緊急事態

 ロジーとエリカはショッピングモールへと足を運んでいた。

 以前、ロジーも羽風はかぜと買い物で来たことのある場所だ。


「やはりここには、いろいろな物が売っていますね。……博士は、一体どれを気に入ってくれるでしょう?」


 ロジーは数々並ぶ商品に頭を悩ました。


「そんなの、ロジねぇが一生懸命選んでくれたものが一番に決まってるッスよ。あ、でもあのへんなんかいいんじゃないッスか?」


 エリカはロジーの手を引いてその店へ向かう。ロジーは連れられるがままその店に入るのだった。




 ◇




「購入できたはいいですが……本当にこれで喜んでくれるでしょうか……」


 無事、プレゼントを決め購入したロジー。しかし、一方で不安の表情を浮かべていた。


「もうっ、自信持ってくださいッス! そんな心配しなくても、先輩大喜びするに決まってるッスよ!」


 エリカに励まされ、ようやくロジーの不安も晴れた。


「そうですね。エリカ様にそう言われたら、むしろプレゼントするのが楽しみになってきました」


 エリカはそれを聞いて微笑んだ。


「あ! じゃあせっかくならプリ撮っていきましょうよ! ロジ姉、撮ったことないッスよね?」

「知識としてはありますが、体験したことはありませんね。ちょっと面白そうです」

「じゃあ、まだ時間もあることだし行こうッス! 最近のはマジすごいンスよ! ……と、その前に」


 そういって、エリカはくるりと半回転した。


「ちょっくらお花を詰みに行ってくるッス〜!」


 なるほど、トイレかと理解したロジーは、近くにあった休憩用の椅子に腰掛けた。


 さきほど買ったプレゼントを改めて眺める。


 ――プレゼントの前に、博士とはキチンと仲直りしなければいけませんね。


 ロジーはそう思い、エリカが戻ってくるのを待つ。


「あの、ちょっといいかしら」


 そのとき声をかけられ、ロジーは顔を上げた。


「えっと……あなたは……」


 女性は掛けていたサングラスを少しだけ下にずらし、目元を見せた。

 ロジーはその目元から、すぐに誰だかを理解した――この人は、以前一度だけ会っている。


「わたしのこと、ちゃんと覚えてるみたいね。ますます興味深いわ」


 その女性は、探し求めていた財宝を見つけたような、そんな欲深い笑みを見せた。

 ロジーは、その笑顔になぜだが危険を感じ、身構える。


「あら、そんなに怯えなくていいのよ」


 女性は言う。


「――別にあなたのこと、壊して捨ててしまおうだなんて、思ってないんだから」


 その刹那、ロジーの視界は暗転する。そしてすぐに、ロジー意識は途絶えた。




 ◇




「ただいま戻ったッス〜! ……ってあれ? ロジ姉は?」


 エリカは近くを探すが、ロジーの姿はどこにも見当たらない。


「あれぇ、ロジ姉もトイレッスかね? ……いや、ロジ姉はトイレとかいう概念はないッスもんね……」


 とりあえず連絡しようとスマホを取り出したとき、エリカはモール内にある椅子の足元に、さきほどいっしょに買った、羽風へのプレゼントが落ちていることに気づいた。

 エリカはそれを拾い上げる。袋の中身は、特に取られていない。傷もなさそうだ。


「……ッ! ロジ姉ッ!」


 エリカはすぐにロジーに電話をかけた……が、いくら待っても電話は繋がらない。


「どうして……」


 エリカは一度電話を切り、まだ近くにロジーがいないかと探し、走り出す。走りながら、エリカは羽風にも、電話をかけた。


「……お願い、出てッ……!」


 六コール目で、ようやく羽風が電話に出た。

 エリカは叫ぶ。


「――先輩、お願い助けて!」

『どうした、何があった?』

「ロジ姉とモールに来てたンスけど、突然いなくなって、電話にも繋がらないンス!」

『なんだって!?』


 エリカは広いモール内を闇雲に探す。今は少しでも手がかりを見つけるしかなかった。


「先輩なら、ロジ姉の場所わかるかもしれないと思って! ほら、GPSみたいなっ!」

『GPSって、お前――』


 エリカは、次にモールの外へと出た。駐車場へ探しに出ると、一台の大きな黒い車に目が止まった。その横でガタイのいい男二人が、ロジーを乗せようとしていた。


「ロジねっ……」


 言いかけて、エリカは気づかれないように身を隠した。

 下手に飛び出しても、自分まで巻き込まれてしまうだけだ。


 エリカは小声で羽風に伝える。


「……先輩、ロジ姉はよくわかんない車に乗せられそうッス。これじゃあもう追えない……」

『車? おい、ナンバーは見えるか?』

「……ナンバーは――いや、あの人ら隠してるッス。怪しさ満点ッス。先輩、どうしよう……」

『待ってろ。わたしもすぐに追いかける。エリカは一旦そこで待ってろ』


 エリカはスマホをカバンの中にしまった。


「――あら、何をしているのかしら?」


 エリカは驚いて振り向く。そこには、サングラスをかけた一人の女性がいた。


「……別になんにもしてないッスよ。えーっと……その、車に戻ろうと向かっている途中で」


 女性はエリカを見つめて、「あらそう」と言うと、エリカの耳元でこう囁く。


「――今見たこと、誰にも言うんじゃあないわよ。言ったとわかったら、アンタのキャリアはなくなると思いなさい」

「……え」


 女性はそのままエリカの横を通り過ぎ、ロジーを乗せていたあの車へと乗り込んだ。その車は、そのままどこかへ走り去ってしまう。

 走り去る車の音を聞きながら、エリカは震える手で再びカバンからスマホを取り出した。

 あの人が誰だかはわからない。だが、エリカが恐怖を感じたのは確かだ。


「……だけど、そんなことよりも、ロジ姉を助けなきゃ。……そうッスよね、先輩」


 エリカは今までずっと通話中だったスマホに向かってそう話した。電話越しの羽風は、答える。


『ああ。心配すんな、お前がどうなることなんてないさ。わたしが全部守ってやる』


 そこへ、駐車場に新たな車が止まった。エリカは走ってその車の元へ向かう。


「……先輩!」


 車の窓から、羽風が顔を見せた。


「行くぞエリカ! すぐに奴らを追うぞ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る