第41話 海よりも深い愛を探して これが愛
愛とは犠牲である。と言われることがある。愛海もそんな言葉を聞いたことがある。ただ、愛海はそんな言葉とは無縁の生活を送っていた。ひたすらに白馬の王子様を求め、自分の欲求を満たすためだけにそれを探した。憧れていたのだ、ヒロインというものに。物語に出てくるヒロインはいつも彼女たちを中心に世界が回っているようだった。自分も世界の中心になりたい。とっておきのロマンスを感じて生きていきたい。そう思っていた。だからこそ、愛海はこれまで大胆な行動が出来たのだ。しかしそれも、美佐雄と会って変わってしまった。正確には美佐雄と再会して、だ。
いつもの通り、大胆に攻めた愛海は返事はきっとOKになると確信していた。しかし結果は惨敗。見事に振られてしまった。いつもならただの白馬の王子様じゃなかったモブだったのだと割り切れたのに、その時は割り切れなかった。
それに加えて美佐雄に言われた一言がずしっと心を支配することになる。
「あれだから付き合うとか、こうだから付き合うとかじゃないんだ。なんか、こう。この人しかいないって感覚が大切なんだよ」
恋愛に理屈を持ってきたことはなかったが、美佐雄の言うように条件は突きつけてきていた。自分を大切にしてくれる人。第一にそれが無ければ付き合うことはなかった。その上で、相手がヒーローたり得るかどうかも条件だった。
この人しかいないって感覚。
そんなものなど、感じたことはなかった。美佐雄が特殊な子なのは知っていた。そして、知らず知らずのうちに見下している自分がいた。その見下している相手から言われた自分よりも世界を知っているような一言は、愛海にとって衝撃的なこと過ぎたのだ。自分のそれまでの信念が揺らぐぐらい明確に。
そこから先はどう恋愛して良いのかわからなかった。恋愛のない人生がなかった愛海にとっての暗黒期だ。そんな暗黒期に最愛のおじいちゃんが亡くなってしまった。暗黒に暗黒が掛け合わさり、愛海は藁にも縋る気持ちで求めた。白馬の王子を。そして現れたのが白馬だった。
名前からしてそのままの、見た目もイケメンでそのままの、自分の闇を払ってくれそうな相手。この人しかいないだろう。ちゃんとそう思えた。だからこそ、今まで無視してきた犠牲的な愛にも耐えられるし、どうにかして彼と一緒にいたいと、ずっとそう思っている。
だから、だから、何があっても、彼の要望には応えて見せなければ。
いつしか壊れた愛海の心はそう修復されていた。
「さあ、今日の相手はケンだ。いいね」
白馬が甘美な声でそう言う。とても楽しそうだ。そう言えば、女の子の嫌そうな顔を見るのが好きとか言ってたか。
「う、うん」
白馬が喜んでくれるなら・・・・・・、と愛海はやはり抵抗がありながらも返事をする。
「ケンのことを僕だと思って、いつものようにすれば良いからね」
白馬がそう言うのでケンを見上げる。するとギラついた笑顔を見せてこちらを見ていた。これのどこに白馬を見出せば良いのだろう。愛海は戸惑う。
「大丈夫、優しくするから」
ケンが下卑た笑みを浮かべながらそう言った。愛海に悪寒が走る。と、そこで、
コンコンコン。
借りているホテルの一室にノックが響き渡った。
「誰かな」
白馬がドアを開けると、一人の女性が入ってきた。
「龍、どういうこと」
宮野春恵だ。
達彦サイド
「じゃあ、作戦はこれでいいね」
達彦がそう周りに確認した。
「ああ、第一弾で丸く収まれば良いけどな」
怪人こと剛がそういう。
「ないない。どいつもこいつも悪党なんでしょ」
グリーンこと遼子が言う。
「しかしあのホストのケンが関係してるなんてね。確かに愛海のこと下卑た笑みで見てたわ」
イエローこと静香だ。
「ともかく、ここに悪は集まった。機が来れば動くのみ」
レッドこと守が言う。
そう、達彦はミネラル戦隊と連絡を取り、愛海救出作戦を考えたのである。その第一弾が磯野マネージャーが呼びに行った宮野春恵の存在だ。春恵に事情を話し、修羅場を作る予定だ。これで愛海の目が覚めるのを期待している。
「で、何か聞こえる」
遼子が聞く。そう、磯野マネージャーが盗聴器をさりげなく春恵につける算段になっているのだ。
「ああ、聞こえる」
達彦が言った。
「龍、どういうこと」
「春恵、何故ここに」
龍が驚くも構わず、ずかずかと春恵は中に入っていく。
「そんなことはどうでもいい。その女と私とどっちが大切なの」
春恵は愛海を指差し、白馬を睨みながら言った。
「それは・・・・・・、それは・・・・・・春恵だよ」
白馬は逡巡しながらも、最後は春恵の目を見てそう言い切る。
「証拠は」
春恵がそう言うと、白馬は春恵を抱き寄せて口づけを行った。
「どういう、こと」
愛海が放心状態になりながらその光景を見ている。ケンはケンでまずったような顔で困惑している。
「この子は愛海。元々ケンがこの子を好きでね。この子は何故か僕が好きなんだ。僕の大事な従業員であるケンに、どうにか譲ってあげようと思って、一芝居うっていたのさ」
白馬がそう言った。愛海は情報量が多すぎてついていけてない。
「ケン、本当」
春恵が鋭く聞く。
「本当です。今もこの子と情事を満たそうとするところでした。僕が」
「そう。じゃあ私達は邪魔だから行きましょ」
春恵はそう言って、白馬の腕に自分の腕を絡ませてそう言った。
「あ、ああ」
白馬が一瞬愛海に目線を寄こすが、一瞬だった。
裏切られた。愛海は何とかその思考に辿り着く。そう思うと、実感すると涙が溢れてくるようだった。
「待って、待ってよ龍」
縋りつくように白馬にそう投げかける。
「そんなのあんまりだよ」
声は涙声となり、雫がベッドに落ちる。
「私の、私の白馬の王子様でしょ」
「そんなのいないんだよ、ガイシャさん」
白馬は冷たくそう言い放つ。その言い方は今までの甘美なものの陰も感じさせないものだった。
ガイシャ、久しぶりに聞く言葉だった。自分はやはり障害者で、そういう風にしか見られていないのか。そんなことを愛海は思う。自分はただ、周りの目も気にせずにひたすら信念を貫いているだけなのに。ただ、それだけなのに・・・・・・。
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