#11
王立魔術研究院の女子寮のあたりから、どおん、という爆発音が轟き、黒煙と土煙がもうもうと上がった。
「一体何事です!?」
寮の管理人が、血相を変えて飛び出してくる。音は、寮の裏手あたり、普段はあまり人気のない方から聞こえた。
駆けつけた彼女が目にしたのは、焚き火の跡程度に黒く焼け焦げた地面と、それを囲む三人の女子院生の姿だった。
「お騒がせしてすみません。ちょっと実験をしていて……」
口元を隠して苦笑いを浮かべているのは、双子の姉妹の姉、ユーディトだった。妹のクラリッサも同じように微笑みながら、肩をすくめる。焦げ跡の前で顎に手を当てて、何やら考え込んでいる様子なのは、少し前に特例で入所してきた一風変わった少女、エディリーンだった。
「周りには被害が出ないようにしますので、どうかお許しください」
双子は揃って頭を下げる。管理人は状況を確認し、被害はとりあえず、焼け焦げた地面だけのようだということを見ると、
「本当に、あまり騒ぎを起こさないでくださいね」
そう言い置いて、戻っていった。彼女が表玄関の方に回ると、同じように音を聞きつけた教員や院生たちが集まっていた。男性陣は、女子寮の敷地内であるが故に、踏み込むことができずにいたが、何でもないから散った散ったと管理人に追い返された。
「……防音結界も張ればよかったか……」
人の気配が遠ざかった後、エディリーンが呟いたが、
「そういう問題ではないのでは……?」
そもそも、結界を張っていたとはいえ、危険な実験ではある。手近な研究院の敷地内で行ったのは、軽率かもしれなかった。
「街の外でやるべきだったか……」
移動が面倒だし、使える時間もより限られてしまうが、人の注目を集めてしまうよりはいいかもしれなかった。
「そもそも、エディリーン様は、無暗に魔術を使ってはいけないのでしょう?」
クラリッサが心配そうに言うが、
「そうしないための実験だって、言ったじゃないか」
今しがた彼女たちが行っていたのは、護符の実験だった。
紙にあらかじめ陣を描いて術式を込めておき、発動させたい時に最後の言霊と共にマナを込めれば、呪文詠唱や儀式なしで術を使えるというものだった。
言うだけなら簡単だが、言霊を介して精霊に力を借りるという魔術の性質上、その過程を省略するというのは、一朝一夕にできることではない。エディリーンが無詠唱で術を行使していたのが異常と言われるのも、このためだ。
札や道具に発動させた術を留めておく、お守りのようなものは既にあるが、それとは性質が少々異なった。今まで戦いで使っていた、例えば炎や風を起こしたり、水を操ったりする術を、発動一歩手前の状態で保存しておくというのは、また別の方法を模索する必要があった。今も、焚き火に火を点ける程度の炎を出す実験をしていたのだが、思いの外勢いが強く、爆発を起こしてしまったのである。念のため周囲に結界を張っていたので、大きな被害は出なかったが。
先日の事件の後、ベアトリクスと別れ、エディリーンとユーディトは王都に戻ってきた。
しかし、何も解決したわけではない。むしろ、問題が増えてしまった。エディリーンにとっては、だが。
ずっとどことなく体調に違和感があったのは、暴走しかけているマナのせいだった。それを制御する方法がない以上、魔術を使うのを控えるしかないというのはわかった。
だが、そう言われても戦いを避けられる保証はない。帝国の二人組の魔術師のこともある。こちらが避けようとしても、災いは向こうからやってくるだろう。そうなった時に、今までどおり戦えないのでは、心許ない。
だから、その時に備えて、戦闘に使える術を込めた札を作ろうとしているのだった。防御用の結界と、攻撃用の術をいくつか。慎重に札に術式を込めておくのであれば、マナの暴走は防げそうだった。しかし、なかなか上手くいかずに、悪戦苦闘しているところだった。
「今日はこれくらいにしませんか?」
「そうです。根を詰めすぎるのも、よくありません」
二人に言われて、エディリーンは空を仰いで、大きく息を吐く。
「……そうだな」
そろそろ日も暮れるし、夕食の時間だ。空の向こうが、うっすらと夕焼けに染まり始めている。エディリーンは地面を靴の底で擦って、焦げた地面を隠した。
戻って来てからというもの、休んでいた分の仕事や研究を熟さなくてはならず、それに加えてこの実験も行っていたので、ほぼ休みなく動き回っていた。きちんと休むことも必要だろう。
だが、忙しさにかまけて忘れていたが、自分は何故こんなことをしているのだろう。
魔術をまともに使えない自分は、ここにいるべきではないのではないかという疑問が頭をもたげる。このままの状態が続けば、宮廷魔術師になるのは難しいだろうし、ユリウス王子たちの期待する働きをすることもできないだろう。事によっては、お払い箱にされるかもしれない。
(……いや、それなら願ったり叶ったりじゃないか……)
宮廷の争いになど関わりたくはないし、早く元の生活に戻りたいと思っていたはずだ。心苦しく思う必要などない。
それなのに、今更そんな扱いをされるのは不愉快だと思った。
その時、寮の管理人が再び戻ってきた。
「エディリーンさん、お客様ですよ」
こんな時間に、一体誰だ。例のように、寮の談話室で待ってもらっているというので、エディリーンは疑問に思いつつもそちらに向かった。
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