#6
「わざわざのお出迎え、痛み入ります」
約束の日、予定通りにレーヴェの北側の関所で落ち合ったシャルロッテは、ドレスの裾をつまんで、優雅な仕草で膝を折り、ふわりと微笑んだ。
シャルロッテ姫は、ふわふわと波打つ柔らかそうな亜麻色の髪、色白の小さな顔に収まったすっきりとした鼻筋に花弁のような唇、ぱっちりした二重瞼に縁取られた若草色の瞳を持つ、絵に描いたような可愛らしい姫君だった。
姫の瞳と同じく緑色を基調にした、くるぶしが見えるくらいのスカート丈の旅行用のドレスは、装飾が少なく、王宮で貴婦人たちが着ているドレスよりは動きやすそうに作られているようだった。白いレースの襟と、胸元の大きなリボンが特徴で、彼女の愛らしさを引き立てている。
やって来たエグレットからの一行は、シャルロッテを乗せた馬車と、彼女の身の回りの世話をする侍女、そしてその警護をする騎士たち、総勢で十人ほどの、小規模な編成だった。本当に王族の一行かと、拍子抜けするくらいだ。しかし、馬車を降り、先頭に立ってレーヴェの迎えに挨拶をした様子は離れしていて、そういう種類の人間なのだということをうかがわせる。
「遠いところをよく来た。長旅で疲れただろう。今日はこの先の領主の屋敷で休ませてもらえるように手配してある。もう少し馬車に揺られることになるが、辛抱してくれ」
シャルロッテは、ユリウスの姿を認めると、頬を薔薇色に染め、余所行きの微笑ではなく、隠していても滲み出る嬉しさを湛えた笑顔を浮かべた。
「お久しゅうございます、ユリウス様。突然の訪問にも関わらず、こうして歓迎してくださること、心より感謝申し上げます」
レーヴェからの迎えの一行は、ユリウス王子が率いていた。自らの婚約者の訪問ともあれば当然だろうが、こちらも人数は多くない。近衛騎士であるアーネストと、魔術師対策のエディリーンの他に、王都を守る近衛騎士団から選りすぐられた腕の立つ騎士たちが三人、それから魔術研究院からも魔術師がもう一人の合計七人。要人の出迎えとしては少ないが、あまり目立って周りから何かあると思われるのもよくないので、これくらいが妥協点だった。
近衛騎士団からの護衛の中の一人に、エディリーンは見覚えがあった。確か、先日王都で開かれた、騎士たちの親善試合で見た。エディリーンは戦っていないが、決勝戦でアーネストの相手だった少年だ。
彼はエディリーンよりも二、三年下に見えた。表情や顔立ちはまだ幼さが垣間見え、逞しい男という感じには程遠い。手足は棒切れのようで、まだまだ発達途中に見える。あの時も、剣技はまずまずのようだが、アーネストがこんな年下の少年に負けるのかと思ったものだった。
それにしても、その二人の様子が何やら妙だった。出発時、護衛の面子と顔を合わせた時、アーネストは一瞬だけ困惑や驚きが入り混じったような顔を見せたし、少年の方は事あるごとに、睨むような、何か言いたそうな視線をアーネストに向けている。しかし、形式的な挨拶を済ませた後、二人は言葉を交わすようなことはなく、黙々と任務に就いていた。
ユリウスが手を差し出すと、シャルロッテは自分の手をそれに重ねる。そして、二人はレーヴェが用意した馬車に共に乗り込んだ。
騎士たちはその前後左右に展開し、周囲に目を走らせながら進む。半時ほど走れば、国境に一番近い街、グラナトに着く。
南側の国境が山と森が多くて見通しが悪いのに対し、こちら側は穏やかな平原が続く。奇襲には向いていない地形だが、騎乗して王子と王女の乗る馬車の横に付いたエディリーンは、周りを警戒しつつ、馬車の中の様子を横目にうかがう。
何を話しているのかまではわからないが、ユリウスとシャルロッテは、にこやかに笑みを交わしながら、会話に花を咲かせているようだ。王族や貴族の結婚というものは、愛のない政略結婚がほとんどだろうが、二人は仲が良さそうに見える。
アーネストは馬車を挟んで反対側に付き、後ろをエグレットの騎士たち、前をレーヴェの騎士たちがそれぞれ守っている。アーネストは唇を引き結び、時折あの少年の後ろ姿を厳しい目で見つめている。一体何があるのか知らないが、警備に支障が出るようなら殴ってもいいだろうかと、エディリーンは物騒なことを考える。
そして、エディリーンには警備に支障が出るなら殴る――いや、斬り捨てても構わないかと考える相手が、この場にいた。研究院で同じ研究室に所属している、ニコルだった。
どうして彼がここにいるのかは不明だが、この場の責任者であるユリウスなら知っているはずだ。どういうつもりであの男を護衛の人員に入れたのか、折を見て問い質さねばならないと思った。
しかし、護衛の役に立つのか。もし賊にでも襲撃され、自分の身も守れないようであれば、容赦なく見捨てようと、エディリーンは決めた。
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