終章

葉加瀬羽風の研究レポート⑥

 藍野あいのロジー。


 わたしが好きになった女だ。


 まあわたしも女なんだが……今は自由の時代だからね。何を好きになったっていい。


 ちなみにわたしは葉加瀬羽風はかせ はかぜという。超天才科学者の美女だ。いわば、葉加瀬博士というわけなのだよ。なんとも滑稽だろう、わたしは嫌いじゃない。


 ああそんなことより、藍野ロジーについて記そう。わたしとロジーは、ともに仲睦まじく暮らしている。わたしは家のことがまるでできないので、ロジーにほとんどの家事をしてもらっている。たまにはわたしも手伝いをするが、ほとんどダメだしを食らうことが多い。まだまだロジーの元で鍛えてもらわないといけなさそうだ。大変だが、ロジーを見ていると疲れも吹っ飛んでしまう。特に、洗い物をしているときの後ろ姿が好きだ。あの尻を見てみろ。あれは最高傑作だ。


 ――じゃなくって、違う。わたしはそんなことを記録していくわけではない。記録なんて、もう必要ないんだ。


 これが最後のレポートになる。


 藍野ロジー。初めは、わたしの姉である葉加瀬晴風はかせ はるかぜがモデルだった。


 わたしの弱さが生み出した、アンドロイドだった。


 だけど、わたしは思い出したんだ。姉の言葉を。わたしは現実と向き合うことを決め、そのアンドロイドを藍野ロジーと名付けた。


 最初はただの家政婦アンドロイドとして使っていく予定だった。だが、ロジーと交流するうちに、アンドロイドとしてではなく、一人の人として、わたしは惹かれてしまったのだ。


 実に不思議なものだ。きっと、周りから見たら笑われるに決まっている。まあ、周りになんと思われようが、わたしには関係ないがな。


 わたしはわたしの想いを貫きとおす。


 ともに過ごす期間、それはいろいろあった。

 その中で、ロジーは心を手に入れた。これは、本当に驚くべきことだ。そして、わたしにとって、とても喜ばしいことだった。


 わたしの想いが伝えられる。ロジーの想いを聞くことができる。


 わたしは改めて、勇気を出して伝えることにした。ロジーに対する想いを、わたしの心を。


 だが、少し不安だった。ロジーはわたしのことをどう思っているのかを知るのが、少し怖かった。


 心を持って、嫌だと思っているかもしれない。

 ロジーは、わたしに好意を抱いていないのかもしれない。

 ロジーは、わたしと違う想いなのかもしれない。


 考えれば考えるほど、言葉に詰まる。だから、わたしはもう考えるのをやめた。ただ真っ直ぐに、ロジーに想いを伝えると覚悟を決めたのだ。


 それがどんな結果になろうとも、わたしは、堂々と伝えよう。

 わたしの心は変わらない、たったひとつのものなのだから。


 いつものように家事をしているロジーに声をかけた。

 ロジーは手を止め、わたしに歩み寄る。

 わたしは息を大きく吸って、そして、言う。


 「ロジー。君のことが好きだ。君は、わたしのことが好きかい?」


 ロジーは目を見開いて、それから一度目を逸らして、再びわたしを見つめた。


 緊迫する空気の中、わたしは唾を飲み込んだ。

 やがて、ロジーは口を開く。


「……ええ。もちろん愛しています。――そのように、博士にプログラムされましたから」


 ロジーはわたしの手を握った。カチン、とお互いの指輪の当たる音がした。

 わたしたちは額を合わせ、体温を確かめ合う。


「わたしに心を教えてくれて、ありがとうございます。博士」

「こちらこそ。わたしを愛してくれて、ありがとう、ロジー」


 どうかこれからも、二人ともに過ごしていこう。

 たくさんの思い出を、作っていこう。


 わたしは、葉加瀬羽風は。


 ――葉加瀬羽風は、藍野ロジーに愛を誓う。

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【完結済】葉加瀬羽風は藍野ロジーに好かれたい。 みおゆ @mioyu_k

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