第35話 海よりも深い愛を探して いた、白馬の王子様5

 かくして愛海と拓也は付き合うことになった。最初のデートはいきなり拓也の家となる。何やら拓也曰く親に紹介したいのだそうだ。愛海としてもそこまでそれに頓着があるわけでもなくデート先は決まったのである。


「ここが僕の実家だよ」


 拓也が家を案内する。拓也の家はなんてことのない平凡な一軒家だった。


「ただいまー、連れてきたよ」


 拓也がそう言うと、家の奥がバタバタとし始める。調度靴を脱ぎ終わって、あがりかまちを上がったところで母親らしき人が出てきた。


「あーら拓ちゃんおかりなさい」


 そして、猛烈な勢いで拓也を抱き締めている。


「ちょっと、マミー彼女の前では止めてよね」


 ま、マミー。彼女の「前では」・・・・・・。愛海は衝撃を受けた。と同時に何故か冷静に言い訳を模索する。そう言えば、国籍とかを聞いていなかったなと思う。仮にアメリカとかならハグの習慣も、マミーという呼び方もなんとなく許容出来そうだ。たぶん。


「あら、あなたが拓ちゃんの言ってた。ほら、上がるなら上がって」


 そしてあからさまに冷たい態度。姑問題がありそうである。息子の彼女の前では母親は女になるというあれだろうか。


「ささ、拓ちゃんこっちよ」

「わかってるよ、自分の家だもん。さ、愛海こっちだよ」


 一応は母親を振り払ってこちらに手を差し伸べる拓也。ちょっとだけ愛海は安心した。しかし、それも束の間だった。


「拓也君ってハーフなの」


 少し聞きたくない気持ちもあったが、聞いてみることにする。


「いんや、純然たる日本人だよ。どうして」


 愛海は衝撃が再度走る。先ほど考えた言い訳は何だったのだろう。


「あっ、そっか、呼び方だよね。後で説明するよ」


 拓也はすぐに察してそう言った。説明がある。愛海の折れかかった心はその言葉が添え木となってぎりぎり耐えられた。しかし不安はもう拭えなかった。そのまま奥に行くと、あの母親が二の矢を放つ。


「ごめんなさい、椅子ないからあなたはそれに座って」


 そう言って、背もたれのない小さい丸椅子を差し出してくる。添え木にもひびが入る。


「さすがに客人にそれは無いよ、マミー。僕がそれに座るよ」


 拓也がフォローする。しかしそのせいで、愛海は母親の向かいに座ることになってしまった。


「ようこそ、我が家へ」


 拓也がにこやかにそう言うが、愛海は笑えなかった。


「説明してくれる」


 愛海としてはもう既に心がだいぶ冷めてきてしまっている。説明の内容如何によってはそのまま帰ることも視野に入れていた。


「ああ、そうだね。ご覧の通りマミーは僕にぞっこんでね。僕もまんざらじゃないんだけど、この歳までイチャイチャしてるのも何だかなって思うんだ。結婚もしたいしね。だから彼女を作ればどうかなって思ったんだけど、この調子。正直どうすれば良い感じになるかなって困ってるんだ。愛海は今までにないタイプの女性だったから大丈夫かなって思ったんだけど、どうかな」


 いちいち母親を呼ぶ時のマミーというのが愛海の耳に触り、いらいらした。


「帰る」


 愛海は立ち上がってそう言った。


「やっぱりダメか。君の白馬の王子様になってあげられると思ったんだけど」


 拓也が言葉を落とす。


「私の白馬の王子様はマザコンじゃないの。残念ね。さようなら」


 愛海は後ろ髪引かれることもなくその場を去った。

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