第11話:古い価値観ですが、結婚したら多分必要

 お転婆な少女だったステラが、ちょっとだけお淑やかな女性に育った。その傍らには、市場で出会った少年が育った苦労性の青年がいつも一緒にいた。二人は、時々、市場の片隅でステラが歌を唄って、苦労性の青年がその歌の伴奏をして、おひねりを貰っていた。苦労性の青年が昔に予想した通り、ステラの声はずっと唄って練習していたせいか、贔屓目で見て、天上の神々が謳うような歌声になった。


 そんな二人が結婚することになった。その知らせを聞いたガラガラは、良縁に恵まれてよかったというお祝いしたい気持ちと苦労性の青年がステラと結婚してくれて本当に感謝する気持ちでいっぱいだった。若い二人に色々と便宜を図った甲斐が実ってよかったと安心した。色々と大変だった。ガラガラはともかく、苦労性の青年は惚れた弱みがあったとしても、かなりの障害を乗り越えたと思う。


 ステラがいきなり唄いだすので、一緒に唄ってあげたり、伴奏が欲しいと言い始めて、慣れない手つきでガラガラが作った楽器を練習したり、とにかく大変だった。ガラガラと苦労性の青年の仲がステラとの仲よりも深くなった気がしていた。苦労を分かち合った男同士の友情というものだろうか。


 結婚すると聞いたときから、ガラガラはステラの為にサーシャにも作ったガラガラの嫁入り道具を作り始めた。嫁入り道具を入れる箱には、ステラが好みそうな可愛い紋様を刻んだ。少なくとも最低限は出来たと思う。ステラの為というよりも、こっそりと苦労性の青年の為になるようなものを一緒に入れようとも思った。彼の事だから、儂の思惑に気づいてくれるはずだ。目くらまし用として格好いい模様を刻んだ楽器を入れておこう。


 他は、どうしよう。ステラのような女性が使いそうだが、男でも問題なく使えそうな物とはなんだろうか。料理と洗濯は、ご近所付き合いもあるので、流石にステラがやるだろう。掃除は、二人でするだろう。あの子は、掃除が一番駄目だったはずだ。男が使う掃除道具なんぞ、まったく思いつかなかった。仕方が無いので、別の物を考えることにしよう。


 次の日もその次の日も、ガラガラは色々と考えていたが、まったく思いつかなかった。仕方が無いので、ネズミ男を家に呼んだ。ガラガラのドアのベルがリンリンと鳴った。ネズミ男が来たらしい。ガラガラはドアを開けた。


「どうも、ガラガラの旦那。どうせステラの結婚の事でしょうが、念のために聞いておきます。どのような御用でしょうか?」

 挨拶もそこそこにして、ネズミ男はガラガラに話を切り出した。


「ステラというよりもその旦那になるであろう、あの苦労性の青年にこっそりと渡したいものを作りたいと考えている」

 顎に手をやり、ガラガラは悩ましい表情を浮かべている。


「あー、あのもの好きな青年ですな。よくあのお転婆なステラと結婚する気になったものです。結婚の話を初めて聞いたときは、嘘だと思いましたよ。それで、旦那。あの青年に贈るとして何をさせたいものですかな」

 ちゃっかりと白湯を入れたコップにネズミ男は口を付けた。


「ネズミ男よ。儂自信、それが分からないのだ。どうしたらいいと思う」

「何だかんだと悩むよりも、直接、家に青年を呼んだらどうですか?」

「いやいや、これはサプライズなんだ。彼を驚かせたいんだ。儂の実力を示したい」

「なんだかステラの結婚を祝うよりも、青年の結婚を祝う気分みたいですな」

「だって、あのステラを気に入ってくれた青年なんだぞ。ステラの為にも彼を絶対に逃がしてはならん」


 ガラガラは、苦労性の青年と様々な苦労を分かち合った日々を思い出していた。ステラの動きが全く予想できなくて、二人とも大変な思いをした。なぜステラは、いきなり唄い出したり、踊り始めるのだろうか。しかも、なぜか良い方に事態が転がるもので、諫めようにも諫めにくい。


 むさ苦しい二人が、うんうんと悩んでいると、結局どうしようもないので、市場に向かうことにした。市場を散策していると、酒場にいる男たちが何やら話込んでいるようで、話し声が聞こえてきた。


