第10話:最近、日差し避け目的が多いそうです

 特にやることもなく不貞腐れていたガラガラのドアのベルがリンリンと鳴った。誰か来たらしい。ネズミ男を呼んだ覚えが無いが、ガラガラはドアを開けた。ニコニコとした笑顔のステラが目の前に立っていた。最近、結構な頻度で遊びに来ていて、気づかなかったが、背が少し伸びたようだ。


「ステラ、今日は何の用だ」


「お爺ちゃん、今日は市場にでも一緒に行こうよ。どうせ何もやることはないんでしょう?」


「まぁ、一緒に市場に行こうか。離れるんじゃないぞ」

 ステラとガラガラは手を繋いで、祖父とその孫のように市場へ歩いた。その手は温かった。


 ただ、市場を散策している途中でステラは、あっちこっち歩いていたらガラガラとはぐれてしまった。ステラがガラガラを探していると、なぜか周囲が親子連ればかりに見えた。


 ただただ悲しい気持ちだった。もしかしたら、自分もあんな両親が居て、一緒に手を繋いでいたのだろうかとあらぬ思いを抱いた。こんなときは、歌を唄えばいいとサーシャお母さんも言っていた気がする、歌を唄おう。悲しい気持ちを吹き飛ばそう。


 ステラはとにかく唄った。歩きながら唄っていると、あまり来たことが無い地域に来たようだった。周囲には、煙突がいっぱいあった。ここはどこだろう。どうしよう。市場の位置が分からない。あっちだろうか、こっちだろうか。あちこち走り回ったが、迷路に迷い込んだようだった。悲しい気持ちを吹き飛ばしたはずだが、別の不安がステラに襲ってきた。


 遠くからむさ苦しい男がなにかの道具を持って歩いてきた。もしかして、人攫いかもしれないと思ったステラは逃げようとした。むさ苦しい男が話しかけてきた。いつだったか聞いたことがある声だった。振り向いてみると、煤で黒く汚れたネズミ男だった。


「そこにいるじゃりん子は、確かステラだったか。ここは、危険なものが沢山あるから、子供が来る場所じゃないぞ」


 ステラは、不安な気持ちを隠しつつ、気丈に答えた。

「ちょっと冒険していただけだもん。すぐに帰るもん。おじさんこそどうしたの?」


「ただの煙突掃除の仕事帰りだよ。あと、ステラ、そういうことを一生懸命に話す子供は、迷子って言うんだぞ。憶えておきなさい。市場まで連れって行ってやるから付いてきなさい。こっちだ。はぐれないように手を出して、さぁ行くぞ」

 ステラは、渋々、ネズミ男の煤にまみれて汚れた手を取り、その後ろを付いて行った。ネズミ男は、機嫌が良かったみたいで、変な歌を唄い始めた。


 ネズミ男が変な歌を唄い終わったくらいで、二人は市場に到着した。ネズミ男は、道すがらステラに事情を聞いておいたので、早速、ガラガラを探し始めた。幾分かの時間が経った後、二人はやっとガラガラを見つけた。その傍には、見慣れない少年もいた。


「ガラガラの旦那、ステラを連れてきました。今度はもっとちゃんと見ておいてくださいね」

 そういうと、ネズミ男はステラをガラガラに引き渡し、汚れていた手をズボンでパッパッと払いながら去って行った。


 ガラガラは、ステラの肩に手を置き、じっと目を見つめながら、心配そうな表情を浮かべて話した。

「ステラ、心配したんだから、もう迷子になるんじゃないぞ。あと、この子にも一緒に探してもらったからお礼言いなさい」

 ガラガラはそばにいた少年に顔を向けて、ステラにお礼を促した。


「えーと、お爺ちゃんを手伝ってくれて、ありがとうございます」

 ステラはペコリと頭を下げて、少年にお礼をした。顔を上げたときにサーシャ仕込みの笑顔を浮かべ、少年をじっと見つめた。目の前でステラの笑顔を見て、お礼を貰った少年の顔が赤く染まった。どうやら惚れたらしい。


