#5
「来週、同盟国の要人がレーヴェを訪問することになった。その護衛を頼みたい」
「……なんでわたしが?」
二人が会っているのは、いつもと同じく寮の談話室だ。管理人が用意してくれたお茶をすすり、アーネストが持参した菓子をつまみながらのことだったが、話の内容はこれまでより深刻だった。
「例の二人組は、まだ捕まっていないだろう。彼らの目的は未だ不明だが、万が一襲われでもしたら、頼れるのは君しかいない。負担をかけてすまないが、同行してもらえないだろうか」
そういうことなら、断る理由はない。少し前だったら、どうして自分がそんなことをしなければならないのだと渋ったかもしれないが、今はどうあっても奴らを捕まえなければならない。彼らがその要人を襲撃してくるとは限らないが、少しでも近付く機会が得られるのなら、願ったり叶ったりだ。
「でも、誰が来るんだ?」
訝しげに言うエディリーンに、アーネストは声を一層低める。
「エグレットの王女、シャルロッテ様――ユリウス殿下のご婚約者だ」
エグレットは、レーヴェの北側に位置する国だ。大陸の北側には小規模な国がいくつかあり、それらは同盟を組んで、共に帝国の脅威に対抗しようとしている。エグレットも、その同盟国の一つだった。
現在、帝国と国境を接しているのは、同盟国の中で一番南に位置するレーヴェで、度々帝国の侵攻を受けている。これまでレーヴェが国土を守ることができていたのは、地形を活かした戦術が使えることと、よく訓練された騎士たちがいることもさることながら、同盟国から援助を受けられることも大きい。エグレットを始めとする同盟国は、戦費や物資をレーヴェに供給してきたのだ。
記憶を手繰れば、確か以前、ユリウス王子と同盟国の王女との婚約が調いつつあると聞いた気がする。正式な発表はまだだと言っていたはずだが。
「へえ、ついに正式発表になるわけ?」
おめでと、といかにも興味のないふうに言ってから、それならお祭り騒ぎになるのかと呑気に考えたエディリーンだが、アーネストは困ったように顎に手を当てる。
「いや、それについては、まだ調整中だ。先方も今回は非公式の私的な訪問だから、物々しい護衛は必要ないと言ってきている。けれど、それならこの時期に、一体何のための訪問なのか……」
アーネストは難しい顔で思案に暮れているようだが、エディリーンはどこか他人事のようにその顔を眺めていた。自分はいずれここを去る身で、身分も仮初めのものだ。本来ならば、王子王女どころか、貴族にだって縁のないはずの人生なのだ。だから、契約上、乞われれば力を貸すが、深入りはしない。
「まあ、わたしには政治的なことはわからないから、そっちの心配は任せる」
しかし、こう度々研究院を抜け出していては、やるべきことが溜まってしまっていることも事実だった。毎日の当番の他に、期間内に提出しなければいけない課題などもあるのだ。当番は調整してくれると言っていたが、そちらは自分で解決する必要がある。
ユーディトとクラリッサは何も言わないが、おそらく当番の大部分は彼女たちに代わってもらっているのだろうと思う。院長は事情を知っているから、最終的には課題も何とかなるのかもしれないが、それに甘えるのは気が引ける。
そこまで考えて、そもそもここでの生活も、帝国からの「エディリーンの身柄を引き渡せ」という要求を逸らすための偽装だということを思い出す。何も頑張る必要などないし、もし何か結果を残したとしても、最後にはなかったことになるのだ。必要がなくなったら死んだことにでもしてもらって、元の放浪生活に戻る予定なのだから。――でも、必要がなくなる時っていつだ?
そんなとりとめのない思考に陥ってしまい、何なら少し胸がちくりと痛んだりもして、そのことに自分で戸惑いを覚えてしまう。こんな気持ちになる必要などないのに。
けれど、ああ、でも後でユーディトとクラリッサには、きちんとお礼と埋め合わせをしようと決めて、ずるずると妙な方向に引きずられそうになる考えに無理矢理幕を下ろすのだった。
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