離別

「さあ! 元気も出てきたことだし、これからショッピングでもどうッスか!?」


 唐突なエリカの申し出に、ロジーは戸惑いながら窓の外を見た。

 すると、驚いたことに雲間から光が差し込み、さっきまでの悪天候はどこへやら、カラッと晴れて見せたのだった。


「……なんと」

「へへん。ウチは晴れ女なンスよ! ……な〜んて、たまたまッスけど……」


 エリカは苦笑いした。


「ロジねぇ。実は明日は先輩の誕生日なんスよ! 誕生日プレゼントを持って、仲直りしにいきましょ」


 ロジーはエリカの部屋に飾ってあるカレンダーを見て気づく。


「ええ、ぜひ。プレゼント選びに付き合ってください」


 ロジーはエリカのお誘いに、快く乗った。


「あ、でもこの格好じゃ外には……」

「大丈夫ッス! ウチの服貸しますから! いや、むしろあげるッス!」

「ふふ。エリカ様は、相変わらずエリカ様ですね」




 ◇




 ――どうすればいい。どうしたら、ロジーに理解してもらえる?


 羽風はかぜは、真っ暗な空間で項垂れて座り込んでいた。


 ――……いや、わかってもらえるはずもない。こんなことをしたわたしを、裏切りとも取れる行為をしたわたしを、ロジーはもう許してくれるわけがない。だって、一瞬だけ姉を求めてしまったことは、事実なのだから。


 闇の中で、羽風は何度も自問自答を繰り返す。


 ――ロジーと、これからどう向かい合えばいい?


 羽風は問いかける。


 ――ロジーに、どんな顔を合わせればいい?


 羽風は答える。


 ――もう、いっそのこと……。


「――もう、いっそのこと、ロジーを初期化して壊してしまおうなんて、考えてないわよね?」


 突然響いたその声に、羽風は勢いよく顔を上げた。

 そこにいたのは、嘘みたいな存在だった。

 羽風は、ヨロヨロと立ち上がる。


「……お姉ちゃん」


 羽風は数歩姉に近づき、足を止めた。


「そんなことをしてはダメよ。だってそれじゃあ、わたしの入る隙がなくなっちゃうでしょ?」

「……え」


 羽風はほんの少し恐怖心を感じた。目の前にいる姉は、あのころの優しい姉では、ない。


「――ねぇ、羽風。壊しちゃうって考えなら、いっそのこと、ロジーの身体、お姉ちゃんが使ってもいいわよね?」


 姉はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。そんな姉に対し、羽風は――。


「――ッ、ダメだっ!!」


 羽風の拒絶の声が、空間内に木霊した。

 姉は――晴風はるかぜは驚いた顔をして、そして微笑んだ。


「あんなに大好きなお姉ちゃんだったのに、ロジーのこと、使わせてくれないの? 元々、お姉ちゃんの身体ハコだったんでしょ?」


 羽風は揺らぐことなく、答える。


「違う。もうお姉ちゃんはいない。お姉ちゃんの戻るところはない。ロジーはわたしの大切な人だ。そこに入る余地なんて――ない!」


 羽風は強く言い切った。


「……だから、ごめん。でもわたしは、お姉ちゃんのことが今も好きだよ」


 晴風は満足そうに頷いた。


「強くなったわね、羽風。それでいいのよ。ね、だから謝らないで、そんな顔をしないでよ。……お姉ちゃんのほうこそ、試すようなことを言って、ごめんね」


 晴風はゆっくりこちらへ近づき、羽風を抱きしめた。


「ちゃんとロジーと仲直りするのよ。誠心誠意、ちゃんと向かい合えば、きっとあの子もわかってくれるはず」


 晴風はそっと羽風から離れた。その姿はどんどん透けていって、今にも消えてしまいそうだ。


「……お姉ちゃん、どこへ行くの」

「どこへ行くもないわよ。だって――わたしは、もう存在しない者で――思い出の住人なのだから」


 羽風は、姉を引き留めようと咄嗟に手を伸ばす。



「――愛してるわ、羽風。さようなら」



 刹那、羽風の意識は一気に覚醒する。

 目を開け、身体を起こすと、そこは晴風の部屋であり、晴風のベッドの上にいた。

 どうやら、いつの間にか眠ってしまったらしい。


「……夢、だったのか」


 羽風は窓の外を見る。

 外はさっきまでの雨が嘘みたいに、カラッと晴れ渡っていた。


「……わたしも、大好きだったよ。お姉ちゃん」


 窓の外の空を見上げながら呟いて、羽風は立ち上がった。そのときズボンのポケットが振動し、ともにスマホの着信音が鳴り響いた。


 羽風は、スマホを手に取った。

 電話越しに聞こえてきたのは、エリカの悲鳴のような叫びだった。


「――先輩、お願い助けて!」

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