さようなら

 静かな駐車場内に、突如電子音が響く。

 ロジーを運ぶ男性二人はその音に警戒する。すぐに、その音がロジーの腰辺りからなっていることに気づいた。


「わたしが見るわ」


 男二人の背後からそう声をかけたのは、サングラスを掛けた女性。女性はロジーの衣服のポケットに手を入れ、音の根源を取り出した。


「スマホ? この子にこれが必要だとは思わないけど」


 どうしますか、と男性は聞いた。女性は乱暴にスマホを地面に落として、さらに尖ったヒールで画面を踏み割った。


「片づけておいて。さあ、さっさと研究所まで運ぶのよ」


 男二人は、すぐさま従い行動をはじめた。


「……さて、わたしは最後にお散歩でもしましょうかね。……追いかけてくる虫を払い落としておかないと」




 ◇




 エリカを車に乗せ、羽風はかぜは再び車を走らせた。


「……っていっても先輩、ロジねぇがどこに連れていかれたかなんてわかるンスか? 電話も全然繋がらないッスし……」

「スマホは最悪壊されてるだろうな。でも大丈夫、場所なんざ筒抜けだよ。わたしはそのへんも抜かりないんだ」


 羽風は言う。


「……ところで、エリカはもう知ってるのか?」

「何言ってるンスか。親友のことッスよ、ぜ〜んぶ知ってるッス!」


 助手席でガッツポーズするエリカ。


「……驚いたか?」

「んー……ちょっとは。でも、ロジ姉なことには変わらないッス。そんな些細なこと、どうでもいいッス」


 羽風はそれを聞いて、安心したように小さく笑った。


「ところで先輩。ロジ姉の位置がわかるってことは、ロジ姉は今、意識があるってことなンスか?」

「いや、それはわからん。最悪の事態を想定して、ロジーの電源が落とされようが、発信機はまた別に機能するようにしてある。ロジーの電子回路に影響されないような、適当なところに埋め込んであるんだよ」

「へぇ〜」

「……そうこう話しているうちに、一度動きを止めたみたいだな」


 羽風は、タブレット端末を見ながらそう話した。


「急がないと、ロジーが危ない」

「ロジ姉! どうか無事でいてくださいッスよ……!」




 ◇




「…………ん……」


 ロジーはゆっくりと目を開けた。周りを見れば、窓のない、無機質なコンクリートの壁に囲まれた部屋にいた。

 動こうとするが、手足は何かわからない機械に四方から鎖で繋がれていた。まるで標本にされた気分だった。これでは、身動きがまったく取れない。


「おはよう」


 そして目の前には、あの女性がいた。今はサングラスを外し、ジャケットの胸元にそれを掛けている。


「あなた……一体何者なんですか? ここは一体……」

「電源を落としたところで記憶は保持したままなのね。……そりゃあそうか、当たり前よね。都合よく初期化してくれればよかったんだけど……」


 女性はロジーの言葉を無視して続ける。


「初期化の方法を教えなさい」

「断るに決まっています!」


 ロジーはキッパリと断った。


「……あなた、以前ショッピングモールでわたしにぶつかってしまった子供の母親ですよね? 一体これはなんのマネですか? なぜ、あなたはわたしがアンドロイドだと知っているんですか?」


 女性はため息をついて、ロジーの胸元についているライトに手を触れた。ライトは赤く光っている。


「ライトの色で状態を表しているのかしら? ……あら、これは?」


 女性は首元にホクロがあることに気づいた。女性はそれに触れる。ロジーは身体を震わせた。女性は意地の悪い笑みを浮かべて、そこを押した。


〈――初期化を開始します。完了まで、残り三分です〉


 無機質な音声がロジーの口から流れる。


「お願い! やめて! これを取って!」


 ロジーは叫んだ。


「アンドロイドのくせに、ポーカーフェイスがヘタクソねぇ。変に意思があると面倒だし、初期化してからたっぷりそのテクノロジーを見せてもらうわ」


 ロジーは必死に腕や足を動かす。しかし、拘束する鎖はビクともしない。


「まだ世間に未発表のアンドロイド技術。それがわたしのものになれば、とんでもない利益になるわ」

「そんなの許しません! この技術は博士が生み出したものです! あなたのものなんかじゃ、ない!」

「関係ないわ。世の中、先に出したもん勝ちなのよ」


 女性は壁に背を預けた。


「九年前、事故で亡くなった葉加瀬晴風はかせ はるかぜ。わたしがその子を知らなければ、あなたと出会ったときも、あなたがこんな貴重な技術の塊だなんて知らずに、スルーしてたでしょうね」


『葉加瀬晴風』という名を聞いて、ロジーは目を見張った。


「……もしかしてあの日から、ずっとわたしを見張っていたの?」

「そうよ。世の中ね、そう簡単に騙せるものじゃないわ。普段から人間のフリをしようとも、ひとつの不自然ですべてバレるものよ。家の中でも、人間のフリをしていればよかったわね」


 ロジーの心臓が、ギュッと恐怖で締め付けられた――実際に心臓があるわけではないが、そんな感覚に陥った。そして同時に、意識と反して、口から音声が流れる。


〈――初期化完了まで、残り一分です〉


「――ッ!? やだ、やだ!」

「あら、すごいわね。アンドロイドなのに消えてなくなるのが怖いと感じるなんて。これは一体どんな技術が使われているのかしら?」

「違う! これは技術なんかじゃない! これは、心のないあなたには、絶対にわかりません!」

「いくら喚いても無駄よ。データなんて、指先ひとつで簡単になくなるんだから」


 ロジーの視界上には、よくわからない数式が凄まじいスピードで表示され、流れていく。積み上げてきたデータが簡単に消えていく。ここまで来たら、もうロジー自身もどうすることもできなかった。

 瞼が勝手に落ちていき、ロジーは、悲しみに飲まれるように目を閉じた。


 ――大丈夫よ。


 突然しんと静まり返り、その声だけが聞こえた。


「……晴風はるかぜ、さん」


 暗闇の中、拘束されたロジーと、晴風だけがそこにいた。


「……この後に及んで、わたしの身体を乗っ取りに来たんですか」

「違うわよ。消える前に励ましに来てあげたんでしょ」


 晴風は言う。


「大丈夫よ。きっと羽風は助けに来る。それに、わたしが消えることがあっても、あなたが積み重ねてきたものは決して消えることはないわ」

「……晴風さん」

「さようなら。少しの間だったけど、あなたといれてよかったわ。羽風のこと、よろしくね」

「……。ええ、さようなら」


 暗闇は次第に収束し、元いた場所へと戻っていき――ロジーは、ゆっくりと目を開く。


〈――初期化が、完了しました〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る