 少年は顔を俯けて、恥ずかしそうに走って去って行った。少年が見てないかもしれないが、ピョンピョンと跳ねながら、手を振りつつ、その背に向かってステラは続けて言った。

「今度、一緒に遊ぼうね。絶対だよ」


 ひとまず合流できた二人だったが、ステラはちょっと不満だった。ぷくーと頬を膨らませながら、ガラガラに抗議した。

「迷子になったのはお爺ちゃんであって、私じゃないもん」


 ガラガラは、もうそれでいいかと思いながら、答えた。

「はいはい。ステラ、もうそれでいいから、今日のお出かけをやり直そうか。あの屋台の串焼きとかどうだ。旨そうだぞ。ここで待ってなさい。今すぐに買ってこよう」


 こういうときは、食べ物で釣ればいいとサーシャのころに学んでいたガラガラは、屋台で串焼きを二本買って、そのうちの一本をステラに渡した。走り回ってお腹が空いていたステラは、あまり深く考えず、串焼きにガブリと齧り付いて満足そうな表情を浮かべた。大きな口を開けていたその姿は、あまりお淑やかではなかった。

 

 ガラガラは、だれがこの子を嫁に貰うのだろうか心配になった。リリーのように器用ではないはずだから、奉公も難しいかもしれない。幸せそうに結婚したサーシャを頭の中で浮かべながら、ステラの良縁を願った。もう一本の串焼きを食べたそうにしていたステラにガラガラは自分の分を渡した。ステラが口を汚しながら夢中に食べている様子を見て、ガラガラは真剣に良縁を祈った。


 串焼きを食べ終わったその後、はぐれないように二人はしっかりと手を繋ぎながら、市場を歩いて回った。途中で先程別れた少年となぜか再び出会ったので、一緒に市場を散策することにした。だが、もちろん少年はステラと一緒に行動したかったようだ。ガラガラは、流石に今日はこれ以上ステラと別れる気分ではなかったので、しっかりとステラの手を握りなおした。一応、人様の子を預かっているので、なんとなく値踏みするように少年をにらみつけた。少年はその視線にちょっとたじろいたが、ガラガラをにらみ返した。


 そんなガラガラと少年の雰囲気をまったく気にせず、ステラはズンズンと前に進んでいった。にらみ合っていた二人は仕方なく一緒に歩いた。よく分からないが三人で唄いながら市場を散策したが、そこそこ楽しめた。ガラガラは、ステラに聞こえないよう、念のため、少年にこっそりと聞いた。


「そこの少年よ。ステラはどうだ?」

「可愛いです。特に笑顔もそうですが、歌声がいいです」

「大きくなったら、どうなると思う?」

「綺麗になると思います。本当に綺麗になりますし、天上の神々が謳うような歌声になります」


 デレデレとした表情で答えた少年を見つめながら、どうやらステラは良縁に恵まれそうで、ガラガラは安心した。そういうことなら、この少年に協力しなければならない。この機会を逃すわけにはいかない。すぐに市場の露店を見て回って、ステラの好きなものを探し始めた。


「ちょっと、二人ともこのブローチとかをどう思う。儂のようなドワーフが作るとして、女性に好まれるのはどれだろうか?」


「えーと、お爺ちゃん。最近の流行だとこれだと思うけど、私はこれがいいな」

 ステラは、露店にある流行と呼んだブローチを指さした後、自分の好きな装飾品を指さした。


「お爺さん、女性のことは分からないので、ステラの言う事が正しいと思います」

 少年がステラに続けて答えた。


「そうかそうか、そこの店主、とりあえずこれとこれを買おう。これは今後の創作の為の見本にしよう」


「旦那、毎度ありがとうございます」

 露店の店主から品物を受け取って、ガラガラは、恨めしそうなステラの視線を無視して、品物を自身の懐に収めた。


 その後、何とか二人を結び付けようとして、ガラガラはお節介を焼いた。ステラは、まったく気づいていなかったが、少年の方は情報をくれてありがとうと感謝したようで、会釈した。


