#12
双子と別れて寮の談話室に向かうと、そこにいたのは、アーネストとシドだった。シドがここに来るのは、初めてのことだ。こんな時間に男二人が訪ねてきたとあっては、またあらぬ噂を立てられてしまうかも知れない。内心忌々しく思った。
シドはエディリーンを見ると、いつもの軽い調子で「よっ」と片手を上げる。対してアーネストは、どこか張り詰めた表情をしていた。
エディリーンが椅子に腰かけると、前置きを言う間も惜しいというように、アーネストが口を開く。
「何があったかはだいたい聞いた。大丈夫か?」
心配そうな顔をされたのが少し意外で、エディリーンは目を瞬いた。
「……問題ない」
しかし、顔には出すまいと表情を取り繕う。だが、それと同時に、疑問が湧き上がった。
まだ、今回起きたことは、彼らには話していなかったはずだ。シドには、手紙で王宮の書庫にエリオット・グレイスの研究資料や、古代魔術に関する文献がないか探してくれと頼んでいたが、それだけだ。向こうから会いに来るまで直接話をする機会がなかったというのもあるが、もし追い出されたりしたら癪だと思うと、報告が遅れてしまったのだ。
「誰に聞いた?」
エディリーンの指摘に、アーネストは一瞬決まりの悪そうな顔をした。
「……ユーディト嬢に」
二人は面識があったのだろうか。違和感を覚えたが、それを口にするより早く、アーネストが詰めよってくる。
「君こそ、どうしてすぐに報告してくれなかった?」
「……それは、悪かった」
その点は、エディリーンにも後ろめたさがあった。アーネストの視線を受け止め切れずに、エディリーンは目を逸らす。二人の間に、短い沈黙が降りた。
「まあまあ。時間もないし、さっさと本題に入ろうよ。……念のため、防音結界を張るよ」
そう言って、シドはぶつぶつと呪文を唱える。術が発動し、部屋を包んだのがわかった。
ここまでするには、いつもの様子見の雑談ではなく、何か重要な話があるのだろう。シドは居住まいを正すと、改めて口を開く。
「王宮の書庫に潜ってみたんだけどさ、古代魔術に関する目ぼしい資料は見当たらなかったよ。ただ、ちょっと気になることがあってさ。エリオット・グレイスは、ずっと熱心に魔術の探求を続けていた。その研究記録は、研究院の院生だった時から、宮廷魔術師になってからも、ずっと残っている。けど、亡くなる直前……半年間くらいかな? その間の痕跡が、ぱったり途絶えているんだ」
「たまたま残っていなかっただけじゃないのか? 記録に残すような成果が得られなかったとか」
言いながら、エディリーンはグレイス夫人から聞いた話を思い出そうとしたが、ある日遺体で帰ってきた、という以上のことは聞かなかった気がする。
「でも、それまでは毎日のように日誌――というか、日記のようなものが残っているんだよね。その日の天気とか、薬草の育ち具合とか、出先で食べた料理が美味かったとか、他愛のないことばかりだけど。まあ、王宮にいなかった期間もあるみたいだから、それは別として。それが突然、半年間も何も残っていないのは、どうも不自然だ。……なんだけど」
一旦言葉を切り、シドは懐を探る。
「その日誌の中から、こんなメモを見つけてさ」
シドが取り出したのは、古そうな黄ばんだ紙切れだった。無造作に破り取られたような跡があるそれは、どういう意図で残されていたのかはわからない。開いたそれには、古代語らしい文字の一文と、それを訳そうとしたらしい書き込みが残されていた。
その悪戦苦闘の結果、訳されていた言葉は。
「――『我々は、人工的に精霊を造り出し、これを使役する術を確立した』……」
精霊は、大地に遍くマナが凝縮し、意思と実体を持ったもの。それと意思疎通を図り、互いの力になるよう契約を交わす。そうなった精霊は、主に書物という媒体に収まり、人の元に留まる。アルティールもそうだ。だが、人工的に精霊を造り出すなど、聞いたことがない。
「遥か昔には、そういったことも可能だったというわけか……?」
アーネストが怪訝そうに唸る。
「これを見る限りはそう取れるね。で、もっと調べてみたんだけど、更におかしなことに、エリオットは、亡くなる直前、自身の助手を務めていた人間を、解雇している」
名前はフレッド・タッカー。平民出身で身寄りはなく、魔術研究院で優秀な成績を納めて、エリオットの助手として働いていたらしい。
どうして解雇されたのかは不明だが、一連の出来事の中には、何かが隠されているような気がしてならなかった。
「その人物の足取りはわかるか?」
エディリーンが顔を上げて尋ねるが、シドは首を横に振る。
「それが、さっぱり。二十年も前のことだからねえ、人に聞いて回るのにも限界があるし、俺たちもほんのガキだったから……。でも、これを見る限り、エリオットが古代魔術について、何か掴んでいた可能性は高いと思う。人工の精霊はともかく、今起きている精霊に関する事件を解決する手掛かりにはなるんじゃないかな。そうすれば、お嬢が宮廷魔術師になる道も開けて、ひとまず目的達成できるじゃん」
おどけた調子で言うシドだが、そう簡単に事が運ぶとは思えない。この紙切れから推測できるのは、古代語の一端を解読したということだけだ。これが何に続いていくのか、手掛かりは残されていない。
「なんだよー。元気出そうぜ、お嬢」
「別に、わたしはいつもどおりだ」
晴れない表情のエディリーンに対し、尚も軽い調子を崩さないシド。そんな彼を押しのけるようにして、アーネストが口を開いた。
「まあ、以上がこいつからの報告だ。大した話じゃなくて悪かった」
「えー。俺だって頑張って調べたのに、そりゃないだろ、旦那ぁ」
「具体的な解決策は何もないじゃないか。仮定の話ばかりしても仕方ないだろう」
言い合いを始めそうになった二人だが、エディリーンの冷めた視線に気付いて、アーネストはきまり悪そうに軽く咳払いをした。
「話は変わって悪いが、俺からは別件で用がある。近々、ユリウス殿下とシャルロッテ様が、揃ってエグレットの国王陛下に謁見されることになった。そこで、今回も護衛として同行してもらいたいんだが……」
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