想いはひとつに

「ロジー!!」

「ロジねぇ!!」


 無機質な部屋に、ひと筋の光が差し込んだ。

 羽風はかぜとエリカが、ついに誘拐犯である女性の元に追いついたのだ。


「っ!? アンタら、どうしてここに!? あの二人は何やってるのよ!」


 羽風とエリカの後ろから、ガタイのよい二人の男が顔を出した。


「すみません、ボス。でもこの人……」

「――いいわ! だってもう、全部終わってるんですもの」


 女性はロジーの前に立った。


〈――初めまして、マスター〉


 虚ろな目のロジーは、そう答える。


「ロジ姉……?」


 羽風は女性に詰め寄った。


「……初期化したのか?」

「ええ、そうよ。アンタが本来のマスターらしいけど、もう遅いわ! これはわたしがいただく!」


 女性はいやらしく口角を上げた。まるで勝ち誇ったとでもいうように。


「……今手を引けば、許してやるぞ」

「……はあ?」

「今、これまでしたことを謝って、手を引けば見逃してやると言ってるんだ」

「……な、何よ。ただのガキの癖に。偉そうなこと……」


 女性は言うと、男の一人が、女性のそばに行き、「本当に謝ったほうがいいッス」と耳打ちした。


「……なんでよ」


 もう一人の男も女性の横につき、こう言う。


「――彼女は、三水さみず会長の娘であり、三水グループの現代表取締役、三水羽風さみず はかぜ様です」

「……会長の娘? 待って、そんなの聞いたことないわ」


 羽風は営業スマイルをしながら、女性に名刺を渡した。そこには、『三水テクノロジー株式会社代表取締役社長三水羽風』と書かれていた。


「……三水会長に、娘がいたなんて聞いてない。社長も兼任してたはずでしょう?」

「それがな、実は元パパなんだよ。公にしていなかっただけで。……だから、表向きは会長も社長も同じ父か務めているけれど、わたしが大学を卒業したら、正式にわたしが代表を務めるって取り決めをしている」

「……な」


 女性は一歩退いた。


「まさか君が社内の人間仲間だったなんて……残念だよ。君のその仕事ぶりは会長にも期待されていたんだよ。なのに、他人のアイデアを盗み、独立して利益を得ようなんて考えるような小さな人間だったとは……ね」

「……っ!」

「――もう一度言う。今手を引けば、見逃してやる。そして、会長にも黙っておいてやる」


 女性のさっきまでの威勢はどこへやら、怯えた顔で震えている。


「今回の君の悪事がバレれば、どうなるかはわかるよな? ――クビだけじゃ済まされないぞ?」


 女性はすっかり脱力し、頭を床につけた。


「……も、申し訳ありませんでした」


 後ろの男二人組も、同じように土下座し、謝罪した。


「……二度とロジーに近づくな。わかったらさっさと仕事へ戻れ」


 女らは「はいぃ!!」と、逃げるようにその場をあとにした。


 女らが完全にいなくなったのを確認した羽風は、エリカとともにロジーの拘束を解く。

 変わらない表情のロジーは、羽風たちを見て、〈初めまして、マスター〉と繰り返した。


〈初めまして、マスター。わたしは家政婦アンドロイドH-H0213です〉


 ロジーは言う。

 そこに感情なんてものはなかった。


「……ロジ姉。違うッス! ロジ姉はロジ姉ッスよ!」


 エリカは声を上げた。


〈わたしの名前はロジネエでよろしいですか? あとから変更も可能です〉


 エリカは言葉を失い、ロジーを見つめた。

 羽風は、ロジーの肩を掴み、真っ直ぐ目を見つめた。


「……思い出してくれ、ロジー。お前の名前は藍野あいのロジー。コイツは澁谷しぶたにエリカ」


 エリカは祈るように胸の前で手を合わせた。


「……そして、わたしは葉加瀬羽風はかせ はかぜだ。わたしがロジーを作った」


 ロジーは羽風を見つめ返す。


〈葉加瀬羽風。あなたがマスターですね〉


 羽風は首を横に振る。


「思い出してくれ。わたしたちと過ごした日々を」


 エリカも続けて言う。


「最初は先輩の家で、ウチとロジ姉は出会って、友達になったッス」


 二人は、ロジーに語りかける。


「わたしとロジーで、ショッピングを楽しんだこともあっただろ?」


「三人で遊園地に遊びにでかけたたッス!」


「そのあと、今度はロジーがキャンプを企画してくれたんだ。ロジーはご飯を作りすぎて、ロジーの分まで食べるのが大変だったんだぞ」


「ロジ姉はウチのために、キャンプ場の絶好スポットへ案内してくれたッス! ウチを元気づけてくれた。ロジ姉はいい友達で……大好きな親友なンスよ!」


「なあロジー。頼むから思い出してくれ、わたしたちとの思い出を」


〈……思い出〉


 ロジーの瞳が、少し揺れた。


「……ああ。……それに、わたしはまだロジーに謝れていないんだ。そして、伝えられていないんだ」


〈…………〉


「お願いだ、ロジー」


 羽風はそのまま頭を下げた。ロジーの記憶が戻ってきてほしいと、ただただ願った。


 ――やはり、初期化されたら無理なのか?


 羽風がそう思ったそのときだった。


「……はかせ」


 羽風はゆっくりと顔を上げた。


「……博士。エリカ様」


 ロジーは二人の顔を交互に見て、微笑んだ。


「……わたしは、どうしてこんな大切なことを忘れてしまったんでしょう。大切な、二人のことを。……思い出を」


 二人の顔が、だんだんと明るい表情に変わってゆく。


「……ッ! ロジ姉〜!」


 エリカはロジーに抱きついた。羽風もロジーの肩を引き、三人で抱き寄せあった。


「このままロジ姉がいなくなるかと思って怖かったッスよ〜! もう!」

「エリカ様、少々苦しいです。……博士も」

「…………すまん。不安だったんだ」


 無事にロジーを取り戻し、再会できた三人は、羽風の車へ戻った。

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