「おほん、二人とも今日はここまでのようだが、また明日にでも遊びなさい」

 日も暮れそうだったので、市場で名残惜しそうな表情を浮かべた少年と別れてステラとガラガラは、家路につくことにした。不幸なことは続くもので、家に帰る途中で雨が降り始めた。なぜかステラは、急いで帰ろうとせず、雨の中ではしゃぎながら笑っていた。雨の事など関係ないように、手を広げてくるくる回っていた。濡れたスカートが広がった。


「ステラ、どうした。すぐに帰らないと、体調を崩すぞ。回ってないで、さっさと帰るぞ」


「お爺ちゃん、今は雨の中で踊りたい気分なの。酒場でやってるのを見て覚えた私のタップダンスを見てよ。こんな感じ、どう、上手いでしょう?」

 そう言うとステラは、近くの平たい岩の上で濡れたスカートの裾を掴み上げ、タップダンス擬きを踊り始めた。その様子は、ただただ癇癪をおこしてドシドシと足踏みをする子供のようだった。


「ステラ、そんなんじゃあ、タップダンスではないぞ。お手本を見せてやる。こうするのだ」

 そう伝えるとガラガラは、ステラの隣でタップダンス擬きを踊り始めた。癇癪持ちの子供が二人になった。


 癇癪持ちの子供が二人、平たい岩の上で暴れていると、傘を差したネズミ男がやってきた。どこかで煤に汚れた体を洗ったようで、比較的綺麗な様子だった。

「旦那方、もう雨が降っているので、雨乞いの踊りはもう必要ありませんよ」

 癇癪持ちの子供の姿を見て、呆れながら、ネズミ男は二人に告げた。


「儂らは、タップダンスを踊っているのだ。雨乞いではない。そんなことを言うなら、ネズミ男、お前が踊ってみろ」


「そうだーそうだー。お爺ちゃんの言う通りだ。踊って見せてよ」

 ガラガラとステラの二人がネズミ男に冷たい雨の中で踊ることを要求した。


「仕方がありませんね、こんな奇妙な状況なんぞ、これからもう有り得ないでしょうから、お手本を見せて差し上げます。こうですよ、二人とも。目に焼き付けておいてください」

 ネズミ男は、傘を閉じて適当な場所に置いた。そうすると二人が踊っていた岩の上で、カカッと足音を上手に鳴らして、酒場で見るような、ちゃんとしたタップダンスを踊り始めた。

 興が乗ったのかネズミ男は、良い声で唄い始めた。


 ネズミ男は、踊りつつ、そのまま唄い続けた。どうやら歌の終わりになりつつあるらしい。


 両腕を広げて、上を向いて雨を受けながら、ネズミ男は唄い踊り終わった。その様子をいつの間にか踊るのをやめて、ちゃっかりとネズミ男の傘を差しながら見ていた二人は、おーと驚きつつ、ぱちぱちと拍手した。二人とも、このむさ苦しい男は、幾つ引き出しを持っているのだと思っていた。


「旦那方、お代は結構ですので、傘を返してください。流石に体が冷えてきました。さっさと家に帰ろうかと思います。お二人も風邪をひく前に帰るべきでしょうな」


 二人は、仕方なく傘をネズミ男に返した。冷たい雨が二人の体を打ち付けた。ガラガラは簡単に持ち運びができる傘が欲しくなった。儲け話の匂いがしたが、さっさと家に帰るのが先決だった。ガラガラとステラは途中で別れて、それぞれの家に走って帰って行った。


