パン屋のメリンダ編

第12話:自炊とかお菓子作りで活躍しているかも

 ガラガラは、不貞腐れていた。最近、会うのは仕事上の付き合いのネズミ男くらいだし、市場に行っても、ピンとくるガラクタも無いし、そもそも遊ぶ金が無い。遊ぶ金が無いので、仕事をしなければならないが、そこまで琴線に触れるような仕事も無い。


 どうしたものかなぁとベッドに寝ころびながら、ガラガラは考えていたが、いっこうに思いつかなかった。どうせ家で時間を潰すくらいなら、市場で儲け話のタネでも探そうと決めた。


 さっそく市場に着いた。適当に市場を散策すると、パンの良い香りがガラガラの鼻孔を通り抜けた。どうやら焼きたてらしい。ガラガラは、パンでも食べながら散策しようと考えたので、気が変わらないうちにパン屋の入口のドアを開けて入った。


 「いらっしゃいませ!先ほど、パンが焼き上がりましたよ。いかがですか?」

 パン屋の娘だろうか。ガラガラよりも背が高く、綺麗な金髪で目がぱっちりとした若い娘が挨拶をした。ガラガラは、その元気さにちょっと面喰いながら、注文をした。


 「うむうむ、その焼きたてのパンをいただこう。値段はいくらだ」

 「大きいのだと、これくらいです。小さいのだと、これくらいです」

 「では、大きいのを二個貰おう」

 どうせ、すぐに食べるだろうから、せっかくなので、大きいのを二個買うことにした。ガラガラは、二個分のお金を渡した。


 「パンの準備をしますので、ちょっと待っていてください」

 そう言うと、パン屋の娘は、焼きたてのパンを取りに店の奥へ入っていった。


 ガラガラは、手持無沙汰なので、パンの陳列棚を眺めてみる。何かのナッツが細かく刻まれたパンや丸いクッキーとかのお菓子もあった。むむむ、何か閃きそうな気がした。


 「お客様、こちらが大きいパン二つになります」

 パン屋の娘がパンの入った紙袋を陳列棚越しに手渡してきた。予想した大きさよりもパンが大きかった。ガラガラは、紙袋を受け取り、その焼きたてパンの温かさを手に感じた。


 「お嬢さん、儂は皮剥き器や洗濯機などの物を作っているのだが、今、ちょっと困ったこととか無いかね?」

 「皮剥き器や洗濯機でお客様の風貌ですと、ガラガラさんですか。初めまして、私は、メリンダです。」

 「メリンダ、どうだい、何か困っていることは無いかね?」

 「ガラガラさん、すみません。今のところ、思いつきません」

 急に聞かれたので、ちょっと困ったような表情を浮かべて、メリンダは返答した。


 「そうか、分かった。メリンダ、また来るよ」

 ガラガラは、別れの挨拶をして、パン屋の入口のドアを開けて出て行った。

 「ありがとうございました」

 メリンダは、ガラガラの背に向かって、感謝の言葉を述べた。


 ガラガラは、焼きたての温かいパンを豪快にかみ千切りつつ、市場を散策した。何か閃きそうだったのだけれども、喉に魚の小骨が引っ掛かったかのように思いつかなかった。もどかしい、本当にもどかしい気持ちだった。


 ガラガラは、パンを一個分食べ終わったが、結局何も思いつかなかった。仕方が無いので、今日は家に帰るとする。焼きたてで柔らかかったパンも冷えて固くなっていた。なんだか無性にイラついたので、石を蹴とばすと、近くの岩に当たって砕けた。


 ガラガラは自宅に着いた。自宅のドアのベルをリンリンと鳴らしつつ、ドアを開いた。ひとまず、手に持って帰ったパンを棚に収めた。白湯を作り、コップに注いでから、机に置き、椅子に座る。なんだろう、何かが出かかっているはずなのにと考えていたが、パン屋で刻まれたナッツと家に帰る途中で石が砕けたことを思い出した。


 これだ!何かを切り刻むというかみじん切りができる物を作ろうと思った。さっそく構造を考えてみる。まず、絶対に刃は必要だ。次にみじん切りをするという事は、刃を何度も対象物に対して、上下させる必要がある。押し込むのは簡単だが、刃を上げる構造はどうしよう。バネがあるじゃないか!バネで刃を押し上げよう。


