空をゆく者
旗尾 鉄
第1話
本日も晴天なり。
現在、私は定時哨戒任務に就いている。超低空飛行による哨戒活動だ。といっても、こあたりのエリアでなんらかのトラブルが発生することはまずない。今日も同様だ。異常無し、すべて順調、オールグリーンである。
退屈な任務だが、こんな晴天に飛ぶのは気持ちが良いものだ。太陽は眩しく、その光を受けて木々や草は鮮やかな緑に輝いている。日々少しずつ上がっていく気温と湿度が、私の好む暑い季節が近いことを教えていた。
予定通りに任務を終え、帰還しようと思ったときである。私は、エネルギー補給の必要があることに気づいた。戻るのに不都合が生じるほどの減り方ではなかった。だが任務の退屈さのせいか、私はふと、ちょっとした冒険をしてみたくなったのだ。そこで私は自分の感情に正直に従うことにし、刺激と冒険心に駆られて正規の飛行コースを外れた。そう、ある種のエネルギー補給行動は、まさに『ちょっとした冒険』なのである。
周辺の地形を熟知している私にとって、目標を見つけることは簡単だった。巨大な建造物群である。その中の一つに私は接近した。この建造物は以前にも偵察したことがあり、エネルギー補給に適していると目星をつけていたものである。偵察した時と同じく、セキュリティは甘いままだった。いかに巨大で頑丈な開閉ゲートであろうと、しっかりと閉じていないのでは意味が無いのだ。私はゲートの隙間から、難なく侵入に成功した。
侵入するとすぐ、探知センサーが反応を示した。反応した方向へ向かうと、目的のものはすぐに見つかった。エネルギー資源塊である。エネルギー資源塊には様々な種類や形状のものがあるのだが、ここで発見したものは黄色い円形の中央部と、その周辺に広がる白色の外縁部で構成されている、非常によく見かけるタイプのものだった。私はそちらへとまっすぐに近付いていき、花に止まって蜜を吸う蝶のように、黄色い中央部の上に着地した。
さっそく前部ハッチを開き、エネルギーの取り込み作業を始める。作業は迅速に進めなければならないのだが、その理由についてはおそらく後述することになるだろう。エネルギー取り込み作業は着々と進んでいる。場合によっては後部ハッチから廃棄物を投棄する作業を同時に行うこともあるのだが、今回はその必要はなさそうだ。
エネルギー補給が八割程度まで進捗した時だ。私は大地の震動と空気のゆらぎを感じた。その瞬間、全身に一気に緊張が走り、私は文字通り総毛立った。理屈ではない。私は本能的に危険を察知したのだ。
補給は完全ではないが、そんなことは問題ではない。一瞬の判断の遅れが生死を分ける場合もあるのだ。私は躊躇なく補給を中断し、緊急離陸した。
風が巻き起こり、つい一秒前まで私がいた場所のすぐ近くを、棒状の物体が通過していった。そう、これが補給を急ぐ理由であり、補給活動が冒険となりうる理由である。実はこの建造物群には、こちらの何万倍、何十万倍もの巨体を持つ二足歩行のモンスターが住みついているのだ。この生物は二足歩行だけでも特異なのだが、加えて体色、特に胴体部の体色が日によって、時間帯によって著しく変化する。脱皮なのか保護色のようなものなのか不明だ。顔面部の色も変化することがあるが、これは雌の個体に多いようだ。我々の知る自然の摂理からはやや外れたこうした特徴を持つため、我々は彼らをモンスターと表現せざるを得ないのである。そして最大の問題は、エネルギー資源塊とは、我々だけでなく彼らにとってのエネルギー資源でもあるという点である。つまりこれは、熾烈なエネルギー争奪戦なのだ。
巨体から繰り出される彼らの攻撃は脅威である。たった一撃で撃墜された戦友も多い。さらに、彼らの中には物理攻撃だけでなく、残虐な化学兵器を使用する者もいる。決して侮れない相手なのだ。
とはいえ、今回の相手はそう手強い相手ではなかった。首から上と前肢ほぼ全体、それに後肢の先端約四分の一ほどは、恐らく彼らの基本的な皮膚の色であろう、黄色がかったくすんだ体色だが、それ以外は白一色である。雪の中ならともかく、この季節の保護色としては疑問を感じざるを得ない。化学兵器は装備していないらしく、棒状武器を振り回すだけの単調な攻撃だ。全体的に動きも緩慢で、直線的で予想しやすい。私はジグザグ、旋回、急上昇、急降下と熟練の技術を余すところなく繰り出し、目の前の敵を完全に翻弄してやった。
こうして私はしばらくの間、愚直な攻撃を軽くあしらいながら補給再開のチャンスを狙っていたのだが、今日のこの敵はなかなかに執念深く追い回してくる。残念ながら、こちらにはこのモンスターに対して効果的なダメージを与えられる武器は搭載されていない。つまり、負けることはないが打ち倒すこともできない。このあたりが潮時だろう、と私は判断した。
最後の攻撃を右旋回でひらりとかわすと、私は戦闘離脱行動に移った。わざと敵の背後に回り込み、こちらを見失って右往左往する相手を尻目にゲートへ向かう。相変わらず半開きでチェックの甘いゲートを通過し、私はあっけないほど容易に離脱に成功した。
陽光の下の世界は、先程までと変わらず鮮やかだった。後方ではモンスターがなにやら声を上げているが、彼らの言葉など私には理解できないし、何を言っていようがどうでもいいことだ。確認のため一回転してみると、やつが追撃を諦め、ゲートを閉めようとしているのが見えた。侵入経路にようやく気付いたのだろう。
太陽は僅かにその位置を変えていたが、まだまだ眩しさを失わず輝いている。その光をいっぱいに浴びながら、久しぶりの冒険を堪能した私は、軽い達成感と高揚感を抱き、戦友たちへの自慢話を携えて帰還の途についたのだった。
これで私の小冒険記は完結だ。だが最後に、既にお気付きの諸兄も多かろうが、感謝の意を込めて一言ご挨拶申し上げよう。お見知り置き頂きたい。我は空をゆく者。我が名は、フライ。
空をゆく者 旗尾 鉄 @hatao_iron
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