第5話 風の音1-5

アルフに与えられた部屋の外、中庭に流れる水の音と小鳥の声。

明るい陽射しが薄いカーテンからもれ、そげた頬の産毛が風を感じる。

しばらくぶりに湯を使い体を清め、薬湯のせいもあってかうとうととしだした。


最近何度も感じた、額や髪をなでる指。

独特の匂いがしたはずなのだが、今日は感じない。

セルレアが何か話している。前は緊張した声だったが今日は穏やかだった。


「昼下がり、あの人が来ていました」

暗くなってから目覚めたアルフに、セルレアは軽い食事を出しながら小さく言った。

「レオンです、ああ、レオン、殿下」

呼称をどうしたら良いかわからず、また本人がそれに頓着しない為、屋敷に残された20人ほどのミストリアの人々と「殿下」と呼ぶことにしたらしい。

そのミストリア人達の中で、セルレアが一番都の中心近くに暮らしていた事と、年長者であった故に、皆セルレアを頼り、彼の言葉に従おうとしていた。


北の民は粗野で野蛮で残忍で、教養もなく…と思っていた。当たっている部分もあるが全員がそうではなく、レオンがある程度の、ミストリア的な「常識」があると感じたらしい。

まずは生き残る事を考え、この屋敷に入った北の民を怒らせないよう、大人しく立ち回ろうとしていた。そして、アルフの所属していた舞踏団を含む王立芸術院の人々の行方やその現在、王宮から亡き王の六の姫が逃げ出せたのではないか…との情報をひそかに共有していた。


「レオン殿のお小姓…なんというのですか、副官殿、御用承り…でしょうか、ガラムという男が気のいい者で、何かと聞いています」

食事や衣装の事もガラムが気をまわしているのだと教えてくれた。


ガラム自身もミストリアの事が気になるらしく、食べ物をはじめ衣装の事、立ち振る舞い、言葉遣いなどをセルレアから教わっていた。

レオンとは違いニコニコとした彼はミストリアの衣装が気に入ったらしく、北の民独特の獣の皮や鳥の羽の飾り使いの衣装をやめ、軽くて体にふわりとした美しい布のものに替えていた。それをレオンにも勧め、彼はしぶしぶだがそれに従ったらしい。

大体、革のものを着るほどミストリアは寒くはない。

獣臭いのが収まったと、セルレアやミストリアの者たちは安堵していた。



「お薬も、はい、飲んで」

程よく温かい。セルレアが気にしてくれているのだろう。

飲むことはあまり気乗りしなかったが、その心遣いと亡き恋人の残した言葉を思い、ゆるゆる口にした。


床におり、少し体を動かしてみる。

熱と食事をとっていなかった事、乱れた心に体は思うように動かない。

再び踊れるようになるのか、踊る機会があるのか、なによりそれが許される状態なのか。

アルフにもセルレアにもわからなかった。

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千の塔に吹き抜ける風 泉城まう @mau_izuki

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