第一章 再びの、邂逅

#1

 この道を通るのは、これで二度目だ。記憶を頼りに、太陽の位置で方角を確かめながら進んでいく。足場の悪い獣道は馬では進めないが、徒歩でも特に問題はない。

 あの時とは違い、命を狙われる心配もなく、快適な――整備されていない獣道を通ることを、命の危険がないだけで快適と言っていいのかはわからないが――旅だった。


 やがて、視界を霧に遮られる。しかし、一歩足を進める毎に霧は晴れ、見覚えのある木造の小さな家が、目の前に現れた。

 年季の入ったドアを軽くノックすると、間を置かずに中から返事があった。


「開いてるぞ。入るといい」


 低めの女の声がして、言われた通り、鍵はかかっておらず、取っ手を回すと小さくきしんで、扉は開いた。

 失礼します、と断りながら中に入る。

 入ってすぐに土間があって、壁際にはかまどが設置されている。薬草の独特な匂いが鼻をついた。靴底を軽く土間の床にこすりつけて泥を落とし、板張りの室内に上がる。部屋の中はごちゃごちゃと家具やものが置かれ、実際よりも狭く感じられた。


「お久しぶりです、ベアトリクス殿。その後、いかがですか?」


 淡い金色の髪に翆玉の瞳を持つ貴公子然とした男は、中にいた初老の女性に頭を下げる。

 身分的にはこちらは貴族、相手は平民だが、そんなものに関係なく、アーネストは彼女に敬意を払っていた。

 部屋の中央を占拠するように置かれたどっしりしたテーブルには、分厚い本や薬草、すり鉢や何かの液体が入った瓶などが雑多に置かれていた。

 その前に座った初老の女性は、薬草をすり潰したり混ぜたりと、手元の作業を続けながら、アーネストにちらと視線をくれた。


「もう問題ない」


 この通りだ、と軽く笑って、ベアトリクスは腕を回して見せる。

 最初に会った時、彼女も自分も負傷していて、お世辞にも礼に適った出会いとは言えなかった。あの後、この人にまみえる機会はなかったし、ないだろうとも思っていたのだが、こうして回復したのを確認できてほっとした。


「突っ立ってないで、適当に座れ」


 この家に応接間などという気の利いたものはないようだ。アーネストはテーブルにあまりものが乗っていないところを見つけ、傍らの椅子に腰かけさせてもらう。

 ベアトリクスは手を止め、アーネストの前に置かれていた雑多なものたちを適当に横に寄せた。

 そして、自分の座っていた椅子をアーネストの前に移動させると、


「あの娘なら逃げたぞ」


 アーネストが用件を口にする前に、口火を切った。


「逃げた?」


 思わず間抜けな声でオウム返しをしてしまったアーネストだった。


「ああ。お前さんが来るのがんでな。〝また何か厄介ごとを持ってきたに違いない〞と言ってなあ」

「……そうですか……」


 確かに厄介ごとには違いないが、何も逃げることはないだろうと肩を落とす。

 そんなアーネストを見て、ベアトリクスはけらけらとおかしそうに笑った。


「冗談だ」

「は……?」


 目を丸くしたアーネストを見て、ベアトリクスは今度は盛大に吹き出した。


「お前さんも面白い奴だな。貴族連中なんぞ、固くて面白みのない奴らばかりだと思っていたが」


 笑いを収めたベアトリクスは、アーネストに向き直る。


「それで、王子の近衛騎士がまたこんな辺鄙なところにやってくるとは、なんだ、急ぎの用か?」


 アーネストはこの国の第二王子、ユリウスの近衛騎士。対してベアトリクスは名のある魔術師とはいえ、平民である。通常なら接点などあるはずのない二人だったが、先日の事件をきっかけに、彼女の弟子と共に顔見知りになっている。今回も、弟子の少女の方に用があったのだが。


「ええ。実は……」


 虚を突かれたアーネストは気を取り直し、今回の来訪の目的を説明しようとする。

 その時、コツコツとガラスを叩くような音がした。窓の方を見やると、薄灰色の鳩が、その小さなくちばしで窓をつついていた。

ベアトリクスは大儀そうに立ち上がると、窓を開け、鳩を中に入れてやる。

 鳩の足には、小さな紙片が結び付けられていた。


「それは……?」


 噂をすれば影、というものかと一瞬期待したが、そうではないらしい。

 ベアトリクスは紙片を開いて中身を一読すると、眉根を寄せて厳しい顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る