想いはつながる

「それにしても一時はどうなることかと思ったぜ」


 車を走らせながら、羽風はかぜは言う。


「ロジーも、簡単に捕まっちまうんだから」

「申し訳ありません。突然信号が絶たれまして、意識を失ってしまいました。……あのときおそらく、外部から電流を流されて、強制的にシャットダウンさせられたのだと思います」

「むむー。そう聞くと怖いッスね。ウチがあのときトイレに行かなければ……」

「エリカ様は何も悪くありませんよ。……あ、でもわたし」


 ロジーは何かを思い出したように、後部座席にいるエリカを見た。


「……エリカ様、どうしましょう。わたし、アレを……」


 エリカは何か察したのか、「大丈夫ッスよ」と、あるものを取り出した――あのとき購入した、羽風へのプレゼントだ。


「……? なんだそれ」


 羽風はバックミラー越しに、それを見て聞いた。ロジーはエリカからそれを受け取って、答える。


「……これは、その……」


 説明しようとして、途端に緊張するロジー。それを見兼ねたエリカは、後ろから口を挟む。


「あ! 見てくださいッス! あれ!」


 エリカの指差す方向には、真っ青な空に大きな虹がかかっていた。


「先輩! せっかくだから写真撮るッス!」


 エリカがそう言うので、羽風は車を停め、三人は外へ出る。


「あそこいい感じッスね!」


 と、エリカは近くの公園へと走っていく。羽風とロジーもあとを追う。


 公園の中央には大きな山のような滑り台があり、エリカはそのテッペンへと猫のように素早く登っていく。


「ここいい眺めッスよ! 二人も来てくださいッス!」


 羽風はロジーの手を引きながら、頂上まで登り切った。


「キレイだな」


 虹を見ながら、羽風は言った。

 隣のロジーも頷いて答えた。

 不意に羽風は肩を小突かれ、小突いてきたエリカを見れば、アゴでロジーを指していた。意味を理解した羽風は、ロジーと向かい合う。


「……ロジー。改めてちゃんと話したいんだが」


 ロジーは羽風の言葉を受け、その場で座り直した。


「その……ロジーを作った理由についてだが、確かにあのときは、姉を失ったことを受け入れられなくて、姉の代わりを造ろうとした。だが、造ろうとしただけで、姉の代わりを完成させたわけじゃない。ただ、家政婦アンドロイドを造り上げただけに過ぎない――だが、それも今は違う。わたしにとって、その家政婦アンドロイドは家政婦アンドロイドではなく、藍野ロジーというひとつの人格として、尊敬している。今のわたしにとってロジーしかいないし、見えてない。姉はもう……大好きだった姉として、しっかり受け入れている」


 羽風は続ける。


「造った動機は最低なものだった……けど、ロジーと向き合ったときから、わたしはロジーのことをただの機械として見たことはない。同じ心を持った同じ人間だと、思いながら接してきた」


 ロジーの瞳が、一瞬輝いた。


「……だから、その……嫌な思いをさせて悪かった。だが、こんなわたしでよければ、これからもいっしょにいてほしい」


 羽風は言い終えると、右手を差し出した。

 ロジーはしばらくその手を見つめ、そして今度は羽風を見つめた。その顔は、不器用ながらも微笑んでいた。


「わたしのほうこそ、変な意地を張って、話も聞かずに飛び出してしまい……申し訳ありませんでした。わたしも、これからも、博士といっしょにいたいです」


 ロジーはそう話して、エリカと選んで買った羽風へのプレゼントを掴んだ。

 小さな箱を開け中身を取り出しながら、差し出されている羽風の右手を取った。

 ロジーは、慎重に――薬指に指輪を嵌めた。


「…………!」


 羽風は驚いた表情で指輪を見つめた。


「一日早いですが、誕生日プレゼントです。……実は、わたしとお揃いなんですよ」


 ロジーは話して、自分も同じ指輪を嵌めて見せた。


「……気に入って、くれましたか?」


 ロジーは問う。羽風は指輪をそっと撫で、ロジーと目を合わせた。


「当然だ。こんなにうれしいものはない」


 羽風は溢れんばかりの笑みで、言う。


「ありがとう。これは一生の宝物だ。大事にするよ」


 ロジーもようやく安心したように、今までにないくらい、自然で温かい笑顔を浮かべた。

 

 ――パシャリ。


 と、そんな二人の世界に、なんとも妙な音が割って入った。


「いや〜! 二人ともよかったッスね! バックの虹も入って、最高の瞬間が撮れましたッスよ! ちなみにこれ、インスタに上げていいッスか?」


 ――エリカがスマホで、二人の世界を激写したようだ。


「絶対にインスタはダメだ! っていうか勝手に撮るな! 見せろ!」


 羽風が掴みかかろうとすると、エリカは間をすり抜けて、滑り台を滑っていった。


「いい写真が手に入ったッス! サンキューッスよ! 特に先輩の緩みきった顔なんて最高ッスね!」


 エリカは笑いながらそう言った。

 羽風は「恥ずかしいから絶対消せ〜!」と言って、エリカを追いかけるように滑り台を滑っていった。エリカは笑いながら羽風から逃げていく。

 ロジーもそんな二人の様子を見て、笑った。


「……あ。わたしも変な顔で写ってしまっているかもしれません。わたしも、エリカ様を追いかけませんと」


 ロジーも初めての滑り台を滑っていき、エリカを追いかけた。


 公園内には、三人の楽しそうな声で満ち溢れていた。

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