 そうとなれば、ガラガラは、試作品の構造を紙に書いた。自宅の倉庫で試作品を作りたかったが、夜も遅かったので、明日に後回しすることにした。喉に引っ掛かっていた魚の小骨が取れて、すっきりとした。その日は、気持ちよくベッドで眠りについた。


 次の日の朝、ガラガラは、紙に書かれた試作品の構造通りに作ってみた。家には、にんにくがあったので、これを刻んでみることにした。実際に使って分かったことだが、刃を上下させるだけでは、刃が滑ってにんにくがあっちこっちと転がっていった。少なくとも、刻むものが転がっても切れる刃の形にする必要があるし、転がっても飛び出さないような構造を付けなければならない。


 色々と考えた結果、波型にぐにゃぐにゃした刃とその刃を丸く囲むようにパイプのような円柱の支えを付けた。刃を引っ込めた状態で、円柱の中に、にんにくを入れた。ポンと刃を付けた蓋を押すと、バネの力で押した刃がすぐ戻った。何度もポンポンする。試作品を持ち上げると、円柱の中に入れたにんにくが細かくなっていた。これで、成功のはずだったが、この大量の刻まれたにんにくの処理が問題となった。


 ペペロンチーノにしようと思ったが、肝心の麺を作るのが面倒だったので、アヒージョにしようと思った。不味いぞ、アヒージョにする肝心の食べ物が無いぞ。仕方が無いので、ガラガラは、市場に行くことにした。出来れば、キノコとかエビとかがあればいいなぁ。


 市場でキノコとかエビとかのアヒージョに使える食べ物を買ってきたガラガラは、一人でにんにくの香りが強いアヒージョを食べていた。なんだか、ちょっと寂しい気分だった。残った油を昨日買ったメリンダのところのパンで拭って、食べ終えた。口の中が油でぬるぬるするので、口をすすいだ。今度は、ネズミ男でも呼ぶとしよう、こういう物はあいつが適任だ。


 あくる日、試作品を作ったはいいが、他の人の意見が聞きたかったので、メリンダに使ってもらおうと考えた。善は急げだ。パパっと着替えて、試作品を片手に鼻歌を唄いながら市場へと向かう。その足取りは、とても軽かった。


 ガラガラは市場に着いた。メリンダが働くパン屋を目指す。ふと、嫌な予感がして周りを見た。にやにやと笑いながら、ネズミ男が近づいてきた。なんとなく逃げ出した。ちょっと後ろを振り返る。ネズミ男が追いかけてきた。くそっ、なんとなく会いたくなかったのに、儂の儲け話の匂いを絶対感じ取っている。


 逃げていたガラガラだが、寄る年波には負けてしまうもので、ネズミ男に捕まってしまった、仕方が無いので、試作品の話をした。

 「いやぁいやぁ、追いかけて捕まえた甲斐がありましたな。これは、そこそこの儲け話になります。メリンダでしたっけ?早速そのパン屋に行って使い心地を聞いてみましょう」

 ネズミ男は、興奮したようにガラガラの試作品を褒めた。

 「はぁ~。そうだな、そうだな。」

 その言葉にガラガラは適当に答えた。


 むさ苦しい男二人でメリンダの居るパン屋に向かった。ちょうどよく香ばしいパンの香りが二人の鼻孔を通った。ガラガラは、迷惑料代わりにパンを買おうと思った。


 ガラガラがメリンダの居るパン屋のドアを開けて、ネズミ男と一緒に入った。パンの陳列棚の向こうにメリンダがいた。

 「いらっしゃいませ!先ほど、パンが焼き上がりましたよ。いかがですか?あら、ガラガラさんじゃないですか。昨日は、大きいパンを二つ買われましたが、今日も大きい方がお二つでいいですか?」


