#7

 グラナトの領主の館までは、滞りなく着くことができた。一行は領主に迎えられ、一時休息を得る。ここで一晩世話になった後、王都へ向かう予定だ。

 用意された客間で一息つき、馬の世話をした後、エディリーンは一人で屋敷の周囲を見回っていた。確かめたいことがあったのだ。

 地面に手のひらを当て、大地のマナの流れを確かめる。それと、図書館で古い資料を漁って見つけた図面のようなものを照らし合わせていた。

 屋敷の裏手に回り、周囲に人がいないのを確かめて、エディリーンはくるりと後ろを振り返る。


「何か用か? さっきからこそこそつけてきて」


 鋭く声を投げると、意外にも素直に、角の向こうから人影が姿を現した。


「……非礼はお詫びします。実は、あなたにお願いしたいことがあるのです」


 現れたのは、護衛として同行してきた、近衛騎士団所属の少年だった。アーネストと妙な雰囲気だった彼だ。


「申し遅れました。わたしはクロード・エインズワースと申します。このようなところで不躾とは思いますが、剣の手合わせをお願いできませんでしょうか」


 それを聞いたエディリーンは、眉を寄せて首を傾げる。

 エインズワースというのは、奴と同じ家名のはずだ。親戚か何かなのか。それにしても、お互い牽制するような態度を取っていたのはどういうわけだ。

 疑問は色々あるが、一番は剣の手合わせをしたいというのはどうしてだ、ということだった。


「どうかお願いします」


 しかし、ひたとこちらを見据える少年の瞳は真剣そのもので、何か思い詰めているようにも見える。


「……どうしてわたしに?」


 あれこれ聞くのも面倒なので、一言だけ疑問をぶつけると、


「あなたなら、わたしに手加減をする理由がないから」


 ますます首を傾げるエディリーンだが、少年は至極真面目な様子だった。何か企みがあるようには感じられない。

 あれこれと問答するのも面倒だと思ったエディリーンは、


「あまり時間はかけないぞ」


 素っ気なくそう答える。しかし、少年はぱっと嬉しそうな表情を浮かべたのだった。

 けれど、互いに佩刀しているが、ここには練習用の木剣はない。


「構いません。どうか、全力でお相手をしていただきたく」


 向こうがそう言うのであればいいだろうと、エディリーンは剣を抜く。少年もそれに倣い、少し距離を取って構えた。

 命を懸けた決闘ではないのだから、狙うのは剣のみだ。

 少年は鋭く斬り込んでくる。しかし、エディリーンはそれを難なく受け止めた。すかさず刃を返し、少年の剣を絡め取ろうとする。

 少年の太刀筋も悪くはなかった。だが、エディリーンとは速さと技量、何より実戦経験が違う。何合か打ち合って、エディリーンは少年の剣をその手から叩き落とした。

 少年は上がった呼吸を整えながら、剣を拾って鞘に収めた。


「……わがままを聞いていただき、ありがとうございました」


 そして頭を下げて、俯いたまま独り言のように呟く。


「やはり、あなたを負かした兄上が、僕に負けるはずなんてないんです。それなのに、どうして……」


 悔しそうなその理由は、今しがたエディリーンに負けたからではなさそうだ。一体何なのだとエディリーンが苛立ち始めたところ、


「エディ!」


 少年の後ろから、アーネストが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 アーネストは二人の間に割って入ると、厳しい顔を少年に向ける。


「クロード。彼女に何かしたのか?」


 少年は先程の悄然とした様子を隠して、アーネストと睨み合っている。


「別に何もない。ちょっと話をしてただけだ。わたしはやることがあるから、もう行くぞ」


 まったく、彼らに何があるのかは知らないが、無関係なこちらを巻き込まないでほしい。エディリーンは憮然として踵を返すと、本来の目的を再開しようと早足で歩き出す。


「エディリーン!」


 アーネストは一瞬だけ少年に困ったような視線を向けると、エディリーンの後を追った。

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