「うちの家内が言っていたのだが、男も子育てをもっと関わるべきだとよ」

「いやいや、俺たち結構やってないか、子育て」

「見るだけじゃ駄目らしいし、自分である程度何とかしてくれだとよ。何かあったら、家内を呼ぶのでは不満らしい」

「彼女たちは、俺らに結局何をして欲しいんだかなぁ」


 むさ苦しい二人は、これだ!という表情をして、材料を買ってさっさと家に戻って相談を始めた。


「旦那、とりあえず子育て用品にしましょう。そもそも結婚したなら、普通は子供を作るはずですよ。我々、独身貴族ではまったく思いつきませんでしたな」

 髭の生えた顎をさすりながら、したり顔でネズミ男が言った。


「そうだな、そうだな。儂らは、なんでこんな簡単なことも分からなったのだろうか」

 ガラガラは、ネズミ男の言葉に同意した。


「えーと、とりあえず、おんぶ紐の代わりになるようなものとかどうでしょうか?見た感じ子供は重そうですし、手押し車を子供専用のものに改造して、周りに綺麗な紋様を刻みましょうよ」

「とりあえず、作ってみよう」


 さっそく二人は、倉庫へ向かって行き、乳母車の試作品を作り始めた。試作品は、男でも少々手荒な扱いができるように、それに子供を安全に守るために頑丈に作った。試作品を押してみたが、独身男性二人には使い勝手が分からなかった。ガラガラは思いついたことがあったので、ネズミ男に試しに頼んでみた。


「ネズミ男、この乳母車に乗ってみてくれ、儂が押すから、何か不具合が無いか感じたことがあれば、何でも言ってくれ」

「いつもなら旦那の言いたいことには、反対しませんが、今回は、ちょっと遠慮したいです」

「ネズミ男、分かったぞ。儂が乳母車に乗る。お前さんは、儂を押してくれ」

「旦那、分かりましたが、とりあえず外の人に見られないように倉庫の扉を閉めておきますね」

 ネズミ男が倉庫の扉を閉めている間、ガラガラは乳母車に縮こまって乗った。


「さぁ、儂を自分の子供だと思って、乳母車を押すのだ。儂は、子供になりきるぞ」

「はいはい、押しますよー、どこか掴まってくださいね」

 ネズミ男がむさ苦しい子供が乗った乳母車を押した。子供にしては、やたらと重かった。


「振動が酷いな。あとで何とかしよう。それに意外と体が左右に揺れるから、子供を固定する紐みたいなのを付けておこう」

「旦那は見た目通り重いので、疲れました。そろそろ終わってもよろしいので?」

「今日のうちに改良するから、ちょっと休んでおいてくれ」


 その言葉を聞いたネズミ男は、いつの間にか噴き出していた汗を拭いながら、適当に腰かけて休むことにした。手慣れた様子でガラガラは素早く試作品を改良した。改良が終わって、素早くガラガラは乳母車に縮こまって乗った。搭乗ヨシ!ベルト装着ヨシ!あとは親が押すだけだ。


「ネズミ男のお義父さん、早く乳母車を押してくださいな」

「旦那、猫なで声で気持ち悪いことを言わないでくださいよ」


 ネズミ男は、悪寒を感じながら乳母車を押した。先ほどよりかは良くなった気がした。ガラガラも満足した様子だった。その姿は妖怪みたいで気持ち悪かった。


「これで完成だ。協力ありがとう、ネズミ男。今日はもう帰っていいぞ」

「今度来たときは、売るための説明用乳母車を作っておいてください」

 今日はなんて酷い日だと思いながら、ネズミ男は去って行った。


 ネズミ男が帰ってから、ガラガラは考えられる限りの子供用のおもちゃを作って、嫁入り道具の箱の中に入れた。作りすぎたので入らなくなった分は、ネズミ男に売ってもらうことにした。

 

 説明用の乳母車もその日のうちに作っておいた。次の日の朝、ネズミ男は、慌ただしくガラガラの家を訪れ、説明用の乳母車と嫁入り道具の箱に入りきらなかった子供用のおもちゃを貰い、ガラガラの家から足早に去って行った。


 綺麗な紋様を刻んで、嫁入り道具を作り終わったので、ガラガラは用件を何も伝えずにステラを家に招いた。ステラは苦労性の青年となぜか市場の皆を連れてきた。いっぱい人が動いたので、事件かと思った衛兵も一緒に来た。


