#6
その後ろに、やや遅れて同じくらいの年頃の少女が、息を切らせながらついてくる。
「こっちの方に出かけてるって聞いたから。そちらは、変わりないですか?」
近くの村の住人には、しばらく出かけると言い置いてきたから、おそらくそちらで聞いたのだろう。
「ああ。お前も元気そうだな」
慣れない集団生活に苦労しているのではないかと思っていたが、元気そうな顔を見て安堵を覚えた。しかし、数か月振りに会ったわけだが、里心で会いに来たわけではあるまい。自分でも意外なほど緩みそうになる頬を引き締める。
「そちらは?」
ベアトリクスは、追いついてきて息を整えている少女に目を向けた。
「ああ、研究院で一緒の……」
「ユーディト・エルマンと申します。お会いできて嬉しいです」
ユーディトは疲れた様子ながらも、折り目正しくベアトリクスに礼を取った。育ちの良さがうかがえる所作だった。動きやすいように長い髪を一つに束ね、平民が着るような簡素なシャツとズボンを身に着けているが、着慣れてない様子がありありとわかった。服に着られているといった風情だ。
書物ばかり漁っていたエディリーンだが、やはりそれでは埒が明かないという結論に落ち着き、他の院生が戻ってきた頃合いを見計らって仕事を押し付け返し、外に出てきたのだった。魔術の師匠であるベアトリクスに話を聞きたいというのもあった。
エディリーンは一人で来るつもりだったのだが、双子の姉妹が心配だからついて行くと言ってきかなかったのだ。最終的にユーディトだけが同行し、クラリッサは留守番という形に落ち着いた。研究院にクラリッサを一人で残していくのも心配だったが、エディリーンが留守の間、あちらの動きに注意してくれるということだった。
「ベアトリクスだ。こいつが失礼なことをしていないか?」
ベアトリクスは、礼儀正しく育ちもよさそうな少女と、能力的には優秀だが、一般的な女性とはかけ離れたものに育ってしまった弟子とを見比べる。
正直に言って、王都の研究院に行けるような階級の子女たちとこの弟子が上手くやっていけるとは思っていなかったのだが、エディリーンがわざわざ連れてきたということは、悪い関係ではないのだろう。この二人も、嫌々連れて来られたようには見えないし、そんなことをするくらいならこの弟子は迅速に単独行動を選ぶはずだ。
エディリーンはちょっぴり顔をしかめ、ユーディトはふるふると首を横に振る。
「とんでもないです。とてもよくしていただいておりますわ」
そうか、とベアトリクスは頷いて、にやにやとエディリーンを見遣る。
エディリーンはそんな彼女たちを見て、何やらむずがゆいような、面映ゆいような感情を覚えていた。
「で? わざわざ遊びに来たわけではないだろう。そちらでは何か掴んでいるのか」
お互いここにいるのは、この異変に対処するためだということは、言わなくても想像がついた
挨拶もそこそこに、彼女たちは情報交換を始める。
「……なるほど、帝国の人間と思われる魔術師が、ねえ……」
腕を組んでエディリーンの話を聞いていたベアトリクスは、難しそうな顔をして唸る。
「しかし、それはわたしに話していい情報なのか?」
エディリーンは今や、政治に片足を突っ込んでいる。師弟関係と言えど、迂闊に内部情報を話していい相手ではない。それがわからないような弟子ではないはずだが、とベアトリクスは弟子に咎めるような視線を向ける。すると、エディリーンは不愉快そうに眉をひそめた。
「わたしも始めは、ユリウス王子たちに口止めされていました。でも、どこかから漏れて、研究院の院生にも知れ渡っています」
エディリーンは忌々しげに歯噛みする。
口の軽い愚か者がいるのか、意図的に話を広めたのか。どちらにせよ、第一王子側の人間には違いなかった。あの魔術師たちが帝国の人間だという証拠は今のところないが、同盟国の王女の訪問中に襲撃を受けたとなれば、ユリウス王子の責任を問われかねない。そして、まだ漏れていないようだが、件の襲撃者たちがエディリーンを知っているらしいことがわかれば、これもいらぬ憶測を招いてしまうだろう。
しかし、ベアトリクスはそれらの話には、ほう、とかふむ、とか適当な相槌を打つだけで流してしまう。
「お前の立場には同情するがな。今は、この事象をどうにかする方が先だ」
ベアトリクスならそう言うだろうと思っていたが、慣れない政治的なあれこれを相談する機会を封じられた気がして、少し寂しく思った。……いや、師匠だからと言って、政治に関わることを気軽に話すことなどできないのだけれど。
「わかっています。……師匠は、今回のこれ、どう思いますか」
「マナの流れが乱れている。表面に見える事象はそれだけだが、それが人為的に引き起こされたものなら……厄介なことだな」
不意に、周囲の空気が一段冷たくなった気がした。木々や水面が、ざわざわと揺れる。
「精霊の怒りは……簡単には収まらんぞ」
水面が泡立ち、彼女たちに襲いかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます