#5
王都でそのような動きがある中でも、各地でマナの流れが乱れたことによるものと思われる被害が相次いでいた。
エディリーンの魔術の師匠、ベアトリクスも、その対処に当たっていた。王都の魔術師でなくても、各地の異変には気が付いていた。
隠者のような生活を送る魔術たちの間にも、独自の情報網はある。あちこちでおかしなことが起きているらしいという話は、彼らの耳にも比較的早くに届いていた。
黒い影のようなものを見た、それに襲われたという周辺住民の話に始まったが、それは次第に些細な問題となっていった。
その黒い影のようなものは、時間が経てば霧散していくものが多かった。それの正体が掴めないことも不気味だったが、問題はその後だった。
それが目撃された場所の近くでは、作物の育ちが悪くなったり、井戸や川の水が少なくなったりと、生活に影響が出るような話が聞かれるようになった。住民にとっては、そのことの方が大問題だった。
相談のあった農村の周辺をうろうろと歩き、近くの河川を上流へ向かいながら、ベアトリクスはううむと唸る。
彼女は、自身の住処から南に下った農村の近くに来ていた。畑に水を引いている河川の水が干上がりかけているという相談を受けて、調査に来ていたのだ。種蒔きを終えたこの時期に、大地の恵みが得られないとなれば、大惨事になる。
「……これは、けったいなことだな……」
川の水嵩は、明らかに常時より少なかった。水源は、湧き出た地下水脈が小さな湖のようになって、そこから川となって平地に下っていくようになっている。しかし、周囲の草木もしおれかけており、森をかき分けて上流に近付くにつれて、その異様さが濃く映る。
大地を巡る気脈――龍脈に、異変が生じていた。マナが、枯渇している。この川の水が少ないことも、それが原因だと思われた。
龍脈は、人の身体で言えば、全身を巡る血管のようなもの。そこを、この世に遍く力であるマナが巡っている。そこに異変が起きるということは、血管が詰まったり、出血を起こしたりしているようなものだった。
そうすると、どうなるか。それは、地表に様々な形で現れる。例えば明確な原因が見当たらないのに、畑が不作になったり、川の水が減少したり。あるいは日照りや長雨などの災害として現れ、人々を苦しめる。更に、その周辺に住む住民の間に、ちょっとしたいざこざや犯罪が増える傾向も見られた。生活がうまくいかないことで鬱屈が溜まるのか、マナの乱れが人身も乱すのか、正確なところはわからなかったが。
ただ、人の身体が常に健康でいられるわけではないように、龍脈にも全く異常が起きないわけではない。その時に、何か手を打つべきか見定めるのも、魔術師の役目だった。
世界は全体で均衡を保っており、一か所で多少不都合なことが起きても、そこに下手に力を加えれば、別のところに不具合が生じるかもしれない。それが、人体と違って難しいところだった。それは、あるいはこの世界を人の手でどうにかしようということ自体がおこがましいということの証左かもしれなかった。
しかし、今回のこれは、明らかに様子がおかしかった。国中、あちこちで頻発しているという報告がある。問題は、それがどうして起きているのかということだった。
こういう時、一昔前なら宮廷魔術師が動いたものだった。だが今、宮廷魔術師は空席。王立魔術研究院の見習いどもがうろちょろしているらしいが、ベアトリクスに言わせれば、温室育ちの都会のお坊ちゃんたちに何ができる、というところだった。
けれど、あそこには今、苦労して育てた弟子がいる。何か役に立つ情報を持っているかもしれない。
(連絡を取ってみるか……)
手の届く範囲でだけで対処を施したとしても、全体の解決にはならない。まして、範囲が広すぎる。向こうが何か情報を持っているなら、知る必要がある。
ついでに、様子を見てやろうと思った。あの馬鹿弟子は、ああ見えて寂しがり屋なところがあるから。
そんなことを考えていたら、
「あ、師匠!」
その弟子の声が聞こえた。聞き間違えるはずはない。この世に自分を師匠と呼ぶのは、一人しかいない。
見間違えようのない、少年のような出で立ちの娘が、斜面を登ってくる。急いで来たのか息を弾ませて、それでいて顔には心なしか嬉しそうな色が広がっていた。
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