「お爺ちゃん、呼ばれたから来たよ。なぜか彼が市場の皆を呼んだ方がいいと言っていたから、ついでに連れてきたよ」

 ステラの言葉に苦労性の青年は、ぺこりと会釈した。どうやら彼には、ばれていたらしい。


「サーシャお母さんがお嫁さんに行くときの箱でしょ、これ。開けていい?わぁ、いっぱい入っている!」

 それなりにお淑やかになったはずのステラが嫁入り道具の箱をガラガラが答える前に、箱のふたを開いて覗いて言った。その様子を苦労性の青年が謝るように頭を下げた。うちの家内がすみませんといった感じだった。

 

 その後、全てを説明する前に、二人は市場の皆と一緒に嫁入り道具の箱をえっさ、えっさ、えっさほい、さっさとお祭りのように持って帰って行った。ステラはなぜか箱の上で器用に唄って踊っていた。よく分からない感じだった衛兵がその周りをなんとなく守って歩いた。苦労性の青年は、ひたすら謝っていた。


 後日、使い方が分からない物がいっぱいあったので、苦労性の青年が説明を受けるためにガラガラの家にやって来て、何とも締まらなかった。この青年は、そこまでステラを愛しているのだろうことは理解できた。


 なんだかんだドタバタと準備をしているうちに結婚式の当日になった。招待客の席に晴れの日用の服装に身を包んだガラガラとネズミ男が隣り合って座っていた。ネズミ男が隣にいるガラガラへ肘をちょんちょんと当ててから、小声で伝えた。

「旦那、新婦の登場ですぜ。少なくとも見てくれはいいですな」


「そうだな、孤児院長と一緒におとなしくバージンロードを歩いているぞ。流石に今日はお淑やかにしてくれるみたいだ」


「本当にそう終わりますかね。あのステラですよ」


「儂らには、ただ祈るしか方法が無いぞ」

 ただただ何事もなく恙なく結婚式が終わるように願った二人の願いが叶ったようで、新郎と新婦は、いつもの童話のような幸せなキスをした。結婚式の参加者たちが皆立ち上がって拍手をした。良かった良かった、何事もなく無事に終わった。そんな安心をして油断していた。やはりあのステラなのだ。


 ステラの悪癖が出てきた。突然、唄い踊り始めた。たしか「夢のつづき」だったと思う。苦労性の青年がすぐにどこからか楽器を取り出し、手慣れたように伴奏を始めた。


 ステラは唄い続けた。結婚式の参加者である市場の皆や壮年になった昔は若かった衛兵も一緒に唄い始めた。皆、祝福したい気持ちだったことがよかった。ネズミ男とガラガラは、ヤケクソに近い心境で一緒に唄った。


 ステラの結婚式はちょっとだけアクシデントがあったが、それ以外は無事に恙なく終わった。何だかかんだ文句を言っても、孫娘みたいな子が嫁に行くので、ちょっと寂しい気持ちになったガラガラは、結婚式場の食事で出て余っていた酒瓶をくすねて持ち帰ることにした。


 ガラガラとネズミ男は、一緒に家路に着いていたが、ガラガラの手に酒瓶があることに気づいたネズミ男は、どうにかしてサーシャが結婚したときのようなガラガラとの痛飲に巻き込まれたくなかった。ガラガラの気を逸らすために、話しかけた。


「ガラガラの旦那、何をくよくよしているんですか、こういう時は、ステラを見習って唄って元気を出すものですな。どれ、私が一曲唄います」


 ネズミ男は、上手に口笛を吹いてからガラガラを誘って唄い続けた。ガラガラも一緒に唄い始めた。


 ガラガラとネズミ男は、一緒にとにかく唄った。ガラガラの気が逸れたことを感じたネズミ男は、唄い終わりになったので、そのまま別れることにしようとした。ガラガラは別れようとしたネズミ男の襟を掴んで、ずんずんと音を立てながらガラガラの家に引きづった。


 一曲唄って気分が良くなったので、酒が飲みたい気分だった。ネズミ男はもう既に諦めて、囚人のように連れていかれた。ガラガラは高そうな礼服を脱がず、一心不乱に、下戸なのに酒を飲んだ。


 ネズミ男は、ちゃっかりと自分の分のコップに水を満たし、ガラガラのコップにお酒をお酌することに専念した。酔っぱらって何を言っているのか分からないガラガラの言葉に適当に頷いて、時間がただ過ぎることを願った。ガラガラが机に突っ伏して、酔いつぶれた後、ネズミ男は月夜の中、自分の家に帰って行った。


 ガラガラは、案の定、次の日は酷い頭痛だった。ただ、大きな仕事を終えたときのような安堵した痛さだった。ステラと苦労性の青年よ、お幸せに、祝福あれ!と神に願って二度寝した。

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