第36話 海よりも深い愛を探して いた、白馬の王子様6

 果たして、白馬の王子様は見つからなかった。見つけようと思っても見つからないのは世の常である。

 思えば長い道のりだ。五歳の頃に読んで貰った白雪姫に端を発している。こういう王子様に出会いたい。そう思ったのがきっかけだった。男の子に出会う度に


「あなたは私の白馬の王子様」


 と聞いていたのを良く覚えている。すると仙人に、


「それではダメだよ。それでは見つからない。王子様は特別だから、特別な試練を与えないと見つからないよ」


 と言われたのを覚えている。愛海が、


「じゃあどうしたらいいの」


 と聞くと、仙人は


「こちらで試練を作ってあげれば良いのだよ」


 と言って、そうして出来たのが脱出ゲームだった。愛海はそんなことをなんとなく思い出す。

 そんな折だ。仙人の急報が届いたのは。死期が近いのだという。愛海はすぐに施設へ向かった。


「おじいちゃん」


 扉を開けると、仙人が息をぜいぜいと吐き出している。聞いたことがある。死期が近い人がなる下顎呼吸というやつだ。愛海は絶望に打ちひしがれた。


「おじいちゃんどうして」

「お孫さんですね。大変残念だけど秀彦さんはもう寿命みたいです」


 介護士さんがそう説明する。


「また元気になって一緒に仙人ゲームやるって言ってったのに。なんで、どうして」


 愛海は溢れ出る悲しみを誰ともなしにぶつけ散らかす。介護士さんは無言で答えてくれた。


「どうして、どうして・・・・・・」


 愛海は泣き崩れてしまう。おじいちゃんがいなくなる。その現実を受け止められないでいた。暫くそうしていると、その間に何度か介護士さんが行ったり来たりしていたが、もう夜になってしまったらしい。夜勤の担当の人が来て愛海に言った。


「申し訳ないのですが、そろそろ面会の時間が過ぎてしまうのですが」

「今日、ここに泊まっても良いですか」


 愛海は少し落ち着いたのか、その時には涙声にはならずに済んだ。


「掛け合ってみますね」


 心優しい介護士さんは上手く掛け合ってくれて、愛海はその夜泊まることが出来た。仙人との思い出が甦る。

 脱出ゲームの大仕掛けが出来たのは愛海が小三の時だった。一山を買って、徹底的に改造した。危険と安全を隣り合わせた作りにするのにだいぶ時間がかかったのだ。ゲームの初めての挑戦者は愛海だった。全然出来なくて、すぐに駄々をこねていたのを覚えている。


「白馬の王子様を見つけたかったら、自分自身もヒロインとして恥ずかしくない存在になりなさい」


 仙人は良くそう言っていた。愛海は白馬の王子様を引き合いに出されると、俄然やる気になって何でもやった。脱出ゲームへのチャレンジはもちろん、掃除・洗濯・料理と何でもだ。小学校を卒業する頃には大抵のことは何でも出来るようになっていた。初めて脱出ゲームをクリアーしたのもその頃だ。


「白馬の王子様を下さい」


 愛海が仙人に頼んだ願い事だ。


「それならば、愛海、そなたがそれを連れてくるのだ」


 仙人にそう言われたのを覚えている。そこから愛海は山に仙人がいることの噂を流し、これだと思った人を連れて行く日が続いた。


「愛海、愛海」


 その日の深夜。仙人の呼ぶ声が聞こえてきた。虚ろ虚ろになっていた愛海の目が覚める。


「おじいちゃん」


 仙人の声は苦しそうだ。だが、そんな中で自分を呼んでくれたことが嬉しかった。


「おじいちゃん、私、ここにいるよ」


 そう言いながら、手を握った。


「おお、そうか。ここにいたか。良かった」


 苦しみの中にも安堵感が伝わってくる。


「うん。いる。いるよ」


 もうじきいなくなることがわかっているからか、それ以上のことは言えなかった。ただ、努めて明るく心配は掛けまいとした。


「愛海、聞いてくれ。最後に、聞いてくれ」


 仙人も自分の死期は悟っているかのようだった。


「聞く、でも、最後だなんて言わないで」


 愛海は押し殺されそうな心を絞って明るい未来を描く。


「すまんな。約束守れなくて」


 仙人が申し訳なさそうに口を開く。しかし、愛海には見当がついていなかった。


「約束。何のこと」

「白馬の、王子様。連れてこれなんだ」


 そう、仙人の言う約束とは白馬の王子様のことだった。これには愛海も絶句した。なんと言えば良いのかわからない。この期に及んで仙人は愛孫の婚約者の心配をしていたのだ。


「おじいちゃんのせいじゃないよ」


 愛海がやっとの事で思いついたのはそんな言葉だった。


「だがの、白馬の王子は」


 仙人はそこまで言って疲れたのか、それきりしゃべらなくなった。愛海は心配になり声を掛けようと思ったが、寝息が聞こえてきたのでそれ以上はしゃべらなかった。白馬の王子がどうしたのだろう。気になりはしたが、今はそれどころではない。愛海はまた少し離れて蹲った。


 その翌朝、仙人は息をしなくなった。

 愛海の枯れ果てたはずの涙はまた一杯に流れた。昨夜の会話が最後だと思うと、名残惜しくてしかたなかった。なんとなくは察していた、あれが最後だと、でも、明るい未来を思い描いていたかった。もしかしたら夢ではないか。深夜の出来事だからそうとも思えるのが、愛海にとっては寂しさを際立たせるものとなった。

仙人の葬式にはたくさんの人が集まった。さすがに資産家だけはある。知り合いがたくさんいるようだった。葬式は一昔前の西洋風に土葬となった。遺言書にそう指示されていたのだという。

 愛海は仙人が土の中に入る間ずっと穴の横で泣いていた。時折、声を掛けてくれる人がいたが全て耳に入らなかった。達彦もその場に来ていたが、遠目から愛海を見守ることで精一杯だった。と、そんな折に愛海の肩を抱える人がいた。サングラスを掛けたイケメンだ。


「愛海さん、ですね。お悔やみ申し上げます。私も仙人様にはお世話になった者です。彼がいなければ今の僕はいなかったでしょう。落ち着いたらで良いのでお話しさせて頂きたいです。仙人様のこと色々お話ししたいです」


 自分の他におじいちゃんのことを仙人と呼ぶ人がいたんだと思い、愛海は泣くのを止めてその男のことを見た。その男は銀色に染めている髪が特徴的で、いかにもチャラそうな男だった。しかし、愛海の目には唯一おじいちゃんの悲しみを共有出来る人として映った。

 嬉しさと悲しさが入り交じり、愛海はその男の胸元で泣くのだった。

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