴェの魔術師か?」


 ユベール王が、王子王女の後方、ずっと跪いて頭を垂れていたエディリーンたちに目を向けた。


 エディリーンは内心おののく。


 聞いてない。国王の御前に出ることも、話を向けられることも。こんな時の作法なんて知らない。不興を買いでもしたらどうするのだ。

 エディリーンは事前の打ち合わせもなくこの場に連れて来られた時から、ずっと冷や汗をかいていた。態度には出さず、ひたすら床を見つめていたが、この状況で動揺せずにいられるほど、肝は据わっていなかった。アーネストとユリウス王子を後で締め上げてやろうと、密かに胸に誓ったのだった。


 だが、その心配はとりあえず杞憂に終わった。副院長が滑らかな所作で立ち上がり、国王に改めて頭を下げる。


「レーヴェの王立魔術研究院を代表して参りました。この事態は、我々も大変憂慮しております。必ずや、貴国の魔術師たちとも協力し、事態を打開する術を見つけてご覧に入れましょう」


 副院長は、四十前後の優男だった。厳格な印象の長とは対照的に、いつも穏やかな笑みを浮かべ、落ち着いた物腰で周囲に対応している印象だった。

 エディリーンは副院長が話す間、微動だにせず気配を殺していた。しかし、値踏みするような国王の視線をひしひしと感じる。


「……期待している」


 それで、ひとまず会見は終わった。

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