 ちょっと恥ずかしながら、ガラガラはメリンダにお願いした。

 「実は、新しい製品を作ったのだが、ちょっと使い心地を試してもらいたいのだ」

 「えーと、どんなものか分かりませんが、いいですよ」

 困惑しながら、メリンダは答えてくれた。

 「これをこう使って、みじん切りが出来るのだ」

 慌ただしくガラガラが使い方を説明した。いつもなら説明するはずのネズミ男が、後ろでしたり顔をして、どっしりと構えていた。


 「あまり良く分からないので、今、台所に行ってナッツを取ってきますので、ちょっと待ってください」

 メリンダは、店番の仕事もあるというのに、急に来店し、急に説明を始めたガラガラに付き合ってくれた。とても優しい娘だった。


 「ガラガラの旦那、メリンダがいないうちに、ちょっとだけ儲け話の話でもしませんか?まずは、どのくらいの時間でいくつ作れるかですな」

 「一晩あれば、いくつか作れるが、構造が簡単だから、すぐに真似されるだろうなぁ」

 「じゃあ、たくさん作って、短期間で売り逃げしましょう。お客が興味を持つように、今回は、とりあえず噂だけは流しておきます」

 「まぁ、そうするしかないか。皮剥き器の二の舞は御免だ」


 そう話しているうちに、メリンダが店の奥から戻ってきた。ナッツをガラガラに手渡した。

 「ガラガラさん、ナッツを持ってきましたが、ちょっとだけ分かったことがあります。お家で使うのは、この大きさで大丈夫だと思いますが、パン屋で使うにはちょっと小さいと思います」

 「うーむ、家で使う用途と店で使う用途の別々に何か作ったほうがいいかもしれん。ひとまず、このみじん切り器を実演しよう」

 ガラガラは、メリンダの言う事に納得しつつ、ナッツをみじん切り器でポンポンと叩き、実演をして、ナッツを細かく刻んだ。


 「あらあら、本当に簡単にみじん切りができるのですね。今度、売っていたら、買っておきますね」

 「急にきて、勝手に説明し始めた迷惑料として、今度、ちゃんとしたものをメリンダに渡そう。それはそれとして、焼きたてのパンを大きいほうを二個たのもう」

 「大きいパンが二個ですね、ちょっと待ってください」

 メリンダが店の奥に入っていった。


 「ガラガラの旦那、もしかして、私の分もあるんですか?」

 「あるわけないだろう!自分で金を出して買え!」

 ネズミ男のちょっと期待したように話したことに返答しながら、ガラガラはパンを買うお金の準備をした。


 メリンダがパンの入った紙袋を陳列棚越しに手渡してきた。ガラガラは、パンの代金を渡してから、紙袋を受け取り、その焼きたてパンの温かさを手に感じた。みじん切り器の試作品を手に取り、パン屋から出て行った。


 「ネズミ男、いつから売るつもりだ」

 「大体、この位の数があればいいと思いますな。ちょっと今メモに書きますので、待ってください。どうぞ、旦那。これだけあれば充分に短期間で売りさばけると思います」

 そういうとネズミ男がどこからか取り出したメモ帳に数字を書きなぐり、ビリっと破いて、ガラガラにメモ用紙を手渡した。ガラガラは、受け取ったメモを眺めてみる。たぶん一週間あれば、作れそうだ。


 「来週、儂の家に来い。そこで、商品を受け渡そう」

 「分かりましたよ、旦那。来週、伺いますね。あと、試作品を頂戴します。それでは、お暇させていただきます」

 ネズミ男は、儲けられそうな話が終わったので、みじん切り器の試作品を受け取ってから、足取り軽く去っていった。


 ガラガラは、受け取ったメモを再度眺めて、市場でみじん切り器を作るのに必要な材料を探し始めた。夕方になり、必要な材料を確保できたガラガラは、家路に着いた。


 その日から、ガラガラはひたすらみじん切り器を作り始めた。商品を作りつつも、業務用のみじん切り器をガラガラは考えていた。この家庭用のみじん切り器を単純に大きくするだけでは、駄目だろう。なんだか言葉で表せないけど、なんとなくドワーフ的に嫌だった。


 切り刻むのだから、刃が簡単に動く必要がある。そうだ!独楽みたいに軸を中心として刃を回転させよう。軸を回転させるのは、いつも使っているハンドルでいいだろう。


 今考え付いたアイデアをすぐに紙に書いておいた。ただ、今はそれよりも来週納品する予定の家庭用みじん切り器を作り溜めなければならない。


 納品日の来週になった。なんとか業務用のみじん切り器も作れた。ネズミ男がガラガラの家の扉のベルをリンリンと鳴らしながら、入ってきた。勝手知っているかのように、椅子に座った。