 アイデアを忘れないうちにガラガラは、新しい傘を作ろうと思ったので、体を適当に拭いて、倉庫へ向かって行った。適当に書いた図面を見ながら、どうしたいのかを考え始めた。持ち運びできるように小さくしなければならないが、ただの傘を小さくするだけでは、雨から身を守れないだろう。そうすると、傘の中棒を伸び縮みできるようにして、それに合わせて傘布が拡がるようにしよう。

 

 とりあえず構造は、考えることができた。早速作ってみた。中棒を伸び縮みさせてみる。傘布が閉じたり開いたりした。折り畳み傘の試作品ができた。折り畳み傘の試作品を持って家に戻って、試作品を机の上に置いた。


 折り畳み傘の試作品が出来た頃、適当に体を拭いただけなので、ガラガラの体が冷たくなってきた。とても寒い。くしゃみも出る。今日は、着替えてすぐに寝よう。ベッドで寝ようとしたが、頭が熱くなる気がした。どうやら案の定、風邪をひいてしまったらしい。


 昨日、雨の中を踊り続けていたので、風邪をひいて、うなされていたガラガラのドアのベルがリンリンと鳴った。誰か来たらしい。ネズミ男を呼んだ覚えが無いが、辛そうな体を引きづってガラガラはドアを開けた。ニコニコとした笑顔のステラが目の前に立っていた。


「ステラ、今日は何の用だ。儂は風邪をひいて大変なんだ」

「えー、じゃあ遊べないね。看病でもしようかしら。どうお爺ちゃん?」

「いやいや、ステラに風邪をうつすかもしれないから、今日のところは帰りなさい」

「分かった。じゃあ、昨日会ったあの子と遊んでくるね。ばいばい」


 ぶんぶんと手を振りながら、ガラガラの家からステラは昨日の雨など関係無いように元気よく去って行った。その背を眺めながら、子供は元気だなぁと思った。すぐにベッドで眠ろうとしたが、頭が痛くてよく眠れなかった。


 なぜかガラガラのドアのベルがリンリンと鳴った。誰か来たらしい。ガラガラはドアを開けた。何かの袋を持ったネズミ男が立っていた。勝手知ったるようにネズミ男は、家の中に入ってきた。ガラガラは体が重い感じがしたので、ベッドに戻った。


「どうせ、旦那の事だから風邪をひいているだろうと思いまして、滋養のある食べ物とかを持ってきました。どこに置けばいいですか?」


「ううー、適当にそこら辺の棚に置いておいてくれ」

 ガラガラは、棚を指さしながら答えた。


「えーと、かなり辛そうですから、簡単なスープを作っておきます。私が帰ったら飲んでください」

 ネズミ男はそういうと、手際よく何かのスープを作り始めた。ガラガラは、適当に水を飲んで頭の痛さを紛らわせようとしたが、特に変化はなかった。


 ネズミ男が作ったスープを机の上に置こうとしたが、折りたたみ傘の試作品が邪魔だったので、試作品を適当にずらして、スープの入った皿を机の上に置いた。


「はい旦那、どうぞ、スープです。ところで、これは何ですか?」

 折りたたみ傘の試作品を手に取り、ガラガラにネズミ男は尋ねた。


「折りたたみ傘の試作品だ。傘を持ち運びやすくしたものの試作品だ。便利なはずだ。ううー、頭が痛い。これ以上は話したくない。持っていきたいなら持って行ってくれ」


「いやぁ、人には親切にするものですな! 早速、売り込みに行きますので、さっさと風邪を治してくださいね。これは売れそうです。では、これで失礼しますね」

 ネズミ男は、折りたたみ傘の試作品を持って、昨日の雨など関係無いように元気に足早と去って行った。


 ガラガラは、ネズミ男が作った悔しいことに美味しいスープを飲んで、重い体を引きづってベッドに入ったら、お腹が満たされていたせいかすぐに眠れた。その日、うなされながら見た夢の中で、サーシャとリリーが二人して「年寄の冷や水ですよ」と腰に手を当てながら怒りつつ呆れていた。

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