 「どうも、旦那。みじん切り器を受け取りに来ました。これから、倉庫に行けばよろしいので?」

 「とりあえず、飲み物でも口にしながら、話し合おう。お茶と白湯、どちらがいいか?」

 「もちろん白湯でお願いします。」

 売り物を渡すように迫るネズミ男を制止ながら、ガラガラは白湯を二人分コップに入れて、机に置いた。ネズミ男の目の前の椅子に座った。


 「まず、家庭用のみじん切り器は、予定数よりも、ちょっと多めに作ってある。それと、業務用のみじん切り器も作ってみた。これから倉庫に行くが、意見を聞きたい」

 「まぁ、旦那の事ですから、今回は売れるものであることを願います」


 ガラガラとネズミ男の二人は、倉庫へ歩いて行った。倉庫の扉を開くと、家庭用みじん切り器がたくさん置いてあった。ネズミ男が家庭用のみじん切り器の数を数えている間、業務用のみじん切り器の準備を始めた。


 ガラガラが、業務用のみじん切り器を準備し終えた、ちょうどその頃に、ネズミ男が家庭用みじん切り器を数え終わったようだ。

 「ガラガラの旦那、旦那の言う通り、ちょっと多めにありました。それと、それが業務用みじん切り器ですか」

 「そうだ。家庭用と比べて、ここのハンドルを回すと、刃が回転して、より多くの材料がみじん切りできる。ミキサーと名付けた」

 ネズミ男が指さしながら、聞いてきた疑問にガラガラはハンドルを回しながら答えた。


 ネズミ男がミキサーをじっと眺めてから言った。

 「玉ねぎとかみじん切りできそうですな。そうなると、パン屋以外でも売れそうですな。酒場とか料理屋とかで売れそうです。試作品を市場で実演すれば、良い反響が貰えると思います」

 「うむうむ、そうだろう、そうだろう」

 ネズミ男の評価を聞いて、ガラガラが自信満々に頷いた。


 そうこうしているうちに、ネズミ男が家庭用のみじん切り器を持って帰って行った。ガラガラは、メリンダ用のミキサーを作った。もちろん、ドワーフ謹製の綺麗な誂えを刻んだ。


 ガラガラはミキサーを持って、市場にあるメリンダのパン屋に向かった。パン屋の扉のベルを鳴らしながら開ける。パン屋特有の香りが匂った。目の前には、メリンダがいた。

 「ご機嫌用、メリンダ。今日は、君に贈り物があるんじゃ。ミキサーという。使ってみてくれ。色んなものが細かく切れるだろう」

 「ありがとうございます、ガラガラさん。ミキサーですか、聞いたことがありませんが、みじん切り器の大きいものでしょうか?とりあえず、使ってみますね。ちょっと待ってください、材料を取ってきます」

 ミキサーを受け取ったメリンダは、ミキサーを陳列棚の上に置いてから、刻む材料を準備するために店の奥へ行った。


 今日は、何を買おうかと考えながら、ガラガラはパンの陳列棚を眺めた。あのクッキーとか買っておこう。もちろんもパンも買っておこう。絶対に二個だ。メリンダが店の奥から戻ってきた。ガラガラは使い方をメリンダに教えてあと、メリンダは材料を入れて、ハンドルを回した。材料が細かくなった。


 「これなら、うちのお店でも使えそうです。もっと言うなら、刃を木べらみたいな物に取り換えられれば、色々な物が混ぜられると思います」

 「そうか、そんな考えがあったとは!刃を取り外して、木べらを取り付けられるようにして、木べらも用意しよう」

 ガラガラは、木べらも用意しようと考えた。


 「そのミキサーは、メリンダに贈るから、受け取ってくれ」

 「はい、喜んで受け取ることにします。ありがとうございます、ガラガラさん」

 なんとかミキサーを受け取ってもらったガラガラは、安心した。大きなパンを二個買って、パンを食べながら市場から家に帰った。その日は、ぐっすりと眠れた。


 次の日の朝、倉庫へ向かい、木べらを作ろうとしたガラガラであったが、今回は奇をてらわずに普通に取り外しができる木べらを作った。さっそく、メリンダのパン屋に向かうことにする。


 ガラガラは、パン屋の扉を開けた。いつものようにメリンダが陳列棚の向こうに立っていた。

 「いらっしゃいませ、ガラガラさん。もしかして、その手に持っているのは、昨日話した木べらですか?」

 メリンダは、ガラガラの手に持った木べらを指さして聞いた。


 「そうだとも、早速使ってみて、使い具合を聞いてみたい」

 「ガラガラさんの事ですから、たぶんそうなるだろうと思っていまして、ここにミキサーを用意してあります」

 「なんとも準備がいいな。それではこの木べらをミキサーに取り付けてみよう」

 ガラガラは、ミキサーの刃を木べらに取り替えた。その間、メリンダは店の奥に行き、あらかじめ細かく刻んだナッツと小麦粉と卵とかの焼き菓子に使うような材料を持ってきた。


 ミキサーの中に材料を順番に入れつつ、ハンドルを回して木べらを動かし、混ぜ合わせた。今回の焼き菓子では、卵の黄身だけが必要だったみたいで、メリンダが手際よく卵白と卵黄を卵の殻で取り分けていた。ガラガラは、その様子を見て、儂には到底無理だなと思った。


 その後もひたすらハンドルを回し続けていると、どうやら生地が纏まり始めたので、恐らく成功であると二人は確信した。あとは、ミキサーの出番ではなく、手作業で行う必要がある。


 ガラガラの他にも当たり前だが、別の客が来店してきたが、二人の奇妙な行動に戸惑いつつも、好奇心からか、注文も忘れて、その様子を眺めていた。メリンダが別の客の姿を見つけると、ちょっと恥ずかしそうに注文を聞いた。聞いた注文通りの商品をいつもより素早く準備し、お金と商品を交換した。


 別の客が帰り終わった後、メリンダは告げた

 「ガラガラさん、あとは、焼き上げるだけですので、このミキサーは大活躍しそうですよ」

 「メリンダ、それなら、ひとまず儂は安心したぞ。もし、ミキサーが壊れたら、うちの家に来なさい。修理してやろう」

 「まぁ、そのときはそのときで、ガラガラさんにお願いしますね」

 その後、いつものようにガラガラは大きいパンを二個買って、市場から家に帰った。


 結局のところ、ガラガラとネズミ男の懸念が当たったようで、彼らが短期間で売りさばいたみじん切り器は、他の工房でも作られるようになった。だが、しかしながら、嬉しい誤算があった。メリンダがミキサーを使っていた様子を眺めていた客が酒場の主だったらしく、なにかの試しにと、ミキサーを購入してくれた。それから、口コミで酒場とか食事処とかで広まっていって、二人の懐が温かくなった。


 数日後、ガラガラの家の扉のベルがリンリンと鳴った。誰か来たらしい。みじん切り器の儲けの折半は終わっているから、ネズミ男ではないだろう。一体誰だ?扉を開けると、目の前には何か香ばしい匂いがする紙袋を持ったメリンダがいた。


 「こんにちは、メリンダ。今日は、どういった用件で来たのだ。もしかして、ミキサーが故障したのか?」

 「いいえ、ガラガラさん。ミキサーは、私がいるパン屋で十分に大活躍しています。今回は、ミキサーを頂いたお礼をしに来ました。紙袋に入っているのは、幾分か日持ちする焼き菓子ですので、お受け取り下さい」


 そういうと、メリンダは、ガラガラに紙袋を手渡し、仕事があるのだろうか、足早に去っていった。ガラガラが紙袋の中身を覗くと、クッキーのような焼き菓子がいっぱい入っていた。


 クッキーの上に細かく刻まれ、散りばめられたナッツと生地に練りこまれたナッツのいい塩梅の優しい味だった。ナッツの香りと味が口の中に広がった。家の中に戻り、残りのクッキーを棚に収めた。明日のおやつとして、白湯と一緒に食べようと心に決めた。


 ガラガラは、特にやる仕事もなかったので、いつも使っている道具の手入れやガラガラ式の部屋の掃除をした。そうすると、夜も深くなってきたので、適当に晩御飯を食べて、ベッドで眠りについた。


 その日の夢は、ナッツの香りがする大きなクッキーの化け物に襲われて、必死に逃げる自分の姿を遠くから見つめている夢だった。。


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